餌付けはご遠慮願います
シティ内の宿屋ではあったものの、一応PKへの警戒とスキル育成のために6時間交代で休み、翌朝。
サポートセンターで更新されたクエストを見てクリアできそうな討伐系のものを受けると、一行は再び地下11階へ進んだ。
昨日よりいくらか他のプレイヤーが増えていることに気づくと、自然と早めのペースでモンスターを倒して先へ行く。
しかし地下11階の崩れかけた宮殿フィールドは、2階から9階までの草原と比べるとだいぶ広かった。
進んでも進んでも記録されるマップが広がるばかりで、ほとんど休憩をとらずに歩き続けて日が暮れかけた頃、ようやく地下12階へ続く階段を発見。
やっと辿り着いたと皆が息をつき、「今日はここで休みましょう」とシウが言うと、ハートレスはさっそく〈調理〉でステーキを作ろうとメニュー画面を開いた。
全プレイヤー共通、全フィールドで使用可能なスキルなので、アイテムとレシピさえ揃っていれば大階段でも使える。
ついでに昨日オークションに出した隷獣の笛が売れたというメッセージを受け取り、所持金が増えていることに喜んだ。
メインクラスのレベルが隷獣より高くないと、封じ込められたモンスターを呼び出しても命令を聞かないのでろくに使えないのだが、それなりに需要があるらしい。
そうして懐がすこし温かくなった喜びにほくほくしながら、野外調理器具を使用したステーキ作りの〈調理〉をする、と確定ボタンを押すと、工房で生産スキルを使った時のように半透明のホログラフィが現れた。
ドラム缶を半分に切って横にした物に、4本の棒を脚のように取り付けて立たせ、ドラム缶の半円部分へ赤々と燃える炭を入れて、その上に金網が乗せられた道具が現れる。
炭火に炙られる金網で焼かれるのは、もちろんステーキの形に整えられたキバウサギの肉だ。
じゅうじゅうと肉汁がしたたり落ち、肉の焼けるこうばしい香りが辺りに広がる。
しかし、わくわくと完成を待っていたハートレスは、作製映像の最後にいきなりボンッ! と爆発するように黒い煙が出たのに驚いてのけぞった。
肉を焼いていた道具が消え、炭と化したような肉だったものの塊が皿に乗せられているホログラフィが3秒ほど空中に浮かんで、消える。
ピコンと音がして、「生産スキル〈調理レベル1〉失敗:焦げた肉・取得」というメッセージが出た。
先ほどまでのこうばしい香りから一転、焦げくさい残念な匂いが辺りに漂う。
カバンの中のキバウサギの肉は、残り13個。
「レス……」
ザックが何か言おうとしたが、ハートレスは無視してメニュー画面を開いた。
〈調理〉でステーキ作りを実行。
赤く輝く炭からぱちぱちと火が踊り、金網の上で焼けていく肉がこうばしい香りをはなつ。
そして数秒後、またボンッ! と爆発するように黒い煙が出た。
「生産スキル〈調理レベル1〉失敗:焦げた肉・取得」、キバウサギの肉は残り12個。
「マスター……」
泣くのを我慢している子どものように唇を“へ”の字に曲げ、無言のハートレスは三度目の挑戦。
〈調理〉でステーキ作りを実行。
今度はようやく黒い煙が出ることなく調理が終わり、白い皿に盛りつけられたステーキのホログラフィで作製過程の映像が終わった。
ピコンと音がして、「生産スキル〈調理レベル1〉成功:普通のステーキ・取得」のメッセージが浮かぶ。
自動でカバンに入れられたので、急いでベルトポーチに手を突っ込んで「ステーキ」と呼んだが、何も掴めなかったので一瞬考えて「普通のステーキ」と呼びなおした。
今度はちゃんと掴めたそれを取り出すと、フォークがセットで出てきたので、さっそくこんがり焼けたステーキに突き刺して一口食べてみる。
肉の焼ける匂いに惹かれ、黒い煙が立ち上るのに目を引かれ、いつの間にか観客が集まってきてその様子をじーっと見ていた。
もぐもぐもぐもぐ、と肉を噛み、ごくん、と飲み込んだハートレスに「どうだ?」とザックが訊く。
よろりと体をななめに傾けた彼女は、悲しげな声で答えた。
「おいしくもまずくもない」
それ以上食べる気にならなかったのか、ハートレスは一口かじったステーキを皿に戻した。
ザックが「ちょっと食わせてくれ」と言って手をのばしてきたので、皿ごとを渡す。
「あ、ザックさんズルい! オレもマスターの作ったの食いたいっす!」
「ほれ」
一口かじるとザックはエディに皿をまわし、「本当に美味くもまずくもねぇな」と微妙な顔で感想をのべた。
それからパーティ内で皿をまわし、最後に持ったリドから観客化している他のプレイヤーが皿を受け取り、ただの焼けた肉を何人かで味わう。
「シティで食ったのと全然味が違うな」
「美味いの食いたかったら店に行けってことか」
「でも料理って、一品の値段が意外と高ぇだろ」
わいわいと話し始めたプレイヤー達は何がどうなったのか、やがて〈調理〉でできた“普通のステーキ”が美味しくもまずくもないのは「飯屋と結託したクソシステムの陰謀」という説に落ちつき、口々にシステムを罵ってハートレスをなぐさめた。
「お前さんは悪くねぇって」
「そうそう。全部システムが悪い」
膝を抱えて丸くなっていたハートレスは、なぜ自分がなぐさめられているのかよく分からなかったが、とりあえず「ありがとう」と小さく答えた。
いつの間にか近くにいくつかの焚き火が置かれ、ハートレス達を中心に数十人のプレイヤーが集まってきている。
今ここにいるのはシステムを確認しながら慎重に、しかしある程度の速さで進んできた者たちだ。
彼らはデスゲームの中で組んだパーティにいくらか馴染みはじめ、そのおかげで辺りの様子を見る余裕が出てきたので、パーティ以外の誰かに話しかけるきっかけを探していたところだった。
ハートレスの〈調理〉はそこへちょうど良い話題を提供するもので、集まってきたプレイヤー達はお互いを警戒しながらも友好的に言葉を交わす。
そして一皿のステーキでは全員に渡らなかったので、もう一個作ってくれと言われるのにハートレスはメニュー画面を開いた。
わくわくして作った分、美味しくなかったステーキの味はとてもショックだったが、とりあえずいろんな人に声をかけられて少し気分が切り替わったし、レベルを上げたら美味しい物が作れるようになるのではないかと考えて〈調理〉スキルを選択。
失敗しても経験値は入るので、成功率が低くても繰り返せばそのうちレベルは上がるはずだ。
スキルの実行を指示すると、またホログラフィの中でじゅうじゅうと肉が焼け、美味しそうな匂いがただよった後、予定調和のごとくボンッ! と黒い煙が立ちのぼった。
ギャラリーがいっせいにシステムを罵り、もう一回! と声を上げる。
ハートレスはキバウサギの肉をすべて使ってステーキを作り、14回中成功したのはたった4回という確率の低さにため息をついたが、それでもスキルレベルは2に上がった。
最初の一口以外は食べる気にならなかったので、まだ食べていないプレイヤーに皿をまわし、材料が無くなったと言うといっせいにキバウサギの肉を差し出される。
材料を渡すから作ってくれ、ついでにフレンド登録してくれ、という声があがるが、ハートレスは「受け取れない」と首を横に振った。
「知らない人から物をもらっちゃダメって、シウに言われてる」
当然、シウって誰だ、という質問が出た。
白杖装備のメガネ男は、面倒くさそうな顔をしながらも自分だと名乗り出て言う。
「彼女はウチのメンバーなので、餌付けはご遠慮願います。どうしても渡したい方はわたしを経由してください。すべて彼女に渡しますので」
「ケチくさい男だ」「過保護じゃないか」などとまた声があがったものの、シウとフレンド登録をしてトレードする者も多く、わいわいとにぎやかになっている間にレシピの話になった。
ステーキのレシピはどこで手に入れたのか、他の料理も作れるのか、と訊かれる。
ハートレスは無言でシウを見ると、彼が頷くのを確認してから食堂でおばちゃんNPCに教えてもらったのだと話した。
そこへザックが加わり、レシピの取得条件の「一種類の料理を10皿以上注文、一人で完食、それが好きかという質問に肯定」という推測情報を教えると、地下13階へ行って戻ってきたという他のプレイヤーに話の矛先を向けて様子を聞く。
一気に情報交換が始まり、どの方向へ行くと行き止まりになるのか、どのモンスターが危ないのか、次々と話が出た。
「歓談中申し訳ありませんが、そろそろ休みます」
しばらくしてある程度話が出尽くしたのを見計らい、シウが声をかけた。
すでに時間は21時を過ぎているので、今日は5時間交代でいくことにして最初にシウとハートレスとリドが休む。
周囲は男性プレイヤーばかり、女性はハートレスと遠く離れた焚き火のパーティにいる二人だけという状況なので、毛布に包まって横になる彼女の隣にはザックがついた。
それをきっかけに他のプレイヤー達もマントをひっかけて休み、何人かが見張り役としてその近くに座る。
ザックは楯をそばに置いて片手剣を肩に立てかけ、先より静かになった大階段で、リラックスしながらも油断なく辺りの様子をうかがった。
年齢層は18歳から40歳、50歳代も混ざっていそうだが、皆VR空間でログアウト不可状態にされてゲームをプレイするという異常事態に適応し、さっさと地下12階手前の階段まで降りてきたプレイヤー達だ。
エディのようにお気楽な顔をしたプレイヤーは少数派で、シウやザックのように唐突にもたらされたこの異常な非日常を愉しむ社会不適合者が多いように見える。
皆どこかおかしい。
だがそれでも、パーティを組んで先のように楽しく会話することができる。
シウとザックのように、現実では何らかの職業について働くこともできているかもしれない。
ザックはちろちろと赤い火の踊る焚き火を眺めて、かすかに笑った。
これほどの数の同類に遭遇することは、R18のVRゲームをプレイしていても少ない。
完全な異常者ではなく、かといって健全な人間とも言えない、中途半端にはみ出した精神を持つ者たち。
そんな自分を嫌悪するほど若くはなかったし、もとからそういう性格なのか同類嫌悪というものもさして感じなかったので、ハートレスの穏やかな寝息を聴きながら近くに座っている40過ぎと思しき男に声をかけた。
「なあ、あんた。サブは何をとってる?」
「……わたしか? ああ、サブクラスは鍛冶師だ」
眠っている者たちを起こさないよう、低い声で静かに答えた彼と、ザックはのんびり雑談を始めた。




