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第十話 おっさんはお昼寝


 「あぁ――――っ!!酷い目にあったぁ―――っ!!」


 地学の授業がなんとか俺が生きているうちに終わり、俺は教室への帰り道にそう言って溜息を吐いた。

 すると、隣にいた印南が話しかけてくる。


 「お前確かに酷かったなっ、気の毒だと思ってたっ。だがっ、もとはと言えば悪いのはお前だからなっ、しょうがないだろうっ。むしろ、あれですんで良かったと思うべきだと思うぞっ」


 「……それもそうだなっ」


 俺はそんな印南の言葉に、さっきの授業のことを思い出しながら返事をした。

 地学の授業の冒頭で先生のカツラを剥ぎ取ってしまった俺は、それから地獄のような地学の授業を受けていた。

 先生が泣きながら怒鳴り散らして説教するわ、質問になるものは片っ端から俺を当てて答えさすわ、睨んでくるわ、雑用させられるわ、チョークを投げられるわ、水をかけられるわ、足を蹴られるわ……とにかく地獄のようだった。

 今日はとんだ厄日だ。一日で一年分くらいの厄が降りかかってきた気がする。

 俺はそれを思い少し疲れたような顔で溜息を吐いた。

 そしてその当の本人であるおっさんは、疲れたのかすうすうと眠っていた。……大丈夫だよね?息してるよね?

 しかし、とはいえもう今日は流石にもう悪いことは起こらないだろう。いくらなんでも厄が降りかかり過ぎている。何も俺は悪いことをしていないのだから、神様ももう俺で遊ぶのは止めて他の人を弄り始めるだろう。きっとそろそろ飽きたはずだ。

 俺はそう思うと気持ちを入れ替え、よしっと気合いを入れた。きっとこれだけ悪いことがあったんだから、入り口もすぐに見つかっておっさんとおさらば出来るはずだ。それまでの辛抱だ。頑張ろうっ。

 そして俺は、そう意気込んで教室内へと入っていった。


 

 五時限目 日本史

 悪いことは起こらない……はず……だよね……?

 俺は目の前の光景に愕然としていた。

 あり得ない。こんな事、あり得る筈がないっ。

 俺は現実逃避したくなって、取り敢えず机に突っ伏した。

 ごめんなさい。俺は前言撤回します。

 ……神様は俺のことが途轍もなく気にくわなくて、虐めたり無いようです。

 俺はもう、何だか泣きたくなってきた。俺が何をしたというのさ神様ぁーっ!

 そんな嘆く俺の目に映る光景は、

 ――――教壇の上で俺の方をちらちら見て顔を赤らめている中島先生の姿だった。

 どうやら噂はもうとっくに耳に届いているらしく、何故か意識しているらしい。

 ……俺にそんな趣味は無いって言ってんだろうがぁ―――っ!!

 もう、俺には何処でどんな噂がまわっているのか把握出来ていないが、もの凄い恐ろしい噂がまわっていることだろう。その噂の内どれだけが中島先生の耳に届いているのかは分からないが、俺は確実に誤解をされている事だろう。だって、あの先生の様子尋常じゃないもんっ。なんであんなに顔赤いん?何を考えてるんだよっ。クラスに噂されて騒ぎ立てられてる小学生じゃないんだからさっ。ましてや男女でもないのにさっ!

 ……先生まだ若いんだから、ちゃんとした恋愛して可愛い奥さん貰ってくれよっ!

 俺はそう嘆きながら机に突っ伏していた。クラスの連中がひゅうひゅうと騒ぎ立てて居る。いい加減モラルというものを身につけたらどうなんだっ、此奴ら。

 先生はしかし気を取り戻し、授業を始めていった。……はぁ、やっと始まった。

 俺はちらっと黒板に目を向ける。すると、どうやらいつも通り普通に授業しているようだった。そこはやはり腐っても先生らしい。授業に私情は持ち込まないようだ。……流石プロ。

 俺はそれを見ると安心して黒板の文字を写し始めた。

 えっと、『57年 漢の倭の国王が後漢に朝貢し、光武帝から印綬を授けられる。←筑前国志賀島出土の金印「漢委奴国王印」 』


 俺はそうノートを取り始める。先生は黒板につらつらと文字を書きながら、同時に説明をしていった。

 

 「107年、倭国王、えー、詳しくは倭面土国王が、後漢の安帝に生口160人を献じました。そしてこの頃、倭国が乱れ、互いに攻伐します。これが、この倭国大乱で……」


 先生がそう説明し終わると文字を書く手を止め、そして教室内に振り返ると、教科書を片手に持ちながらまた説明の続きを口にしようとした。

 うんと、次は『西日本から関東にかけ、集落の周りに濠や土塁を巡らした環濠集落が増える。佐賀県 吉野ヶ里遺跡、大阪府 池上・曽根遺跡』


 俺は黒板の文字を写そうと顔を上げる。と、その時先生と目がばったりあった。

 先生が、恥ずかしそうにまた顔を赤らめ、そしてその時少し声の音量を弱めた。

 俺もそれに何だか顔を赤らめ、そしてまた机に突っ伏した。

 ……なんでだよっ!なんなんだよこのシチュエーションっっ!!何だかこっちも恥ずかしくなるじゃんかっ!!そんな気は全くないのに……っ!!そして先生私情バリバリ持ち込んでんじゃねぇかっ!!

 俺は何だかもう嫌になって黒板の文字を写すことを止め、そして机にまた突っ伏し始めた。……もう絶対顔なんて上げるもんかぁっ!

 するとそんな時、先生がくすっと笑った。そして、質問を始める。

 

 「山本君が寝てしまいましたねっ、……今度は机と付き合っているのかな……?」


 そう言って影のある笑い声を上げた。……何これ、ヤンデレっ!?

 そして先生はまだ話を続けた。


 「……それとも、先生にお仕置きしてほしいのかな?」


 何これっ!?Sっ!?


 「……それとも、僕の授業じゃ分かりにくいのかな?もっと分かりやすくしたほうがいいのか……。はっ!べっ、別に山本君の為とか、そんなわけじゃ無いんだからなっ!」


 何これっ!?ツンデレっ!?

 そして最終的に先生は俺の席までとことこと歩いてきた。……今度は何をしにくるんだっ!?

 すると先生は俺の席まで来ると、俺の顔を覗き込んで……、そして俺の顔を少し持ち上げておでことおでこを合わせ始めた。

 ……っ!?なんでだよっ!?なんでこうなったんだよっ!?

 俺がそう思って慌てていると、すると先生が驚いたように声をあげた。


 「わっ、これは不味いっ!山本君は熱がありますねっ!早く保健室に連れて行かないと……っ!あっ、でも今日は確か保健室の松前先生は出張だったなっ……!ちょっと先生山本君の看病をしてきますので、皆さんは自習をしていて下さいっ!」


 ……やばいっ!!食われるっ!!

 俺はそう危機感知すると、ばっと起きあがって声をあげた。


 「いいえっ先生っ!!俺熱なんか無いから大丈夫ですっ!授業を続けて下さいっ!……その……、授業の内容が分からなかったので寝ていただけですっ!」


 俺は急いで熱の有を否定する。ついでに適当な理由をつけると、先生の手を払った。

 先生は驚いたように俺のことを見つめる。俺はその目を睨めつけるように見ていた。

 すると、先生は根負けしたように溜息を吐いて、そして立ち上がる。


 「そうでしたかっ。寝ていたから熱が高かったのですねっ。分かりました。授業の内容が分からなかったのは僕の責任ですねっ、すみませんでした。それでは、山本君には後で分かりやすく個人授業をしてあげることにしましょうっ。それは僕の責任ですからねっ」


 えっ……?

 俺はその言葉に疑問を抱きながら、顔をあげて先生が教壇へと戻って行くのを見ていた。 そして先生は教壇へ戻ると、俺が驚いたような表情をしているのを見て、優しくくすっと笑う。


 「大丈夫ですよ、山本君っ。そんなに怖がらないで。……きちんと優しく教えてあげますからっ」


 そう言って先生は、俺に笑顔を見せた。そして俺はそれを見て、先生が教壇に戻るときに俺の手にねじ込んだ紙を開いて見てみる。するとそこには……、先生の家の住所が丁寧に書かれていた。

 いやぁだぁぁぁぁああぁぁぁぁぁあああっっ!!

 食われるぅううぅぅぅぅぅぅぅぅぅううっっ!!

 俺はどうやらおかしな人々に好かれるようです。

 神様、どうか平凡な俺の生活を返して下さい。何でもしますから、本当に。

 ……もう……こんなのやだぁ―――……!

 


 六時限目 体育

 もう、正直疲れて動きたくない。しかしそんな時に限って、今日は最終授業が体育だった。女子はバレー、そして男子はバスケである。だがどうやら今日先生が居ないらしく、他の学年の先生が纏めて俺たちを見ていた。たしか、体育の先生は今日手術だって言ってたな。無事だと良いけど。と言うわけで、俺たちは指示だけ受けて、自由に体育の授業を楽しんでいた。俺はさっき試合に参加したので、暫く休憩している。

 そして女子バレーを見ながら、印南と雑談していた。


 「あぁ、今日は全く災難な一日だよーっ!付いてないどころの騒ぎじゃ無いぞこれっ、どうすんだよーっ!」


 俺がそうぼやくと、印南がそれに応答をする。


 「……今日は大変そうだな、お前っ。今日だけで幾つの噂が立ってることか……。中島先生と付き合ってるとか、マザコンとか、シスコンとか、ロリコンとか、ズラマニアだとか、Mとか、受けとか……」


 「凄い量の噂が流れてるとは思ったが、もうそんなになっていたのか……。噂は怖いな……。いつになったら消えるのやら……」


 俺は溜息を吐いて、明後日の方向を見る。

 するとそんな俺を見て、印南が慰めるように肩を叩いた。


 「大丈夫さっ。その内消えるだろうっ。人の噂も七百五十日って言うじゃないかっ」


 「……七十五日なっ。それ結構な月日経たないと消えないぞ?」


 俺はそんなどうでもいいような会話を印南と交わしながら、女子バレーを見物していた。

 そこには、東が試合に参加している風景が映し出されていた。……見た目の割に、結構東って運動出来るよなっ。……そして、……結構胸がある……。

 その時ちょうど、東がアタックを決めたところだった。俺はそれを見て、少し顔を赤らめる。と、そんな時、印南が俺に話しかけてきた。


 「……なぁ、思ったんだけどさっ」


 「ん?何?」


 俺は印南の突然の発言に顔を傾ける。と、印南が俺に疑問を投げかけてきた。


 「……結局お前って……、誰が好きなんだよ?」


 「はっ?……はあぁっ!?」


 俺はそれを聞いて、思わず吃驚して立ち上がった。

 しかしそんな俺に構わず、印南は話を続ける。


 「いやっ、昔東が好きだって話は聞いたけどさっ、今日いろんな噂がたったから、結局どうなんだろうと思ってさっ。……やっぱり姉さんか?」


 「んなわけねぇだろっ!?」


 印南が寂しそうな目でそう聞いてきた。

 いやっ、確かにそう言ったけれども、それは誤解なんだよっ!


 「確かにそう言ったけど……、それはほんの冗談のつもりで……」


 俺はそう言って何故か恥ずかしそうにそっぽを向いた。……なんで赤くなってんだろ俺。

 そう言うと、印南が驚いたように言葉を発した。


 「冗談だったのかっ!?いやっ、てっきり本気かと……」


 そう言って印南が思案顔になる。

 ……此奴、俺をどんな奴だと思ってんだっ!?

 そして少し間が開いた後、印南が思案顔のまま再度問うた。


 「……で、じゃあ結局本命は誰な訳?……大丈夫だよ、今騒がしくて誰にも会話は聞こえてねぇからさっ」


 印南がそう言うと、俺に耳を近づける。耳打ちしろと言っているのだろう。そこら辺には配慮の回る奴だ。俺はそれを見ると溜息を吐き、そして印南の耳に向かって言葉を吐いた。


 「……そりゃあ、まだ好きに決まってるじゃないか……」


 そう言いながら俺は顔を赤らめた。……かなり恥ずかしいものだな、これ。

 

 「……誰が?」


 しかし印南は誰のことだか分からなかったようで、また俺に尋ねてきた。

 ……まだ分からないのかよっ!?俺が今まで何人を好きになったと勘違いしてんだっ!?先生も姉さんも少しも恋愛感情を抱いた事はないからなっ!?

 俺はそんな印南に呆れたように、再度答えようとして……そして止まった。

 ……まて、結構これ恥ずかしいぞ?少し遠いけれど、本人が居るところでこんな告白なんて……!

 俺はそう考えて本名を口にすることを躊躇した。すると印南が不思議そうな顔で俺の顔を覗き込んでくる。そして俺はこんな状況であることを思いついた。

 ……そうだっ!本名を言わずに、しかし尚かつ本人が特定出来る表現にすれば良いんだっ!

 俺はそう考え着くと、どう表現しようかと考え始めた。

 ……んーっ、そう言えば、今日の自習の時に離した女子は、東だけだったよな?

 俺はそう思い、そしてそれを使って印南に俺の好きな人のことを伝えることにした。

 

 「……だから、俺の好きな人は……」


 「好きな人は……?」

 

 俺は印南に耳打ちをして話し始めた。印南が息を飲む。そして俺は遠回りに告白をした。


 「…・…今日の自習の時に、話した奴だよ」


 俺はそう言うと、印南の耳から俺の口を遠ざけた。……よしっ!これで伝わったはずっ……!

 しかし、印南は暫く驚いたような表情で固まっていた。……あれっ?どうしたんだろ?前にも言ったことがあったから、そんなに驚くことは無いと思うんだけど……。

 俺はそう思い不思議そうに首を傾けていると、すると印南が顔を赤らめて恥ずかしそうに口を開いた。


 「……俺……だったのか……」


 なんでそうなるんだよっ!?

 俺はそんな印南の言葉に驚いて絶句していた。此奴っ、勘違いにも程があんだろっ!?


 「ちっ、違うよっ!?お前のことを言ったんじゃ……!」


 俺は誤解を解こうとあたふたとしながら印南に弁解しようとした。しかし、印南は相当動揺しているらしく、俺の話を聞いていなかった。

 俺は壁に頭をごんっとぶつけて、暫く絶望的に笑いながら明後日の方向を向いていた。

 ……神様、いっそのことそんなに俺が気にくわないのなら、いっぺん殺して下さい……。

 隣には顔を赤らめたまま俯く印南が俺の隣にいて、そして少し遠くにはアタックを決め、胸を揺らす東が俺の目に映り、……そしてその間当たりに、バスケットボールで跳ね飛ばされたおっさんの伸びた姿があった。




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