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婚約破棄されたけど港町で地図師として再就職したら人生が変わりました  作者: くまくま


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2/3

まさかの再会、元婚約者の影

 港に秋風が吹いていた。

 少し冷たい潮の匂いが、季節の変わり目を告げる。

 地図管理部の窓辺では、ノエルが早くも測量記録を整理していた。


「おはようございます」

「北桟橋の記録、誤差なし」

 彼は簡潔に言い、再び手を動かす。静かな朝。けれど、今のセラにはその沈黙も居心地がよかった。


 今日の仕事は王都への納品用の地図整理。

 セラが描いた図面が、上層部経由で王都の商会に渡るらしい。

「……王都か」

 小さな独り言をノエルは聞き流した。



 昼前、ロウェナが駆け込んできた。

「セラ!王都から視察が来るって!」

「え、視察ですか?」

「納品先の“アーベル商会”が現地確認に来るそうよ」

 セラの指が止まる。

 聞き間違いではない。アーベル。それは、かつて婚約していた男の名だった。


 ロウェナが気まずそうに肩をすくめる。

「悪いけど、あんたも立ち会って」

「……わかりました」

 声が少し震えた。



 午後。外は強い風。

 セラは手元の図面を見つめたまま動かない。

 ノエルが気づく。

「アーベル商会を知ってるのか」

「……ええ、少しだけ」

「俺は前にそこにいた」

 静かな声。彼もその商会の元部下だった。


「彼が来るそうです」

「知ってる」

「黙ってたんですか」

「話しても君のためにはならないと思った」

「それは……勝手です」

「勝手でもいい。けど、過去の線を引きずると、地図は見えなくなる」

 セラは黙ってその言葉を聞いた。彼の手が、紙の上に新しい線を描く。

「地図の線は、過去じゃなく未来を描くものだから」


 セラはその言葉を心の奥で繰り返した。



 夜。ロウェナが帰り際に笑う。

「明日は嵐と王都の客。ご苦労さまね」

「ええ、波が高くなりそうです」

 残った二人。

「怖い?」

「少しだけ」

「無理に笑う必要はない。君は君の仕事をすればいい」

「それ、励ましですよね」

「たぶん」

 ふっと、空気が緩んだ。



 翌朝、雷鳴が響いた。

 港の空は鉛色。嵐の前の静けさ。

 ノエルが隣に立ち、短く言った。

「嵐は通り過ぎる。線は残る」

 セラは小さく頷いた。

 その言葉が、不思議と心を支えていた。

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