第十二話 おっさんはキューピット
場所を改め現在、外に設置された非常階段の踊り場にて。運動部や下校中の生徒の声が響くその場所は、しかし人気が無く周りに人の様子はなかった。そんな場所に、俺は真剣そうな表情の東と共に向かい合って立っていた。
「……で、話って……」
俺がそう尋ねると、少しの間東が沈黙を続け、そして東が意を決したように俺の顔を見つめると口を開いた。
「……あのねっ、山本君っ、実は話って言うのは相談なんだっ!」
「……相談?」
俺はそんな東の言葉に疑問符を返した。俺に相談なんて珍しいな。
そんな東に俺も真剣に耳を傾けようと東の顔を見つめていた。そして再度、こんな時には失礼かも知れないが、東のその可愛らしい顔に見とれてしまう。しかしそんな疚しい心で相談を受けるべきではないと思い直し、俺は首を振って東に向き直った。
すると、東が少し悲しそうな顔で、俺に尋ねた。
「……突然で悪いけど……っ、……結局山本君って、誰のことが好きなの?」
「……えっ?……えぇ――――っ!?」
その突然の質問に、俺は驚いて思わず声をあげた。
そっ、相談じゃなかったのか!?とっ、突然そんな質問されてもっ!!
えっ、誰ってっ!?めっ、目の前にいる君がそうなんですけどっ!!どっ、どうすればいいのさっ!?
しかし東はそんな俺を見ても動じずに話を続ける。
「だって!山本君は、お姉さんと昔から付き合ってて、でも東京に出てきて離ればなれになっちゃったから寂しくって、お姉さんカフェがあるって聞いたから秋葉原に行ってみたら間違えて妹カフェに入っちゃって、それから年下に目覚めてスカートめくってみたりとか、ちょっかい出したり虐めたりしてたけど、ある日教室で中島先生に襲われてから付き合うようになって、それから親友にも手を出すようになっちゃったんでしょ――っ!」
「……えっ?」
俺はその東の真剣そうな問いに首を傾げた。
……ちょっと待って。……俺はどんな奴だと思われてるんでしょうか?どんな危ない人生を送ってるんですか。……てか、何をどう勘違いしたらそうなるんだよ―――っ!?
「あっ東っ!?ちょっ、ちょっと待ってそれは勘違……」
俺は慌てて訂正に入ろうと待ったをかけた。しかし東はそんな俺の言葉を聞かずに話を続けた。
「おかしいよそんなのっ!好きな人は一人にしてあげないと可哀想だよっ!」
「えぇっ!?そこそうゆう問題!?」
「それに、まあ確かにBとLのお話いっぱいあるし、私も読んだことあるけどっ!」
「東あんなのも読んだりするのっ!?」
俺は何だか少しずれた気のする東の会話につっこみを入れながらそれでも話を取り敢えず聞いていた。すると、東がそこで一呼吸置いてまた口を開いた。
「……で、でも……っ!ちゃんとした恋愛しないで、そんなことばっかりしてるなんてやっぱりおかしいよっ!……山本君に恋文抱いてる女の子だっているのに……っ、そんなの、絶対おかしいよっ……」
「……えっ?今最後の方なんて……?」
東が悲しそうな声でそう言った。しかし最後の方は東が音量を落としたせいか少し聞き取りにくかった。
―――山本君に恋文を抱いている女の子がいる……。
そんな言葉を聞き取った気がするのだが、それはまず聞き間違いだろう。俺にそんな感情を抱く女子なんて居る筈ないだろうから。
俺がそう尋ねると、東は何故か顔を先ほどよりも真っ赤にして、そしてそっぽを向くと少しいじけたように口を開いた。
「……なんでもないもんっ」
そう言って東は口を尖らせた。そんな東に、俺は再度首を傾げた。……なんで東はいじけてるんだろうか?そう思っていると、東はまた俺に向き直って話を続けた。
「……とにかくっ!ちゃんと女の人を1人だけ好きになった方が良いんじゃないかなっ!?」
「結局相談じゃなくて忠告なのっ!?」
「……えっ!?……あれっ?ほんとだ?」
俺がそう驚くと、東も驚いたようで、不思議そうに首を傾けた。……相談じゃなかったのかよ……。
俺はその忠告を聞き終わると溜息を吐き、そして首を傾げる東に向かって話しかけた。
「……あのなー、東っ?それ、全部誤解だからな?」
「……にょぇ?」
俺がそう言うと、東はとっても不思議そうな顔を見せた。
「……ご、誤解?」
そう言って、東は再度首を傾ける。
俺はそんな東に向かって少し不機嫌そうに説明を始めた。
「そー、全部誤解っ!最初っから誤解っ!何がどうなってそんな噂になったのかわかんないけどっ、全部誤解だからっ!俺はシスコンでもロリコンでもなければ、ホモでもないっ」
そう言うと、俺は一呼吸置いて、そして少し顔を赤らめながら告白した。
「俺が好きな人は、ちゃんと一人の女の子だっ」
俺がそう言うと、東は少し驚いたように目を見開いた。顔にはハッとした表情を浮かべている。
その時、暖かな風が吹いた。俺たちの間を穏やかに通り過ぎてゆく。
そしてその後、東がほっとしたように、嬉しそうに微笑んだ。
俺はその表情に、思わず見とれてしまった。
「……そっかぁっ。よかったぁーっ」
そう言って、東は俺に向かって微笑んだ。何だか心から安心したような、とっても嬉しそうな表情だった。
「てっきり私、山形君は特殊な趣味に走ったんだと思ってーっ。うんうんっ、やっぱり女の子の方が好きだよねーっ。健全でいいよ!」
「山本ねっ。……それは健全なのかな?」
そう言って俺は首を傾げた。……まぁ、確かに変な趣味があるよりはいいかも知れないけど。健全……といってもいいのだろうか?ふしみだらな行為をしなければ健全?……いや、でも人間いつかはみだらな行為をするし、そしたらみんな健全じゃなくなっちゃう……。だぁーっ!もうっ、なんで俺はこんな事を考えているのさっ!?
俺は頭を振って考えを一掃した。そんな事を考えるもんじゃぁない。しかも意中の人の前で。
そんなことをしていると、しかし東がまた真剣そうな顔付きになって俺に尋ねた。
「……でっ、結局……誰のことが好きなの?」
「ひょぇっ!?」
なななっ、なんでそれを必要に聞いてくるんだぁ!?
俺は途轍もなく焦った。何なんだこの状況!?
俺が焦っていると、東が話を続けていった。
「……実は私……、好きな人が居るんだっ。でも、その人は好きな人が居るって言うから……。だから、気になるじゃん……」
「えっ!?東って彼氏いないの!?あとなんでそれが俺の好きな人を知ることに繋がる!?」
俺が驚いてそう言うと、東が何故か不満そうな顔を見せた。俺、何か間違ったこといった?
とはいえ、俺も安心だ。てっきり東は彼氏居るんだと思ってた。これで堂々と片思いも出来るし……、俺なんかじゃ無理だろうけど、いつか、もしかしたら両思いも……。
……でも、早く伝えないと、彼氏が出来ちゃったりして……。
ん?……ちょっと待て俺っ。東好きな人が居るっていったよな?
……それじゃやっぱり俺は無理じゃん……。
俺はそんな葛藤を心の中で繰り広げ、そして感情を浮き沈みさせた。
あぁ、もてるようになりたい……。そしてあと勇気も欲しい……。
俺がそんな事をしていると、東が少し怒ったような表情で、俺を責め立てるように口を開いた。
「分かったよぉーっ、じゃあ、間接的に聞くよ?……私の知ってる人ー?」
「知ってる人!?……うんっ、まぁ大いに知ってる。誰よりもよく」
「ほえっ!?それ誰ーっ!?」
俺は正直に答えた。間違ってはいない。すると東は心底不思議そうに首を傾げた。
そんなことをやってると、突然俺の胸元から苛ついたような声が聞こえてきた。
「んだぁーっ!!もううじうじうじうじっ!!両方とも告白すればいいのによっ!聞いてらんねぇよ!早くいっちゃえよっ!!俺の好きな人は――――」
「うわあああっ!!止めろ、それ以上言うなよ!!」
俺はそう言って胸元を押さえた。そんな告白あってたまるか。
声の主はおっさんだった。てっきり俺は寝てるんだと思っていたが、どうやら起きていたらしい。
そしてそのおっさんの声で、目が覚めた。はっ、そうだ。早く入り口を探さなくちゃいけないんだった。
それを思いだした俺は、東に背を向ける。
「そっ、そうだった、俺急ぎの用事があるんだったっ!じゃっ、また後でーっ!」
「えぇっー!?あっ。ちょっとーっ!」
そう言って、俺は校舎の中へと走っていった。危ない、おっさんがばれる所だった。
しかし、東はそんな俺に向かって叫んできた。
「結局、山本君の好きな人はぁ―――っ?」
まだそれを聞くのか!?
俺はそんな東に驚きながらも、しかし仕方ないかと言うように、その問いに答えた。
「今は言えない――っ!けどっ、絶対いつか言うからっ、それまで待ってて―――っ!」
そう、少し顔を赤らめながら言った。
すると、東も返事をする。
「うんっ!分かったぁ――っ!!絶対だよ――っ!!約束ね――っ!」
そう言って、東は俺に向かって手を振った。
そして俺は、三階の階段を駆け抜け、二階へと向かうのだった。