新機能解放
―――――― リン、リン、リン。
どこからともなく響く鈴の音。
それに続いて耳に届くのは、穏やかな女性の声。
《 地下10階トパーズ・シティにプレイヤー200名の到達を確認、これより新機能を解放します。
トパーズ・シティ内の図書館が開館、魔法書を含む本の閲覧が可能になりました。サポートセンターに掲示板機能を追加、地下10階以降のセンター内でのみ全プレイヤー共有の掲示板2種類が使用可能になりました。メニュー画面にオークション・ボタンを追加、全プレイヤー共有の市場が使用可能になりました。メニュー画面に自殺ボタンを追加、三回の意思確認後に自殺することが可能になりました。
新機能の解放にともないガイドブックが更新されました。 》
ピコンと音がして、目の前に「新着情報:新機能4種解放。ガイドブックが更新されました」というメッセージが出た。
ザックが「おいおい、メニュー画面から自殺だと? ここまでひでぇアップデートは初めてだ」と乾いた声でつぶやく。
デスゲーム化が告げられて二日目。
最初は「祭りだ」「賞金とるぜ」とはしゃいでいられた者たちも、時間が過ぎるにつれて笑ってばかりはいられなくなってきていた。
《 以上、新機能の解放とご案内を終了いたします。その他、トパーズ・シティには新施設が用意されておりますので、どうぞご利用ください。
それでは皆さま、引き続き冒険の旅をお楽しみください。 》
システム・アナウンスの声は相変わらず穏やかで、しかしそれがいっそうプレイヤー達の背筋を冷やす。
皆その声が消えるか消えないかという内からそれぞれメニュー画面を開いて、追加機能を確認した。
「オークションは使えそうな機能ですね。出品者が最低価格を設定して出し、締めは毎日12時で最高価格をつけた者が落札。しかも全フィールドで出品、入札、品物や代金の受け取りが可能とはまた便利な。
掲示板機能は情報を求めてプレイヤーが一気に10階へ下りてきそうですが、強制的に書き込んだ者の名前が入る攻略掲示板と、無記名での書き込みが可能な雑談掲示板の2種。ふむ。これはまた、使えそうで使えなさそうな仕様ですね……」
ぶつぶつ言いながら、シウはメニュー画面の操作を続ける。
しかしハートレスは一度開いて見たそれを、すぐに閉じて言った。
「シウ、早くサポートセンター行こう。じきに他のプレイヤーが来て、ここは人で埋まる」
「……そうですね。メニュー画面から使える機能はいつでも確認できますし、今のうちにセンターでの用を済ませて新施設の確認へ行っておきましょうか。あと、店巡りをして新商品の確認もしなければ」
人が増えればトラブルも増える。
早く行こうというハートレスにシウが頷き、立ちあがったのを見て他の3人もすぐに続いた。
サポートセンターは巨大宝石の浮遊する中央広場のすぐそばにあり、すでにハートレス達と同じように考えたらしいプレイヤーで賑わっていた。
カウンターの奥にいる受付嬢のところは人で埋まっていたので、5人は混雑対応用に複数置かれた端末装置でサブクラス変更や納品クエスト処理など、それぞれの用件を済ませる。
「レス、転移石を買うのを忘れないでくださいよ」
「うん。買った」
サポートセンターの新商品は転移石トパーズだけだったので、それを3個購入すると次の階の討伐クエストを受け、操作を終えて端末から離れる。
先に用件を済ませていたエディはいくつかベンチが置かれている歓談スペースでメニュー画面を開き、解放されたばかりの新機能、掲示板を見ているようだった。
ハートレスが近くに行くと気づいて手を止め、顔をあげて言う。
「あ、マスター、雑談掲示板おもしろいっすよ。見てみて。もうけっこうたくさんボードが作られてて、みんないろいろ話してる」
隣に座ってハートレスもメニュー画面を開いてみると、先ほど見た時には存在しても選択できないようになっていた掲示板のボタンが、明るい色で点滅して「今は使えます」と主張していた。
空中に開いたウィンドウの中のそのボタンに指で触れると、攻略掲示板か雑談掲示板、どちらを見るかの選択画面になる。
ハートレスは先に攻略掲示板を見てみたが、機能が解放されたばかりだからか、強制的に書き込んだ者の名前が記載されてしまう仕様のせいか、まだ何も書き込まれていなかった。
次に雑談掲示板を開くと、こちらはエディの言った通り、すでにいくつかのボードが作られている。
ボードとは掲示板の中で特定の話題について話す場で、“板”と呼ばれることもあるネットワーク上のスペース。
それぞれに「これは本当にデスゲームなのか?」や「この人PKです報告」などのタイトルが付けられており、基本的にそのタイトルに関係したことを話し合うための場とされる。
ハートレスが「レシピどこ?」というタイトルのボードを開いて書き込まれたコメントを読んでいると、急にエディが声をあげた。
「あ。今、人捜しボードにシウさんとザックさんの名前が」
その声に反応してぱっと顔を上げたのは、エディのすぐそばにいた二十代中盤くらいの男性だった。
槍と鉄の鎧を装備した戦士の青年が、驚いた様子で声をあげる。
「それ書き込んだの俺だよ! 君、シウとザック知ってるの?」
「うわ、すごい近くにいた。えーと、同じパーティっすよ」
「おおー! さすが俺ラッキー! どこにいるの? リアルのシウ見てみたくてけっこーわくわくしてるんだけど!」
「いったいわたしに何を期待してるんですか。前から男だと言っているでしょう、ルーク」
ベンチから立ちあがっていきなり大声をあげた青年に、センターでの用を終えてハートレス達の元へ来たシウが冷たい口調で言った。
その声に振り向いた、ルークと呼ばれた彼は、シウの姿を見ると驚いた様子で固まり、次いでよろりと一歩下がる。
「……えっ。まさか、ほんとに男? 俺、シウは間違いなく絶対に、たぶん女だと信じてたのに。VRゲームの中で女アバター使うと危ないから、わざと男アバターで遊んでるクール系美女だと信じてたのにー!」
「この姿を見てもまだ女だと信じたいなら好きにしなさい」
「ああ……。その反応、間違いなくシウだな。これでゲーム内では男のフリしたリアル女だったら俺的にカンペキだったのに……。でも何で俺がルークってすぐ分かったんだ?」
「俺ラッキー、などと人ごみの中でも平気で叫べる知り合いはあなた一人です。いいかげん迷惑ですから、もう少し声量を落としなさい。それより他の二人は一緒じゃないんですか? ヴィクトールとグレンは?」
ショックを受ける青年にあっさり答えて、シウは周りを見まわした。
彼らは他のVRゲームで一緒に遊んでいた知り合いだったが、ゲームにリアルを持ちこまない、という暗黙の了解があったので現実で会おうという話などしたこともなく、おかげで誰も現実の顔を知らないので判別がつかないという状況になっている。
そこへ後から来たザックも加わり、VRゲーム仲間の3人はお互いのリアルの姿をネタに挨拶をかわすと、「ヴィクトールとグレンは店巡りして新施設探してる」というルークと情報交換を始めた。
現実の顔は知らずとも、中身についてはよく知った仲間と会えたことはやはり嬉しいらしく、こんな状況でも彼らの表情は明るい。
ベンチからその様子を眺めていたエディが言った。
「シウさんとザックさん、やりとりに慣れてるなーとは思ってたけど、他にもゲーム内の知り合いがいたんスねー。オレこのゲームは誰も誘わずに始めたから、誰がいるのかわかんねーや」
「いつも誰かを誘って遊ぶの?」
「んー。とくに決めてるワケじゃないんスけど。オレはわりと広く浅く付き合ってるから、ゲーム好きな連中と話してるうちに一緒に遊ぼうって話になることもあって。でも今回は初めてのR18だから、久しぶりに一人で入ってみたんス」
ボード「レシピどこ?」を熱心に読んでいたハートレスは、誰もレシピがどこにあるのか知らず、延々と「俺も欲しいんだけどこにあるの?」「どこどこ?」というコメントが書き込まれているだけだったことにがっかりし、掲示板を閉じるとエディの言葉に「そう」と頷いた。
顔を上げたハートレスに、「マスターは?」と何気なくエディが訊ねる。
「私? ……私は、いつもひとりで遊ぶ。MMOの時は、そこで知り合った人とパーティ組むこともあるけど、それがずっと続くことはない」
「え。フレンド登録とかしないんスか?」
「する時もあるけど、しない時の方が多い。登録しても、その後また連絡を取り合うこともないし」
「あー、あるある。何となく仲良くなって続いてく人と、なんでフレンド登録したのかも忘れて、誰だっけ? ってなる人」
「うん。私はたいてい、誰だっけ? って言われるほうの人」
「マスター、自分から積極的に声かけなさそうなタイプだからかなー。人と話すのはキライっすか?」
「好きでも嫌いでもない。ただ、トラブルは面倒くさいから、嫌い」
あははー、とエディが笑った。
「それじゃあキツイっすね。人付き合いなんて、トラブルと付き合うようなもんだし」
「うん。特定の人と長く関わるとそうなる。だから遊ぶならその時限りで、私を駒のひとつみたいに扱って、何かの目的のために使ってくれる人がいい。私も何か目的がある時じゃないとパーティは組まないから、その相手を利用することになるわけだし」
「おー。ドライな考えー」
「そう?」
よくわからない、とハートレスは首を傾げた。
彼女はもとから“自分は精神的にどこか欠けているところがある”と感じて育ち、その欠けた部分は人付き合いや周囲に合わせた言動をするのに必要なところで、だから自分にはそれができないのだとおぼろげに察している。
しかし何年過ぎてもそれが何なのか、どうすれば得られるものなのか分からないし、とくにそれが欲しいとも思わなかった。
周りが自分のことをどう思おうとたいして気にしないし、さして興味もない。
今ではそれが、自分には心が無いからだろうと思っている。
だから彼女は「心臓無し」、「心無し」のハートレス。
唯一、家族に迷惑をかけたくないという思いだけはあるが、そんな自分に、いまさら誰かと上手く関わることができるなどとは期待しない。
エディも胸の大きさに目がくらんでいるだけで、ハートレスの中身がこんなふうに奇妙に欠けていることに気づけば、いずれそっと離れていくだろう。
けれど今はまだそれに気づいていないのか、彼は笑顔で言う。
「でもオレ、マスターのそういうトコわりと好きだなー。なんか孤高! ってカンジで、女王さまらしいっス」
ハートレスは何と返すべきかわからなかったので、「ありがとう?」と答える。
何を訊いているのかとまた笑ったエディが、サブクラス変更などの用件をようやく済ませたリドがこちらへ歩いてくるのに気づいて、「こっちー」とひらひら手を振った。
シウに「基本的な情報を分かりやすく教えてもらえますから、聞いてきてください」と指示されたリドは、すっとばしてきたチュートリアルの説明をここで受け、他にも万魔殿についてのあれこれを教えられ、短時間で一気に情報を詰め込まれたおかげでずきずきと痛む頭を抱えてエディの隣に座る。
「うう。情報量多すぎて頭パーンてなりそう……」
「忘れたら誰かに聞けばいーのに。リドさんマジメー」
「リドでいいよ。そういえばおれ、まだ二人とフレンド登録してなかった。同じパーティの所属っていうだけだとフレンドメール使えないし、良かったら登録させてもらってもいいかな?」
ちょうどその話をしていたところだったので、ハートレスはエディを見た。
緑の目の盗賊青年はにこっと笑って「オレも登録したいっす!」と元気よく手を上げる。
「うん」
この異常なゲームの中で、本当に友と呼べる人ができるとは思えなかったが、ハートレスは頷いた。
友になろうがなるまいが、登録しておけばお互い何かの役に立つこともあるだろう。
そうしてパーティの年長組がVRゲーム仲間と情報交換をしている間に、年少組 (精神年齢的に)の三人は握手を交わし、お互いをフレンドリストに登録した。




