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第一話 非日常は突然に


 日常こそが非日常だ。

 そう、誰かが言った。

 しかし俺は、非日常が滅多に来ないのが日常だと思ってる。

 それは、田舎から東京に引っ越してきても変わることは無かった。


 今は梅雨。

 日本独特の、雨が続きじめじめとした嫌な季節。

 例に漏れることも無く、今日もまた空には曇天が広がり、止むことを知らぬように雨が降り続いていた。


 そんな様子を眺める俺は、かなり困り果てていた。

 何を隠そう、今朝学校に来る途中に傘をぶっ壊したからだ。

 当然傘は使える状態じゃない。しかし、外は雨だ。俺の家は雨の中走って帰るほど近くはない。

 こんな事なら予備の傘を学校に置いとくんだったと後悔するが、今更遅い。

 それに予備の傘を学校に置きっぱなしに何てしておいたら、誰かにぱくられていた事だろう。そう自分に言い聞かせて過去の自分を恨むのは止めることにした。

 しかしそんなことをやっていても、当然傘が手に入る事はない。

 誰か親切な人が傘を譲ってくれたり、未来から来たロボット的な物がテッテレレッテッテッテレレッテッテーっとポケットから傘を出してくれないものか。

 そんな馬鹿な事を考えながら、一人放課後の教室で窓の外を見ながらこの状況からの脱却方を思案していた。

 

 「どーぉしたのっ? 山田くんっ?」


 そんな時、俺は後ろから声がしたのを聞いた。

 その声に振り返ると、後ろには俺の見知った顔があった。


 「なんだ(あずま)かっ。どーしてここにいんだ? 今日は部活じゃなかったっけ? それと俺、山田じゃなくて山本なんだけど」


 「山田でも山本でもいいよっ、山は合ってるからっ。今日は部活はお休みなのだよっ! さっきまで図書室に本返しに行ってただけなのさぁっ!」


 「キャラ作ろうとしなくていいよっ。いっつもそんなしゃべり方しないだろうお前」

 

 「えぇーっ!? こんなしゃべり方じゃなかったのかっ? わっちっ。どんなしゃべり方すればいいのですっ? 何だかわくわくすっぞっ!」


 「普通で良いよっ、普通で」


 「はぁーいっ!」


 突然の初登場でキャラ作りに失敗した此奴―――東 美衣(あずま みい)は俺のクラスメイトだ。

 クラス一小学生のように明るく元気だが、クラス一からむと疲れる五月蠅い奴だ。

 同時に、クラス―――いや、学校一を争う位に可愛い奴でもある。


 「そうか、今日は部活無いのかっ。で、何の本を返しに行ってたんだ?」


 「んーっ? えっとねっ、『大魔王地獄への誘い ふははははー貴様を蝋人形にしてやろうかぁーっ! 2』ってやつだったかなぁ?」


 「……なんだその本? 面白いのか?」


 「うーんっ、途中までは良かったけど、ラストがパッとしなかったなぁーっ。結局お前がクロウ・クルワッハだったのかぁーっ! みたいな?」


 「……ふーんっ、なんだそれ? 意味が良く分からないんだけど」


 「私もよくわかんないっ! でも今度映画化だよ?」


 「マジでっ!? すげーなそれっ!」


 そんな会話を繰り広げながら、俺はちらっと窓の方に目をやる。

 外は相変わらず雨が止みそうにはない。

 そんな俺の様子を見た東は、不思議そうに俺を眺め、そして尋ねた。


 「どうかしたの? そういえばっ、なんで山崎君はここにいるの? 部活とかやってなかったよね?」


 「いやっ、だから山本なんだけどっ」


 そう言って不思議そうな表情を浮かべる少女は、俺のそばに近づいてきて何か不思議な物を見るような目で俺の顔をあと十センチもない距離から見始めた。

 ……近いっ! 近いぞこの距離はっ! 東とはいえ、美少女の顔がこんな近くにっ! まるで付き合ってる男女がキスする寸前の距離みたいな……っ!

 ……いやっ、俺彼女とかいたことは無いんだけどさっ! いやっ、だから余計にまずいっ!


 「いやぁっ、そっ、そのっ、かっ、かさっ、壊れちゃって……っ!」


 俺は東の突然の行動に身を出来るだけ反らしながら、真っ赤であろう顔で焦りながらろれつの廻らない言葉を発する。

 すると東は納得したような表情になり、俺からその顔を離してぱーとぐーの手をぽんっと叩いた。


 「おーっ! なるほどっ! だから帰れないとっ! そーかそーかっ。君は今朝傘でメリーポピンズをやろうとして壊したとっ」


 「してねぇよっ! 小学生じゃあるめーしっ。突風に吹かれて壊しただけだよっ」


 「またまたぁーっ! チャンバラごっこでもして壊したんじゃないのぉーっ? 母ちゃんの目は見破れないわよっ!」 


 「だから小学生じゃねぇんだよっ! 誰が母ちゃんだっ!」


 俺がそう突っ込むと、東はなにやら鞄をあさり始める。

 それを今度は俺が不思議そうに見ていると、少女が鞄の中から何かをとりだした。


 「テッテレレッテッテッテレレッテッテーッ! 折りたたみ傘ぁーっ! しかも二本ーっ!」


 「おおっ! 傘じゃねぇかっ! なんで二本も持ってんだ?」


 「一本は自分のロッカーにあった予備用っ、もう一本は今日持ってきた予備用っ、そしてもう一本は今日差してきた普通の折りたためない傘ですーっ!」


 「三本もあんのっ!? てかなんで今日も予備用持って来たんだよっ?」


 「んーっ、それには事情があってですねーっ、私の妹が遠足かなんかで私が学校に持ってってる傘を持って行きたいとかなんとかでーっ、予備用を違う傘に取り替えようと思って持ってきたらですねーっ、間違えてどっちも持って帰ろうとしましてーっ、それで気が付いて一本置きに来た訳ですーっ!」


 「んーっ、つまりはそそっかしかったわけですね?」


 「ピンポーンっ! せいかーいっ!」


 少女は元気にそう言うと、俺に一本の折りたたみ傘を手渡す。


 「だから迷える貴方にこの傘を貸して差し上げましょうっ!」


 「えっ! それは本当ですかっ!」


 「それって嘘って言っても良いの?」


 「それだけはご勘弁をっ!」


 「うそうそっ! 貸してあげるよーっ! その代わり、ちゃーんと返してよねっ?」


 「おぉーっ! ありがとうなっ! 絶対に返すよっ!」


 「破ったらチュッパチャップス三本ねっ!」


 「……安いのなっ」


 



 そんなこんなで東からこの苺柄の可愛らしい傘を拝借した俺は、雨の中を自宅に向かって歩いていた。

 大分この街にも慣れた。去年初めて来たときは、右も左も分からなくってホームシックになりそうになったもんだ。

 俺はこの町には今の高校に通うためにやってきた。

 俺の実家はドが付くくらいの田舎にあって、近くに大した高校が無かったため、この高校に来たくって一人で越してきた。

 夢の一人暮らし生活は、その過酷さに夢を砕かれたのだが、まぁそれでも俺は今の生活には満足している。

 学校もそこそこ楽しいし。

 ……それにしても、やっぱりなんだかんだで東は可愛いよな。

 ……顔が近づいたのにはさすがに心臓が死にそうだった。

 ……東が彼女ってのもいいなっ。でも彼氏さんいそうだけどな。

 ……青春してえーっ。


 そんな事を考えながら歩いていると、学校を出て二十数分経った頃に自宅に着いた。

 外見は決して新しくは見えないボロアパートといった感じだ。

 俺はそのマンションの一階の部屋の前に立つと、傘を閉じて水滴を軽く振るい、鍵でドアを開けて中へと入っていった。



 それまでの俺の人生は、平凡で平和だった。

 特に何の変哲もない人生だったが、それでも俺は幸せだった。

 このまま、今までのように時が流れていくんだと思っていた。

 死ぬまで、平凡で平和な毎日が続いていくと信じてた。

 

 しかし、次の瞬間に俺が薄暗い部屋の電気を付けたときに、それは音もなく崩れ落ちる。


 『パチッ』


 「「おあっっ!!」」


 そんな俺のものではない奇妙な叫び声が俺の部屋に響いたときに、俺の今までの平凡な人生は終わりを告げた。


 「……なっ、なんだっ!? これは……っ」


 「「しっ、しまったぁあああっっ!!」」


 

 ―――貴方は知っていますか?

 ――――この奇妙な都市伝説を―――。



 俺が部屋の電気を付けた瞬間、そこで低い悲鳴を上げていたのは―――、

 

 ―――小さな小さな、おっさんだった――――。

 



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