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婚約破棄されたけど港町で地図師として再就職したら人生が変わりました  作者: くまくま


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3/3

嵐の夜に地図を描く

 昼すぎから降り出した雨が、夕方には嵐に変わった。

 風の音が建物を揺らす。地図が机の上でめくれ、インクの匂いが濃く漂った。


「古い倉庫の資料、まだ残ってる?」

 ロウェナの声が響く。

「はい、奥に王都時代の航路図が」

「こんな日にやらなくても」

「でも、屋根が心配で」

 窓の向こうで、古い倉庫が風にあおられていた。

 ノエルがすぐに立ち上がる。

「行く。放っておけない」

「私も行きます」

「危ない」

「大丈夫。あれは私の線です」

 そう言って、セラは先に外へ走った。



 倉庫の中は湿った紙と潮の匂いが混じっていた。

 ノエルが手際よく箱を持ち出し、セラが受け取る。

 雷鳴。梁が揺れた瞬間、ノエルの頭上で木材が崩れた。

「ノエル!」

 セラは思わず身を投げ出し、彼を引き寄せた。

 埃と雨が混じる中、ノエルがかすかに笑う。

「無茶をする」

「お互いさまです」

 二人は泥だらけのまま外へ飛び出した。



 安全な場所で、セラは箱を抱えたまま息を吐く。

 中には古い航路図があった。

「間に合った……」

「どうしてそこまで」

「たぶん、これが“前に進む”ってことだからです」

 セラは微笑んだ。

「昔は誰かの後ろを歩く線しか引けなかった。でも今は、自分で描ける」

 ノエルは静かに頷いた。



 夜が明けた。

 港には柔らかな光が戻り、濡れた地面が輝いている。

 セラとノエルは作業机に向かい、新しい地図を広げた。

 ノエルの腕には包帯。セラの手はまだ少し震えていたが、その線はまっすぐだった。


「署名欄、ここに書いていいですか」

「描いたのは君だ」

 セラは深呼吸し、ゆっくりとペンを走らせた。

 セラ・ミルフォード。


「これで、完成ですね」

「いや、始まりだ」

 ノエルの声が静かに響いた。



 ロウェナがコーヒー片手に入ってきた。

「徹夜?若いわねぇ」

「仕事です」

「“仕事”ね。まあ、いい線引いてるわ」

 ロウェナが笑う。

 セラは海を見た。朝の風が新しい航路を撫でていく。

 その線の先には、確かに未来が見えていた。


 ――ここからが、私の人生の地図。

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