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万魔殿攻略記  作者: 縞白
GAME START
15/51

アリス





 ハートレスは魔獣使い用の工房へ入ると、案内役の青年NPCがいるエントランスを通り抜け、いくつかある大部屋のなかで無人のところを選んだ。


 なんとなく、すぐにメニュー画面を開く気にはなれずに「んんー」と背伸びをする。

 そして背負っていた大剣を外すと、大部屋の片すみにある質素な木製テーブルの前のイスへ、崩れ落ちるように座った。


 かたわらに大剣を立てかけて置きながら、そういえばデスゲーム化のすぐ後にシウ達とパーティを組んでから、周りに人が誰もいないというひとりきりの状態になるのはこれが初めてだ、と気がつく。


 ずっと緊張していたのがふと緩み、体から力が抜けていくのを感じた。

 テーブルへ突っ伏して「ふー」と深く息をついていると、腰まで届く長い髪がさらさらと前へ流れてきて、顔の周りを覆う。

 すると世界と自分の間に一枚のカーテンが引かれたような気がして、ハートレスは深く安堵した。


 彼女が髪を長くのばして束ねないのは、必要な時、こうして世界と自分の間に一枚のカーテンを引くためだ。

 時と場所を選ばず、うつむきさえすれば可能なことなので、息苦しいほど平和な現実世界での生活に耐えようとする時、よく役に立ってくれた。

 今は仮面をつけているせいかゲームの中だという意識があるからか、それほど切羽詰まった息苦しさは無かったが、それでも黒髪のカーテンの中にいるといくらか穏やかな気分になる。


 ハートレスはゆるくまぶたを伏せて深呼吸した。

 ずっと他人と一緒に行動していたことでわずかに乱れた精神を落ちつけ、自分のリズムを取り戻す。

 そして、いち、に、さん、と数えて10回深呼吸をすると、目をぱちりと開いて意識を緊張状態へ戻し、ぐっと力を入れて背筋をぴんと伸ばした。


 攻略期限をカウントダウンし続ける「23,970」という数字を、見るともなしに見ながら左手首の青い腕輪をトントンと指先で叩いて、メニュー画面を開く。

 テストプレイでは最初に無料提供される初期装備で地下10階まで行ってしまったし、とにかく戦うことに夢中だったので、工房で生産スキルを使うのはこれが初めてだ。


 まずはパチンと指を鳴らし、クラスをメインの戦士からサブの魔獣使いへ変更。

 装備の自動変更でテーブルに立てかけておいた大剣が消えたことにかすかな不安を感じながら、選択可能になった魔獣使いの生産スキルを選び、今カバンにある物から何が作れるのかを調べる。


(〈楽器作製〉で作れる物はオカリナとハーモニカ。〈魔獣装備作製〉で作れる物は隷属の笛と、隷獣の革製首輪か)


 一つの種類のアイテムを作りすぎると、他のアイテムを作るのに必要な素材が足りなくなりそうだったので、楽器はそれぞれ1個ずつ作り、隷獣の革製首輪は2個だけ作って、後は隷属の笛を作れるだけ作っておくことにした。

 笛は失敗すると消滅するアイテムで、魔獣使いはモンスターに対してこれを使わないと〈調教〉スキルのレベルを上げられないため、いくつあっても足りない物だ。

 必要な素材の数が少ないので、作りやすいのが不幸中の幸いだった。


 メニュー画面から〈楽器作製〉を選び、「オカリナを1個作る」と指定すると、ハートレスの前にあるテーブルの上に木材と細工道具の半透明なホログラフィが現れた。

 万魔殿はモンスターとの戦闘をメインとしているせいか、生産スキルを使うのに実際の行動は必要無いらしい。


 弦楽四重奏の楽しげな「ただいま作製中」メロディが流れ、シャカシャカシャカ、と四角い木材がリズミカルに削られて磨かれると、やがて一つの丸い形が見えてくる。

 そうして15秒くらいで作製過程の映像と音楽が終わると、木材と一緒に踊るように動いていた細工道具が消え、机の上にコロンとオカリナが転がった。


 ピコン、と音がして「生産スキル〈楽器作製〉成功:クオの木のオカリナ・取得」というメッセージが浮かび、オカリナは自動的にカバンへ収納されて消える。


 注意して見ていると品質が上がるということも無いので、一つのアイテムの作製映像が消えると次のアイテムを作るよう操作しながら、ハートレスは(なんでこれが工房限定スキルなんだろう?)と疑問に思った。

 クリエイターのこだわりか、何か意図があってのことなのだろうが、とくに工房でやる必要はない気がする。


 しかし“生産スキルのレベルを上げなければならないから”という理由でパーティから解放されるのは、ハートレスにとってほっとするひと時になった。

 だからこれはちょっとした休憩時間の提供なのかもしれない、と思う。


 もしそれが当たっているなら、シウ達が言う通りずいぶん甘いデスゲームだが。

 今のところゲームマスターが何を考えて「地下100階にいる自分を倒したら100億与える」などと言うのかさっぱり分からないので、現状の多くが意味不明だ。


 ともかく楽器と首輪を作り終わると、次は隷属の笛を23回作るよう指示し、その中の2回失敗して21個の笛を入手、経験値がたまってハートレスの〈魔獣装備作製〉スキルはレベル3に上がった。

 メインクラスがレベルアップした時と同じ、バイオリンのような音色の「レベルアップおめでとう!」曲が短く流れるが、生産スキルのレベルアップにボーナスは付かない。


 素材アイテムを使いきり、もう何も作れなくなったことを確認するとメニュー画面を閉じて、またパチンと指を鳴らしクラス変更。

 大剣を背負った戦士の装備へ戻ったことにほっとして、大部屋から出る。



 その時、ちょうど別の部屋から腕を組んで出てきた二人の女性と鉢合わせ、そのうちの一人が驚いた様子で声をあげた。


「こんなところにもう一人! 工房って豊作だわ。あなた今ちょっと時間ある?」


 周りに誰もいないので、その人は自分に声をかけているらしいが、初めて見る顔だ。

 シウと同じ灰色のローブを女性用にしたものを着て黒い杖を持った魔法使いの彼女は、ふわふわした金色の髪に翡翠の目をした人形のように愛らしい少女に見えた。


 パーティには自分より背の低い者がいないので、めったにない見おろす視線になったハートレスは、彼女の外見に(R18ゲームに子どもがいる)と内心驚く。

 それを見透かしたように、高音の声が言った。


「言っておくけどわたしは19歳よ。名前はアリス。あなたのお名前を聞いてもいいかしら?」


 子どもだと思ったら自分より年上だった。

 彼女の勢いにやや気圧されながら答える。


「……ハートレス」

「ハートレスさんね。ちょっとお時間いい? 一緒に来てくれたらお茶とお菓子をごちそうするわ」


 とても心惹かれる誘い文句にうっかり頷きそうになったが、生産スキルの経験値稼ぎが終わったらサポートセンターで集合する予定なので、ひとり勝手にお茶へ行くわけにはいかない。

 危ういところで何とか踏みとどまり、ふるふると首を横に振って「行かない」と答えたハートレスに、弓と革鎧を装備した困惑顔の女性をがっちりと腕を組んで捕まえているアリスは「いいことね」と頷いた。


「初めて会う人について行かない対応は、今この状況では正しいと思うわ。とくに女性は警戒心を強くしていないと危ない。でも、わたしはあなたを傷つけたりしないから。お茶がダメならせめてフレンド登録してくれない?」

「どうして?」

「さっきオークション機能が解放されたみたいに、いずれギルド機能の解放がくると思うの。その時になったらわたし、女性限定のギルドを作る予定でね、メンバー募集中でフレンド募集中ってわけ」


 ギルドはMMOによくある機能のひとつで、プレイヤーが集まって作るグループのことを指す(ゲームによって呼び名は様々で、「クラン」などとも呼ばれる)。

 ひたすら攻略に行く人以外はお断りというところも、仲の良いプレイヤー達がお喋りしているだけのところも、普段はソロで遊ぶプレイヤーが攻略につまずいた時に助け合うだけというソロ専用ギルドもありという、十人十色のグループだ。


 ギルドを作ることで得られる恩恵はゲームによって異なるが、主にギルドメンバーだけが見られる掲示板があったり、個人チャットの拡大版で、ギルドメンバー内だけのチャットができたりする、というコミュニケーションの強化関連のものが多い。


 しかし『パンデモニウム』にはまだ無い機能だ。

 ハートレスは首を傾げた。


「まだ解放されてないし、予告も無いのに今から?」

「だって女性限定のギルドを作るなら今から動いておかないと、解放されてからじゃ遅すぎるわ。女性が好んで遊びたがるようなゲームじゃないから、女性プレイヤー自体少ないし」


 アリスの答えに、それは確かに、と納得して頷く。

 これまで見かけたプレイヤーはほとんど男性で、女性の姿はあまり見ていない。


「だからさっきのアナウンスを聞いて、これから見かけた女性プレイヤーには全員声をかけることにしたの。このゲームはレベル制だから、レベルさえ上げれば元の体の要素に関わらず強くなれるけど、心まで変わるわけじゃないでしょう? 女性同士じゃないとわからない悩みがあったり、困ったことが起きたりした時、相談できる人はひとりでも多い方がいいわ」


 そこで「あ」と声をあげて、アリスは隣にいる女性を紹介した。


「彼女はユーリ。さっきそこの部屋で会ったばかりだけど、多少時間があるみたいだから、これからわたしとパーティを組んでいる人とも会ってもらう予定なの。もちろん、その人も女性プレイヤーよ」


 クラス盗賊と思しきユーリは、どうも押しの強いアリスに負けて流されたようで、ハートレスと目が合うと困ったように「どうも?」と挨拶する。

 アリスはまったく気にしてないようだが、ユーリはファントムの仮面で顔の上半分を隠しているハートレスに、すこし怯えているようだった。


 そしてもう片方の手が黒杖でふさがっていなければ、ユーリのように捕まえられていたような気がする押しの強さで、少女のような19歳が訊く。


「それで、ハートレスさん。わたしとフレンド登録してくれる?」


 ターゲット固定! という表示が出てきそうな視線と愛らしい笑顔に、登録すれば逃げられるならしておくか、とハートレスは頷いた。

 外見よりだいぶしっかりした女性のようなので、一度捕まると大変そうだし、フレンドは登録するには双方の了解が必要だが、解除する時は一方からの「フレンドリストから外す」でいつでも外せる。


「ありがとう、これからよろしくね! いつでもメールしてくれていいから、お互いがんばって生きのびましょう」


 握手をしてフレンドリストに登録すると、アリスは嬉しそうに言って工房から出て行く。

 彼女がスキップするように進んでいくので、その細腕にがっちりと捕まえられた隣のユーリはあたふたと小走りになっていた。


 アリスは魔法使いだから、クラス盗賊の彼女より力は弱いはずだ。

 連れて行かれるのが嫌なら腕を振りほどいて逃げればいいのに、困ったような顔をしていても何も言わずついて行くのだから、リドといいユーリといい、よくわからない行動をする、とハートレスは思った。


(いろんな人がいるな……)


 そうして二人が遠ざかるのをなんとなく見送ると、自分も工房を出てサポートセンターへ向かった。





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