落ちてきた魔法使い
地下13階から15階まで、9パーティ41人はまた他のパーティを飲み込みながら人数を増やして進んだ。
集まる情報量が増えたぶん、迷路の中でも進むべき道をいくらか早く見つけられる。
最初にシウがしたように、次なる階段を見つけたパーティのリーダーがそれを連絡、皆が来ると夜はまばらに固まって過ごす。
そうして地下15階まで来ると、この階にあるかもしれないタウンを探すべく、一団は太陽が昇ると同時に探索を再開した。
たまにハートレスが〈調理〉した“普通のステーキ”を食べたりしたものの、食べられそうなものがモンスターからドロップしないので、全員精神的に餓えてきている。
巨大コウモリからドロップした毒林檎が真っ赤に色づいていて美味しそうだったので、ハートレスが「解毒薬とセットなら食べても平気?」と言いだし、「絶対まずいですからやめなさい」と止められたほどだ。
「うおぉー! タウン来い!」
「メシメシメシィー!」
「うるせぇな! 余計に食いたくなるだろうが!」
「ああ、俺のステーキはどこだ……?」
肉体が空腹を叫ばずとも、人間は腹を空かせるのだという不思議な現象が起きていたが、悠長に考察している余裕などない。
いつの間にか一団を最も加速させるハートレスが常時先頭となり、次に早い戦士がそのそばについて通り道に出現するモンスターを蹴散らし、彼らはひたすらに先へ進む。
エディは索敵と同時にケガを負った戦士達に回復薬をかける役目を与えられ、他のプレイヤーから小回復薬を渡されるようになったので、惜しみなくおもに彼の女王さまを回復した。
そして大階段から5時間ほど進んだ頃、奇妙なことが起きた。
「きゃぁぁー!」
いきなり一団の目の前に、悲鳴をあげながら空から女性が落ちてきたのだ。
運悪く戦闘中で、しかも彼女のすぐそばには手負いのモンスター首なし騎士が、馬上から槍を振りかざしていた。
「危ない!」
誰かが叫んだが、そのデュラハンと戦っていたハートレスは、獲物に集中するあまり落ちてきた女性のことなどほとんど目に入っていなかった。
不気味な馬の足を大剣で薙ぎ払い、体勢を崩して倒れたところを狙いすました一撃によって首を落とし、落馬して転がったデュラハンが繰り出してきた槍を剣を楯にして防ぐ。
ギィン! と金属の削られる耳障りな音がして、しかしそこで槍の動きが止まった。
首なし騎士の鎧を背後から貫く片手剣が見え、体力がゼロになったモンスターが消えるとその向こうから剣を突き出していたザックの姿が現れる。
「大丈夫か?」
ザックは剣をおろして息をつくと、彼らが戦う真横で、落ちてきた時の体勢のまま固まっている女性に声をかける。
そして彼女がその声とザックの顔にびくっと怯えたのを見ると、彼は「お前が行け」とハートレスに目線で指示した。
どうすればいいのかよくわからなかったが、見捨てていくわけにもいかないだろうし、いつまでも歩みを止められるのも困るので、ハートレスは縮こまってびくびくしている女性のそばに行って片膝をついた。
「大丈夫?」
「……ひっく」
「ひっく?」
「う、うぅぅ~! こわかったぁ~。たすけてくださって、ありがとうございまず~!」
ずびずびと鼻をすすりながら言い、両手をのばして抱きついてこようとする小柄な女性に、ハートレスはちょっと引いた。
それでも本当に怖かったらしく、一生懸命手をのばしてくるので、しかたなく片手を差し出したらがしっと掴まれて頬ずりされる。
その頬はふにふにと柔らかく、しがみついてくる手も小さくて、いったいこれをどうすればいいのかと、ハートレスは固まった。
近くにまたモンスターがポップしてきたので、彼女達を中心に円陣を組んで追い払いながら、一団は(ああ、そういえばこれが普通の女の反応だよな)とふと思った。
彼らの集団で唯一の女性であるハートレスは、常に先頭に立って戦うことを楽しみながら突き進んでいくので、モンスターとの戦いを間近にした女性が情けない声で泣いてすがるのがとても新鮮に見える。
しかし、一緒に戦うならハートレスの方がいいな、とも思った。
彼女は若い男のように扱われても文句など言わないし、男には理解できない理由でいきなり泣いたり怒ったりすねたりすることも無いので楽だし、何よりも。
誰より速く、早く、はやく。
彼らを戦いのその先の、さらなる戦いへと連れて行く。
「あ! あのっ、すいません! 皆さんの足を止めさせちゃったみたいで」
少し泣いて落ちついたらしい女性は、ハートレスの手を掴んだままようやく周りの状況を理解して言った。
「わたし、黒魔法使いのヘルっていいます。仲間と一緒に15階のタウンから先へ進んでたんですけど、いきなり落とし穴にはまって、気づいたらここに落ちてて、そばにモンスターがいたのでパニックになっちゃって」
「タウンあるのかー!」
「よっしゃメシきたぁー!」
ヘルの言葉は途中で叫び出した男たちの声に邪魔されて聞きとりにくかった。
ハートレスは少し身を寄せて訊く。
「仲間との合流方法は?」
「たぶんタウンまで行ければ、仲間が戻ってきて拾ってくれると思うので、できればそこまで行きたいです。もしそれがムリそうなら転移石で10階のトパーズまで戻るしかないですけど、そこからまたここまで来るのは、ちょっと大変だし」
「じゃあ一緒に行く? 私達はタウンを目指してるから、もし道案内してくれるのなら助かる」
「え! いいんですか?」
確認するまでもなく全員が賛成したので、ヘルはパーティの仲間にメールで落とし穴から15階内の別の場所に落ちたことと、助けてくれた人たちと一緒にタウンまで行くことを知らせた。
「あの、もし良かったらフレンド登録、してもらえませんか?」
手をつないだことで先ほどからフレンド登録の確認画面が出ていたのだが、そのために握手したわけではないので無視していたハートレスに、おずおずとヘルが言った。
数少ない女性プレイヤーなので、このまま別れるのを惜しんだのだろう。
見るからに弱そうな黒魔法使いだったが、今の段階でここまで進んでいるならまた会うかもしれないので、うんと頷いてハートレスはフレンド登録に応じた。
「ありがとうございます、ハートレスさん!」
よほど嬉しかったのか、明るくはずむ声で言って、ヘルはようやく立ちあがった。
身長はハートレスよりやや低く、片手にはアリスと同じ黒杖を持って、ささやかな曲線をえがく体に灰色のローブをまとっている。
蜂蜜色の髪は腰まで届くほど長く、青い目は透き通るように澄んでいて、微笑む顔はやや幼げで愛らしい。
年齢はおそらく18か19くらいだろう。
分かれ道に来ると「あっちです」と指し示して一団に守られながら進むのに、隣に並んだシウが訊いた。
「あなたが落ちた穴というのは、ワープホールのトラップですか?」
「たぶんそうだと思いますけど、わたしがいたパーティには盗賊の方がいなかったので、よくわからないんです。いきなり足元の地面が無くなって、気がついたら遠く離れた場所に落ちていたので。でもそんなの、バグでなければトラップ以外では起きないことだろうし、レベルの高い盗賊なら〈索敵・広範囲詳細〉のトラップ探知で見つけられるかもしれないですね。パーティに合流できたら話してみます」
「そうですか。パーティに入ってくれる盗賊の人が見つかるといいですね」
「はい、ありがとうございます」
さすがに今の段階でこの階までソロで進められる盗賊は少ないだろうから、どうしても盗賊が欲しければ誰かがクラス変更するしかないだろうとシウは思ったが、それくらい彼女もわかっているはずだと口出しはしない。
その他に聞き出せる情報はないかと、先頭の戦士たちが問題なく戦えているのを見ながら雑談を続ける。
ヘルはシウ達より先行しているぶん、他のプレイヤーの様子も見ていたようで、自分達は持っていないが騎乗できるモンスターで動いている人たちがいた、と話した。
「青い大きな犬みたいなモンスターです。倒したらブルーハウンドの牙というアイテムがドロップしたので、名前はたぶんブルーハウンド。タウンを過ぎた辺りから出始めるんですが、わりと〈調教〉しやすいらしくて。鞍と手綱があって、メインクラスのレベルが16以上なら乗れるみたいです」
「それが手に入れば移動速度がだいぶ上がりますね。教えてくださって、ありがとうございます」
「いえいえ! わたしの方が助けていただいたので! あんまり知っていることはないんですけど、ちょっとでもお礼になれば嬉しいです」
「ワープホールのトラップに騎乗可能なモンスターの情報、そのうえタウンまでの道案内までしてくださっているんですから、十分ですよ」
それなら良かった、とほっとした顔をするヘルに、近くにいた男たちは(可愛いなぁ)と和む。
唯一の女性であるハートレスが戦闘狂な上に常時仮面を装着していて顔を見せないので、愛らしい女性の笑顔は貴重な癒しになった。
ヘルは無事に一団を地下15階タウンへと導き、「メシだぁぁー!」と叫びながら食堂へ突撃していく男たちを目を丸くして見送った。
そしてそばに残っていたハートレスに気づくと、「本当にありがとう」とはにかむような笑顔で言う。
「ここまで降りてくるとほとんど女性プレイヤーがいないから、ハートレスさんを見て、すごくほっとしたの。また何かわかったら知らせるから、メールとか、してもいいかな?」
「レスでいい。それに、助けられたとか、気にしないで。先の情報も、教えてもらえるなら助かるけど、やりすぎると寄生みたいになるからあんまり良くない気がする」
「そう? じゃあ“お元気ですか?”って書こうかな」
「生きてる、の一言返事しかなくてもいいなら」
ふふ、とおかしそうに笑って、ヘルは食堂へ向かうハートレス達と別れた。
サポートセンターに仲間が来ているそうで、そこまで送ろうかという申し出は「もう近いから大丈夫です」と断って、「またね」と手を振りパタパタと走っていく。
小動物のような人だったな、と思いつつその背を見送り、ハートレスは「それじゃ俺たちも行くか」というザックの声に頷いて、近くの食堂へと入っていった。




