ステーキのレシピ
ハートレスがサポートセンターへ入ると、ベンチが並べられた歓談スペースにはすでに他のパーティメンバーが集まっていた。
「レス、遅かったですね。何かありましたか?」
「アリスっていう人に、お茶とお菓子ごちそうしてくれるって言われて」
「あー! そういえばその危険が! オレのバカ! 素直にセンター来ずに迎えに行っとけば良かったぁー!」
「エディ、うるさいです」
シウが手にした白杖の丸い先端を叫ぶエディの口に突っ込み、強制的に黙らせた。
パーティを組んでいるのでそれによってダメージを受けることは無いものの、苦しげにモガモガうなるエディを無視してハートレスに訊く。
「ちゃんと断ってきたんですね?」
「うん。でも、どうして誘ったのか説明されて、それを聞いてた」
シウは「よく断れましたね」と褒め、これからも知らない人に食事やお茶へ行こうと誘われてもついて行ってはいけませんよ、と注意した。
他にも何かあげると言われたり、パーティメンバーが呼んでいるからそこまで一緒に行こう、などと言われてもついて行かないように、と続ける。
最初にシウの指示に従うと約束したからか、ハートレスは素直に「うん」と頷いていて、二人を見ていたザックとリドは(リーダーというよりもうお母さんだな)と思ったが、次なる杖の犠牲者になりたいわけではないので口には出さなかった。
せっかくエディが生け贄の羊役をやっていてくれるのだから、ありがたく任せようではないか。
それに、彼らも主戦力であるハートレスを他のパーティに持っていかれたくはないので、彼女にはできればシウの言いつけを守ってもらいたい。
思いつく注意事項をすべてあげ、彼女が「気をつける」と素直に答えたことに安堵すると、シウはようやく話の続きを聞いた。
アリスがギルド機能解放の時に備えて動いているという話に、「なるほど」と頷く。
「女性プレイヤー達の保護に、女性プレイヤー自身が動いているということでしょうかね。その人とフレンド登録できたのは幸運かもしれません。もし本当にギルドを作れるようになったとしたら、レスにはわたし達と同じギルドに所属してもらいたいですが、そうなると彼女達だけで共有される情報から外されることになってしまいますし。ギルドマスターになる予定の人とつながりが持てたなら、取りこまれない程度に交流を持っておくといいでしょう」
「たぶん、私の方からメールを送ることはないから、忘れられるかもしれないけど」
「その時はその時です。どうしても必要ならわたし達でギルドを作って何とかするか、縁があれば他の人のギルドでお世話になるだけのことですから。気にしなくていいですよ」
シウはそう言うと、ガフガフうめいているエディの口からようやく杖を外した。
肩で息をしながら「しぬかとおもった……」とつぶやく涙目のエディへ「レスにアイテムを渡してください」と指示して、リドを見る。
「片手剣と大剣は1本ずつ残してありますね?」
「はい。1本ずつ残して、他はオークションに出しました」
「では渡してください。レス、彼から片手剣と大剣を受け取って、もしまたキマイラ戦の時のように手元に剣が無くなったら、次はその剣を出して使うように。人間の歯というのは、基本的に戦闘に使うものではありません」
ハートレスは「けっこう役に立つよ?」と言ってみたが、パーティメンバー4人から口々に「やめとけ」と止められたので、「わかった」と頷いてアイテムを受け取った。
とくに噛みつき癖があるわけではないし、歯や爪より剣の方が攻撃力が高いことは分かっている。
エディからは小回復薬と解毒薬、リドからは武器がトレードで送られてきたのを見て、二人に「ありがとう」とお礼を言った。
その時ザックが「お?」と声をあげた。
サポートセンターに入ってきた槍持ちの戦士が、ファントムの仮面を装備していたのだ。
とくに深くは考えず、思ったことをそのまま言う。
「あれ、ロキじゃないか?」
ぱっとすばやく振り向いたハートレスは、奥のカウンターへ向かう槍装備の戦士の背をじっと見つめて、すぐに「違う」と首を横に振った。
「ロキじゃない」
彼女があまりにもきっぱりと断言するので、ためしに声をかけてみればいいじゃないかと言うのもためらわれ、シウが訊いた。
「まだ“近くにいない感じ”ですか?」
「近くにはいるけど、そばにはいない感じ」
「そうですか……」
以前言った言葉を繰り返すハートレスを、何とも言えない視線で見守るシウとザック。
ロキを知らないエディとリドは、事情が分からず不思議そうな顔をしている。
そして一瞬期待して自分で否定したハートレスは、唇を閉じてかすかに肩を落とした。
(ロキ。なんで今、そばにいないんだろう)
この世界にいればいずれ会えると知っている気がするが、それでも今そばにいないことに、ふいに冷たい水にひたされたような寂しさを感じた。
本当の姿や名前はもちろんのこと、お互い仮面を付けていたからアバターの顔すら知らない。
しかも彼とはテストプレイの時に初めて会って、それからたった1日遊んだだけ。
別れる時に「またね」と当たり前のように手を振って、何の約束もしなかった。
けれど、それでもハートレスにはロキがいれば彼を見つけ出せるだろうという、根拠はないが強い自信がある。
そしてその感覚は今、自信を持ってこう言う。
ロキはそばにいない。
じわじわと体温を奪っていく冷たい水のような寂しさをあおるその感覚は、彼が今どこにいるのかまでは教えてくれない。
ハートレスの顔の中で唯一見える部分である唇の端がほんのすこし下がり、それを見ていたパーティメンバーは、仮面の奥で彼女が泣いているのかと思って焦った。
とくに槍とファントムの仮面を見てロキじゃないかと声をあげたザックは、「またどっかで会えるさ!」と慌てて言う。
でも、今はそばにいないし、姿さえ見えないのだ。
思って、彼女はさらに落ち込んだように肩を落とした。
傷口に塩をすりこむようなことを言うな、とシウが白杖でゴンッとザックの頭をはたく。
そしておもむろに咳払いをすると、うつむくハートレスに声をかけた。
「レス、そろそろ行きましょう。今はともかく、先に進むことだけを考えるんです」
「……うん」
短い沈黙の後、ハートレスは頷いて顔を上げ、頭を抱えているザックに気づいて首を傾げた。
「ザック? 頭、痛いの?」
「きにするな。だいじょうぶだ」
ザックはぱっと頭から手を離して答え、顔を隠すように立ちあがって「いくか」と歩き出す。
ハートレスは大丈夫ならいいか、とそれ以上は訊かず、他のパーティメンバーとともについて行った。
◆×◆×◆×◆
地下11階からは崩れかけた宮殿のマップで、悪魔系のモンスターがうろついていた。
もう日没の19時まであまり時間が無かったので、階段のそばを探索して表示されるマップを広げ、様子見にモンスターと戦って倒していく。
リドはすぐにレベル8へ上がり、キマイラ戦でそこそこ経験値がたまっていたらしく、リド以外の4人もレベル11へ上がった。
「ここで出現するモンスターも階数と同じレベルのようですから、これで相手からの〈威圧〉の行動制限は完全になくなったはずですが。レス、どうですか?」
「うん。レベル10の時より戦いやすい」
大剣を手に辺りを警戒しながらハートレスが答えた。
その剣で巨大コウモリだろうがカボチャお化けだろうが、行く手を邪魔するモンスターは一瞬のためらいもなくすべて叩き斬ってしまうので、彼女と一緒に前線で戦うようになったリドは遠慮がちに小型のモンスターを片手剣でつついている。
彼はまだ相手のモンスターよりもレベルが低いので、〈威圧〉されてうまく動けないせいもあるのだが。
ある程度5人での戦いに慣れ、モンスターの攻撃方法が分かってくると、シウはハートレスに魔獣使いのアクティブスキル〈調教〉を使うよう指示した。
メインクラスの戦士でモンスターの体力を減らしたら、サブにクラス変更して隷属の笛を吹く。
工房で作った21個の笛を使いきる頃には経験値がたまって〈調教レベル4〉になり、ハートレスは4種5体の隷獣を手に入れた。
メインレベルが2上がるごとに〈使役〉できて所有できる隷獣の数が1体増えるようになっているので、現在レベル11の彼女が所有できる隷獣は最大6体だ。
「同じ種類で2体捕まえられた隷獣を1体、オークションに出してみますか?」
「うん。オークションやってみたいから、売る」
そうして18時半過ぎになり、太陽がゆっくりと沈み始めて朱色を帯びてくると、一行はいったん地下10階のトパーズ・シティへ戻り、大階段でクリアできた討伐クエストの完了報告をして所持金を増やした。
サポートセンターで受けられるクエストは0時と12時に更新されるので、今はまだ先ほど受けた時から変わっていない。
クエストを受けに行くのはまた明日の朝にして、先ほど街中を歩きまわっていた時に見つけていた宿屋に入った。
「申し訳ありません、1人用の部屋はもう空きが無いんです。5人部屋ならご用意できますが」
野宿はともかく、宿屋で男女が同じ部屋というのはまずいだろうとシウが個室と4人部屋の空きを訊ねたのだが、すでに埋まっているものは仕方がない。
「別の宿屋を探してみますか?」とハートレスに訊き、「皆と一緒でいい」と答えられるのに、それなら同じ部屋で休むかと頷いた。
「5人部屋をひとつお願いします」
シウは代金を支払って宿屋の受付嬢から鍵を受け取り、3階へ上がって鍵に刻印された数字のプレートがついた部屋へ入る。
ベッドが並べられているだけの簡素な部屋は壁が薄いらしく、両側からぼそぼそと話す声が聞こえた。
内容までは聞きとれないが、音が漏れるのは確かだ。
真っ先に部屋の奥へ行ってガラス窓を開いたハートレスは、表通りに人が行き交うのを見おろし、その道をたどって視線を向けた先に巨大なトパーズが浮遊しながら煌めいているのを眺めた。
その耳に、ふいに「待て!」「こっちだ!」「そこを右だ!」と口々に叫ぶ声と、騒がしい音が届く。
「何かあったんスかね?」
ひょいとハートレスの隣から顔を出したエディが、ちょうど宿屋の前の通りを駆け抜けていく戦士装備の男たちに気づいてスコープで〈分析〉した。
「お。あれ武装NPCだ。PK追いかけてんのかなー」
「あれNPCなの? プレイヤーと見分けがつかない」
「オレもスコープの〈分析〉で見ないとわかんねーす。センター受付の女の子はみんな同じの複製体状態で、手抜きだーとか思ったけど。やっぱリアルだなー」
感心しながら話していると、他のメンバーも窓辺に来た。
「エディ、近くにドクロ付きのプレイヤーはいますか?」
「んー。……今んとこいないっす」
そうですか、と頷いたシウは、エディの言葉づかいを叱るより、早く次のシティへ向かうか、レベルを上げなければと考える。
人が増えればトラブルも、そしてPKも増えるだろう。
しかし休息も必要だ。
「あまりお金がないのでたくさんはムリですが、すこし食事をしに行きますか?」
シウの提案に全員が賛成したので、借りた部屋に鍵をかけて宿から出た。
どこにするかと訊かれたハートレスが、ぐるりと見まわしてたまたま見つけた食堂を「ここ」と指差したので、日が沈んで暗い道を歩いて明りの灯った店へ入る。
そして恰幅の良い“食堂のおばちゃん”NPCが注文を取りに来るのに、ハートレスは迷わず「ステーキ」と頼んだ。
料理が運ばれてくると会計を済ませ、さて食べるかというところでNPCが立ち去らないことにふと気づく。
「ステーキが気に入ったのかい? よく食べるねぇ」
おばちゃんNPCにいきなり話しかけられ、ハートレスは戸惑い気味に「うん」と答えた。
すると、おばちゃんは顔を寄せて口元に手を当て、内緒話をする時の声でささやいた。
「そんなに好きなら、他の人には秘密だけど、ステーキの作り方を教えてあげるよ」
その後の言葉はうまく聞きとれなかったが、ピコン、と音がしてハートレスの目の前に「レシピ取得:ステーキ」というメッセージが表示された。
レシピ取得の小イベントだったらしいとそれでようやく気がつき、相手はNPCだとわかってはいたものの、本物の人間のような食堂のおばちゃんに声をかける。
「ありがとう」
「いいんだよ。あたしは食べ物を美味しそうに食べてくれる人が大好きでね。他にもいろいろあるから、たくさん食べていっておくれ」
おばちゃんは笑顔で答え、迫力のあるお腹をゆっさゆっさと揺らしながら奥へ戻っていく。
パーティメンバーには二人の内緒話が聞こえず、レシピ取得メッセージが表示されたこともわからなかったようで、「どうしたんだ?」と不思議そうに見ていた。
「今、ステーキのレシピもらった」
唇を笑みにゆるめ、とても嬉しそうな声で言うハートレスに、4人のパーティメンバーたちは驚くより先に(助かった)と安堵した。
口々に「よかったな」「おめでとーございまっす」と声をかけて、何が取得条件だったのだろうと話し合う。
「たぶん注文回数じゃないですか? それからその料理が気に入ったのかと訊かれて、肯定したこと」
「美味しそうに食べてくれる人が大好きだ、って言葉がちょっと気になるな。注文回数だけじゃなく、注文した料理を一人で完食する必要もありそうだ」
「何回くらい注文したら教えてもらえるのかな?」
「そのステーキは何皿目ですか?」
「……8枚か、10枚くらい?」
数えて食べているわけではないので、うーん、と考えこんであいまいに答える。
ではたぶん10枚くらいでしょうかね、とシウは目算をつけたが、他の料理を10皿も頼むにはお金が足りない。
とりあえずハートレスはステーキのレシピを入手したことに満足したので、他のメンバーもそれぞれ頼んだ料理を味わって食べ、皿が空になると宿屋へ戻った。




