第二話 おっさんの襲来
雨が止むことを知らずに降り続ける梅雨のある日。
薄暗かった部屋の明かりを付けると、そこにはこの世の物とは思えないものがいた。
大きさはよく絵本で見かける小人や妖精やくらいのそれ。――――しかしそれは、およそそんな可愛らしい言葉で表せるような生物ではなかった。
「……えっ、なっ、なにこれ……っ。」
突然の奇々怪々な出来事に体を膠着させる俺の前には、これまた驚き体を膠着させる人間が一人。――――いや、それは人間ではない。人間のような容姿を持った、小さな小人だった。――――しかしそれは小人でもない。単純にシルエットだけでそれを表現するには適切かも知れないが、それは小人などと可愛らしい言葉では表しづらいものだった。
それは、性別と年齢が明かな小さな生物。
――――――それは、小さな小さなおっさんだった。
明らかにおっさんだ。
どっからどう見ても、誰が見てもそれは限りなくおっさんだった。
無造作な髪型に深緑色のジャージ、灰色の靴下に色の濃い顔には幾つかの皺。……誰がどう見てもやっぱりおっさんだ。
しかしそのおっさんには奇妙な点が一つ――――あまりにも異様に体が小さかった。
俺の掌の中で余裕で眠れるのではと思うほどに、それは小さかった。
それは、この前テレビでやっていた、都市伝説の生物にそっくりだった。
「「おわわわわああぁぁっっ!!」」
姿を見られたおっさんは、一目散に何処かへ逃げようとした。ところが……。
……おっそっっ!! なにこれっ、このおっさんおっそっっ!!
……あれっ? この都市伝説のおっさんってもの凄く早く逃げるんじゃ無かったんだっけっ?
それは尋常じゃないくらいに遅かった。雀の方がよっぽど速い。
あたふたと逃げ惑うそのおっさんを眺めていた俺は、ハッとしてそのおっさんをとらえようと考えた。
俺は直ぐさまそばにあったグラスを手に取り、捕まえにかかる。
すると奮闘すること数分後――――。簡単に捕まえてしまった。
「「ほほはははひへふへほっっ!!」」
グラスの中でおっさんが必死に何かを訴えるが、音が遮断されて全く何を言っているのか分からない。
そんなおっさんの姿を横目で見ながら、俺は途方に暮れていた。
……捕まえたはいいけど、これっ、どうしたらいいんだよっ。どうしようもないぞ、このおっさん。テレビ局にでもつき出すか? ……いやっ、その前に、なんで俺の部屋にこんなのがいんだよ……。
そんな途方に暮れる俺をよそに、おっさんはグラスを叩きながら何かを必死に訴える。
しかしそれは、俺の耳に聞こえることはない。
……なんなんだよこのおっさん。てゆうか本当にこれ都市伝説の奴なのか? 足めっさ遅かったから、ただのおっさんだったりして……いやっ、手のりサイズのおっさんはただのおっさんじゃねぇよ。……じゃあなんだ? 妖精? 小人? いやっ、こんな夢のない妖精なんて聞いたこともない。……じゃあこれは……なんなんだ?
おっさんが何かを叫んでいる。地味に五月蠅い。しかし、俺には何を言っているのか分からない。
……つうかなんでおっさん? プロローグから見るに、何だか序盤は女の子が降ってくる話ぽかったのにっ、終盤は、なにか人外的な何かすごいやつが来そうな気配だったのにっ、結局来たのおっさんっすかっ! いやっ、確かに人外的ではあるけれども、足の遅い小さなおっさんっすかっ! なんでっ!
「「ほほはははへっっ!! はひへふははひっっ!!」」
おっさんがグラスを叩いて必死に叫んでくる。
俺はそのおっさんの行動にとうとうイライラが募って、
「うっせぇなぁっっ!! しずかにしろよっっ!!」
おっさんにむかって叫んだら、吃驚したおっさんがグラスの中でぱたっと倒れた。
「ええぇっっ!! まじでっ!? おっさんよわっ!」
そんなおっさんの様子に吃驚した俺は、そのおっさんをグラスからそっと出して、菓子の箱の中へと移動した。
数分後、おっさんが目を覚ました。
どうやら頭をぶつけたようで、頭をさすりながらゆっくりと起きあがる。
すると周りをきょろきょろと見回し、状況を思い出したおっさんは菓子の箱の壁をよじ登ろうと試みた。しかし、どうやら運動神経が壊滅的なようで、一向に上れる気配はない。逃げ出す心配はなさそうだ。
それを確認した俺は、おっさんに話しかけ始めた。
「……なぁっ、おっさんは、誰? 何者?」
そう問うと、おっさんは一瞬俺の声に体をびくっと震わせたが、その後困ったように目を泳がせながら、言葉を発した。
「……おっさんは夢の国から来た小人さんだよっ! 君に幸せを届けに来たんだっ! キラッ!」
棒読み。そんなおっさんの様子に、俺は冷めた目で菓子の閉めていく。
「あわわわわっっ!! うそうそうそだからっっ!! 悪かったっ! ちゃんと答えるっ!」
そう言って慌てるおっさんの様子に、俺は菓子の蓋を再び開けた。
するとおっさんは胸を撫で下ろす。
「……で、おっさんは誰? 何者なんだよ?」
そして俺は再度尋ねる。
するとおっさんは困った様子を見せながらも、諦めたように話し始めた。
「……そうさ、お察しの通り、俺は夢の国から来た小人なんかじゃないっ」
「それは知ってるっ」
「……俺はっ、まぁ、分かりやすく言ってしまえば、都市伝説の小さいおっさんと同じ種族だっ。俺はメディアに報道されたことはまだないが、この前、健太郎と典明が報道されてたっ。恐いとは思っていたが、まさか俺が人間に捕まってしまうとは……」
「……健太と典明はどーでもいいよっ。……うんっ、それも大体見当は付いてたっ。じゃあ、まぁ都市伝説のちっさいおっさんが目の前に居るのだから、その存在は認めることにしようっ。しょうがない。……さてっ、では本題を聞こうっ、君はこの部屋で何をしようとしていたのだね?」
そう尋ねると、おっさんの口が動かなくなった。
どうやらどうやら言いにくい事のようで、眼球がバタフライをしている。
「……一旦話題を変えようか。おっさんたちの種族は何処に住んでるの?」
すると今度は渋々口を開く。
「……人間は立ち入ることの出来ない場所にある地下空間だっ。俺たちは地底人でもある。俺たちは都市伝説の二つ名を持つ種族なのさっ。どうだっ、まいったか?」
「……まいりはしないなっ。ふぅーん位の知識として、俺の脳内に記憶しておこうっ。……でっ、なんでおっさんは俺の部屋にいたの?」
するとおっさんの口は開くことを止める。
眼球がまたバタフライを始めた。
「……じゃあ、また一旦話題を変えようかっ。都市伝説のちっさいおっさんって確か逃げ足が速かったよね? 何のに何でおっさんは逃げるの遅いの?」
「それは運動音痴の黒人になんでボルトみたいに走れないの? と聞くのと同じ事だ」
今度は少し怒りの色を加えながらきちんと質問に答えた。
それに続いて、俺はまた質問をする。
「……なるほどねっ。……でっ、おっさんは俺の部屋で何をしていたのかな?」
すると、またおっさんの口は動かなくなる。
眼球は大海原を豪快に泳ぎ始めた。
「……話さないと、ここから出さねぇーぞっ」
「それだけはご勘弁をっ!」
少し脅すと、おっさんは命乞いをするかのように必死に声をあげた。まるで俺がオヤジ狩りをしているかのようだ。不法侵入という犯罪を犯しているのはおっさんの方なのだが。
暫くおっさんは考え込むと、観念したように話を始めた。
「……してた……。」
「……はっ?」
しかし異様に声が小さくて全く聞き取れない。
俺が聞き返すと、またおっさんは渋々話し始める。
「………してました……。」
「……はっ? だから聞こえねぇよっ!」
すると自棄になったようにおっさんは怒鳴って理由を話した。
「……だからっ、泥棒してましたっ!」
「……はぁ?」
おっさんの突然の告白に、俺は思わず首を傾げる。
「……今なんて……?」
「だからっ、私は貴方の部屋で泥棒をしていましたっ!」
「……はぁ?」
意味の分からない俺は、また聞き返す。
すると、もう全てを投げ出したように、おっさんは訳を話し始めた。
「……俺たちの種族は、この人間の住む地上に何をしに現れていたのかというと、理由は他でもなく、人間の持ち物を盗むためなのさっ。地下では日光が無いため、食料なんかが大してとれないんだっ。……物がたまに無くなることがあるだろう? 絶対にしまった筈なのに。それはみんな俺たちの仕業名のさっ! 俺もその為に、お前の部屋から何かを盗もうとしてたっ」
「……あぁ? 盗んだぁっ?」
それを聞いた俺の顔は段々口角が上がっていき、顔が怒りに歪んでいく。
「……何を盗んだんだっ? あぁっ?」
それを見たおっさんはびっくりして焦り、さっきの言葉に訂正を加える。
「いやいやいやいやっ! そっ、そう怒るなっ! 勘違いするなっ! 俺は確かに盗みに入ったが、まだ何も盗んでないっ! 盗もうとしたらお前が帰ってきちまったから……」
「勘違いするなじゃねぇよっ! 未遂とはいえする気満々だったんじゃねぇかっ!」
訂正するおっさんに俺は怒りのつっこみを入れる。
するとおっさんはびくっとして倒れそうになったが、なんとか持ちこたえて足を折って座り込んだ。
「すいませんでしたぁーっ!!」
ちっさいおっさんが必死に土下座をして頭を下げる。orzの立体版のようだ。
俺は煮えかえりそうな腹をすんでで押さえ込み、何となく哀れそうなおっさんを許そうと、血管を浮かび上がらせた顔で少し睨み付けながらおっさんに話しかける。
「……でっ、何を盗もうと思ったんだ?」
するとおっさんは頭を下げたまま話し始める。
「ははっ、実は私にも家庭がある故、食料を盗もうと考えておりましたっ!」
「えっ? おっさん家族いんの?」
意外な動機に、俺は驚いて尋ねる。
「はいっ、おりますっ。私の父に母、それに家内と子どもが三人おりますっ! 実は、私どもが人間様のものを盗んでいますのは、家族を養う為なのでありますっ! その為、目撃情報は皆おっさんばかりなのですっ!」
頭を下げて話すおっさん。
その意外な裏話に、俺は同情のような感情に包まれ、おっさんを許そうかと考え始めたのだが、
「……しかしっ、この部屋にはろくなものが無かったので、舌打ちして諦めて帰ろうとしておりましたっ。何もとる気は端からありませんでしたから、ご安心をっ」
そう薄笑ったような調子で話したおっさんに、俺の血管はぶち切れ、俺は菓子の箱の蓋を閉め、思いっ切り振ってやった。