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万魔殿攻略記  作者: 縞白
GAME START
11/51

拾いもの





 〈調息〉によって体力が完全に回復すると、風鈴が鳴るようなチリーン、という音が響いてそれを教えてくれた。

 ハートレスは立ち上がり、他の3人とともにマップを見ながらボス部屋へ続く扉へ進む。


 しかし(早く“にく”食べたい)と願ってはいたものの、たどり着いた黒扉の前に転がっている大ケガを負った青年が、ぷるぷる震える手を空に伸ばして「た、すけ、て……」とつぶやく横を、他のプレイヤーが何人も素通りしていく光景に思わず足を止めた。

 他の場所より人通りは多いのだが、これから初のボス戦へ挑むプレイヤー達は厄介事などごめんだと完全に無視するか、気にするプレイヤーを同じパーティのメンバーと思しきプレイヤーが「関わるな」と引きずって通り過ぎていく。


 助けを求めているのに完璧スルーされていく彼がなんとなく気になったので、ハートレスはとことこと彼の前に歩いて行ってしゃがみこむと、シウを見あげて訊いた。


「シウ、1個だけいい?」


 おかあさん、このノラ猫さんにおやついっこあげていい? という子どもの姿が透けて見えるかのような声だった。


 シウは自分の力量を過信したか、準備の足りない状態で突っ込んだのであろう自業自得なプレイヤーを助けてやりたいとは思わない。

 しかし、ボス戦の直前に主戦力の意識を盛り下げるようなことはしたくなかったので、エディが昨夜の見張り時間に〈薬品調合〉で小回復薬を12個作っていることを確認すると、「今回だけですよ」と釘を刺してそのうちの1個を使う許可を出した。


 倒れている青年の前にしゃがみこんだハートレスの隣にエディが並び、自分のカバンから小回復薬を取り出す。

 それはコルク栓で封がされた青い水入りの試験管みたいなアイテムだ。


 キュポン、と試験管からコルク栓を抜いて、エディは「痛いの痛いの、トンでけー」と言いながら青い水を無造作に青年の体へかける(中身が無くなると試験管とコルク栓は消える)。

 まだ序盤でプレイヤーの体力が少ないため、小回復薬をひとつ浴びただけで青年の大ケガはあっさり半分ほど癒えて傷口がふさがった。


「……お、おお? 地獄に神が現れた? あ、ありがとうございます!」


 傷が治って痛みがひくと、青年はよろよろと起きあがりながら言い、目の前にしゃがんでいたハートレスの豊かな胸を見ると「あ、間違えた」と言って訂正した。


「神じゃなくて夢の女神さまだった。ここは天国ですか?」


 それを聞いたエディは即座に「同志よ!」と手を差しのべ、ガシっとその手を掴んで立ち上がった青年と「男の夢は不滅!」と一瞬にして意気投合。

 二人を見ていたザックは「青いなぁ」とつぶやき、シウは「エディの同類ですか」とため息をつき、ハートレスは「元気になった」と満足して立ち上がった。


「ありがとう、シウ。行く?」

「はい。行きましょうか」


「……えっ? あのあの! 助けてくださってありがとうございます! っていうのに申し訳ないんですが、できれば一緒に連れてってもらえないでしょーかっ?」


 さっさと進もうとするハートレスにすがりつかんばかりの勢いでまくしたてる青年に、エディが「ソロで来たの?」と訊いた。

 小回復薬1個では足りなかったぶん、まだケガを負ったまま青年は涙目で答える。


「おれログインしたばっかで“デスゲームになります”とか言われて、よくわからないうちに親切な人たちにパーティに入れてもらってここまで来たんですけど、その人たち、この奥にいるボスの強さを試したかっただけみたいで。今の自分たちじゃ勝てなさそうだからいったん戻るとか言って、おれをボスの前に放り出してから、透明な石を持ってどっかへ消えちゃったんです。今はもう追放されたみたいで、パーティからは外されてます」


 ボス部屋の入り口扉は体力が残り1割以下にならないと向こう側からは開かないはずで、つまり彼は“親切な人たち”にボスの前へ置き去りにされた後、1割以下に体力を減らされながらも逃げおおせたということだ。

 そんな状態ではろくに動けず、周りもほとんど見えなかっただろうによく生きのびたな、と全員が思い、同時に(初心者をオトリ役に使う悪質なプレイヤーの被害者か)とか(こんなところまで来る前に、何か変だと気づかなかった間抜けか)と理解した。


 パーティメンバーを強制的に外す「追放」はリーダーしかできないが、メンバーはいつでも自分で「脱退」することができるので、危ないと気づいたらそんなパーティからは外れて逃げておけば良かったのだ。


 しかし彼が続けた言葉には、さすがに全員驚いた。


「ボーナス・ポイント全部“幸運”につぎこんでたから、時々クリティカル出たりボスが攻撃ミスってくれたりして、なんとか逃げてきたんですけど」


 ボーナス・ポイントを一度も幸運に入れていなくてもクリティカルはたまに出るし、ボスでも他のモンスターでも、こちらが何もしなくても攻撃を勝手に外してくれることはある。

 だから幸運特化のおかげで逃げきれた、とは断言できないのだが。


 青年は戦士装備で武器は片手剣と楯、そこにまさかの“幸運”特化。


 同じ装備をしているザックが、「たまにいるんだよな。地雷職が無いよう作ってあるゲームだってのに、わざわざ地雷になりにいくヤツが」とため息混じりに言った。


 幸運を特化することの恩恵がまだよく分かっていないので、メインクラスに戦士や魔法使いを選んだプレイヤーは力・防御・知力のどれかにポイントを振るのが普通だ。

 〈盗む〉の成功確率アップを狙ってたまに盗賊が幸運にもポイントを入れるが、それより敏捷に入れておかないと〈盗む〉を使った後でモンスターに追われた時、逃げきれず危ないことになる。


「ちなみにサブは何?」


 怖いもの見たさのような感覚でわくわくとエディが訊くと、青年は期待を裏切ることなく「細工師です」と答えた。

 これまた戦士にとって一番重要な武器や防具を作製する鍛冶師ではなく、モンスターの近くで戦うことを逆手にとって、最初は効果範囲の狭い〈調教〉を接近戦の中で隙を見て育てていく魔獣使いでもなく、回復薬を自分で作れる調合師でもなく。


「なんで細工師?」

「え、いや、べつに。なんとなく、アクセサリで幸運上げられるの作れるかなと思って?」


 こいつはどれだけ幸運が大事なんだ、と呆れた視線が向けられたが、彼らのパーティには別の感想を持ったものが一人いた。


「おもしろいですね」


 シウは「ふむ」と頷いて、新しい玩具(オモチャ)を見つけた子どものような顔でにっこり笑う。


「ではそこまでして強化したい幸運がどれくらい役立つものか、一緒に確かめてみましょうか?」

「……あ」


 青年はパーティに入れることをほのめかすようなシウの言葉に「ありがとうございます」とお礼を言いかけたが、何とも得体の知れない悪寒を感じて口ごもり、何と答えればいいのか迷って酸欠の金魚のように口をぱくぱくさせた。


 逃げたいような気もするが、なぜか蛇に睨まれた蛙のように動けない。

 それに体力が6割ほどしか回復していない現状で「やっぱりいいです」と断って逃げても、地下5階のタウンへ戻るより先に9階か8階辺りでフィールドをうろつくモンスターにかじられて死ぬんじゃないかと思う。


 そうして口をぱくぱくさせながら硬直している青年を放置して、シウは「メンバー全員が同意すればですが」と他の3人を見た。


「私はかまわない。幸運を特化したらどうなるのか、見てみるのおもしろそう」

「マスターがいいなら、オレもいいっス」


 ハートレスとエディはあっさり頷き、ザックも彼らとは別の思考から「いいんじゃないか」と頷いた。


 他のゲームでよく顔を合わせているザックは、シウの性格をいくらか知っている。

 彼は常に冷静で普段は頼りになるのだが、たまにぷつっとキレてナイフを投げてきたり無茶なことをやり始めたりするため、一緒に行動する時はストレス発散用の玩具があった方が安心だ。


 エディは意外と役に立つし、4人で戦うことにもだいぶ慣れてきて、おそらくリドはほぼ戦闘に参加しない“ゲスト”状態になるだろうが、それでも今の彼らなら地下9階のボスに勝てるだろうという見込みがある。

 もう一人シウの玩具を増やすくらい、かまわないだろう。

 主にザック自身の安全のために。


 ニヤリと笑みを浮かべた長身のゴツい男が(よし、2匹目の羊)と声には出さずつぶやいたことに気づけるはずもなく、メンバー全員の同意を得られたシウからパーティ勧誘を受けた青年は、ぷるぷると震える手で空中に浮かぶ「はい」という文字に触れた。


「よろしく、おねがい、シマス……」


 それなりに勘が良いようで、これからのことを思ってなんとなく魂が抜けていくような声でメインクラス戦士、サブクラス細工師の青年リドが言う。


 ザックよりすこし低いくらいで背は高いが、体格はやや頼りなげに細く、ふらふらと定職につかずにさまよっている「本当にやりたいことが見つからないんです~」タイプに見える。

 髪は黒く目は青く、顔立ちはそこそこ整っているがどうにも地味で、別れて3分で忘れられそうなくらい特徴が無い。

 年齢はシウと同じ、二十代前半か中盤くらいだろう。


 他のパーティメンバーも「よろしく」と答え、リドの体力を回復させるために〈調息〉を使わせてそれを待つのは面倒だ、ということでシウが指示、もう一度エディが小回復薬をかけて全回復させた。

 パーティを組むとメンバーのステータスが見られるようになるので、その間にメニュー画面を開いてリドのステータスを確認していたシウとザックが呆れた口調で言う。


「お前まだレベル5か。よく9階のボスから逃げられたな」

「基本的に万魔殿のモンスターは階数とレベルが同じなんですが、そもそもどうしたらレベル5で9階に到達できるんですかね」


 いや、だって、とリドは眉尻を下げた困惑顔で答えた。


「パーティ組んでた人がさっさと先行っちゃうから、おれもうついて行くだけで必死で。そしたらいつの間にかボス戦になってるし、みんなどっかに消えちゃうし、どひゃー! と驚いた感じで」


 そこまでのこのこついて行くお前の頭に驚きだ、と思ったが、シウもザックも面倒だったので何も言わなかった。

 そろそろ彼らの主戦力、大剣使いの女戦士がヒマをもてあましお腹を空かせて苛立ってきている。


「さて。雑談はこれくらいにして、行きますか」


 もごもごと言い訳を続けるリドの声をさえぎってシウが言うと、「うん」と頷いたハートレスが嬉々として大剣を肩にかつぐ。

 そして最大人数である5人となった彼らのパーティは、ようやく木立の小道に立ちふさがる大きな黒い扉を押し開き、初めてのボス戦に挑んだ。





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