表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR

やぎまつり

作者: 茶ヤマ
掲載日:2026/07/04

全国の八木さんや矢木さんというような、”やぎ”という苗字の人を称える祭り…ではない。


これはもっと手触りのあるやつだ。

ふわふわしていて、可愛いくせに、油断していると足元を持っていかれるタイプの祭り。




春の終わり、湿った風が神社の境内を通り抜けるころ、「やぎまつり」は始まる。


看板にはSNS映えでもしそうな可愛いヤギのイラスト。

……よく見ると一ミリも目が笑ってない……。

だが、参拝客のほとんどは何も言わない。

今年のイラストもかわいいねー、だけだ。


神社の境内には屋台が並び、焼きそばのソースと草の匂いが混ざっている。

人気アニメの袋に入った綿あめも売っている。

空気は軽い。人の気分も軽い。



「やぎまつり」は、基本的には、ヤギ(動物の方)に会う祭りだ。




【宵宮:もぐもぐデトックス&押し付けろ!厄払いの紙】


子どもたちは「もふもふコーナー」に吸い寄せられる。

ヤギはそこにいる。正確には「そこにいさせられている」。

角は立派で、顔は穏やか。

よくよく見ると、ヤギたちの目が「限界サラリーマン」並みにドヨォ…と濁っているのは、大人のマナーとしてスルーすることを推奨する。


それでも人気は高い。なぜなら、ヤギは優しいから。


神社側で用意したヤギ食べ物を人の手から食べる。

人のため息もついでに食べる。


午後からはメインイベントの一つ「厄払い行列」が行われる。

参加者は紙に不満や後悔を書き、ヤギの首に結わえた縄に結びつける。

紙は風に揺れ、白いリボンか、鳥の群れのように見える。

《《遠目》》には美しい。


「仕事がマジでうまくいかない」

「今思い出しても胃が痛い記憶」

「自分が嫌いすぎて吐きそう」


ヤギはそれを噛む。

そして「飲み込んだフリ」をする。

プロの仕事だ。


「すごいなぁ、全部消えてく感じするね」

誰かの声に周囲が笑う。

実際、軽くなる。

肩も軽い。

財布は軽くならないが、それは別問題だ。


昔、誰かがこれを「神聖な儀式」と言い出した。

みんな、それに乗っかった。

だって罪悪感なくスッキリできるから。

ありがたい。……なぜかちょっと背筋が寒くなるのは気のせいだ。


ヤギたちは、少しずつ静かになる。目の奥が、夜みたいに深くなる。



【本祭:熱狂!ダンシング・ヤギ神楽……からの、大大フィナーレ・還元の儀!】


次の日。

夕方になり、日が傾いてきた頃。

太鼓が鳴り、笛が鳴り、祭り2日目の夜の境内は、最高潮の賑わいを見せる。


舞台の中央でヤギがポツンと静かに立たされる。

舞うのは人間の巫女たちだが、みんなの視線はヤギたちに釘付けになっている。

角が照明を受けて、ほんの少しだけ金色に光って見えて神々しい。


観客の中に、「さっきまで重かったはずの記憶」を思い出せない人が出てくる。

さっきくよくよしていたはずなのにスッキリしている。

だから笑う。とりあえずみんな笑う。


ヤギはずっとそこにいる。

笑ってはいない。

そしてヤギたちが客席をじーーーっと見つめる時間が妙に長い。

まるで品定め――

――ん、今、何を考えてたんだっけ? まぁいいか。



陽が沈み、空の色が紺色になってきた頃。

祭りの最終儀式である「還元の儀」が、中央の小さな広場で行われる。

ヤギの縄に結びつけられた紙をお炊き上げするのだ。


炎は高く上がり、煙は空へと吸い込まれる。

空気が一段階軽くなる。

風が少しだけ優しくなる。

すると驚くことに、誰かの肩が軽くなる。誰かの頭痛が消える。誰かの涙が止まる。


みんなが大喜びしている。

……なぜか、ヤギは静かに一歩後退する。


それは偶然かもしれないし、そう見えるだけかもしれない。

けれど毎年、必ず同じように一歩下がるように見える……らしい。


祭りの最後、町内会長が高らかに宣言する。


「今年も、ヤギ様は、我々の穢れを引き受けてくださった」


パチパチパチパチ! 割れんばかりの拍手と大歓声!

そして安堵。


ヤギはもう何も食べない。

ただ、いつの間にかヤギの隣に立った神主さんと共に、ガラス玉みたいに澄んだ目で、彼らを見ている。



【そして、来年へ……】


こうして今年もハッピーに祭りは閉幕した。

……境内のヤギが一頭、いなくなっている……、毎年の事だ。


翌年の準備が始まるころ、境内の片隅で、看板のヤギが《《ひとり》》増えている。

一ミリも目が笑っていなくて、どこか見覚えのある誰かの顔に似て――、気のせいだ。


「ああ、今年も無事に回ったな」と、一人の老人が言う。

そして皆が笑って頷く。

祭りはそういうものだと、決まっているから。



・・・


今年の「やぎまつり」も、みんなで厄を押し付けよう。

さあ、今年の主役はだあれだ。





((次はキミ))


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ