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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

さかむけの先

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

 う~ん、このごろはなんだが皮膚にハリがなくなってきたなあ。

 なんというかさ、皮がちょっとした拍子に破れそうになって、細かくみるとけっこうボロボロなんだ。

 う~ん、保湿剤とか使った方がいいのかな? 子供のころは大人が使う化粧品とか、とんと縁がなかったから、自分が使う選択肢を入れるときが来るなんて、とても不思議な気分だよ。

 つぶらやくんはどうだい……て、うわー、ささくれを剥いているの? 痛いんだよね~、それ。


 地域によっちゃ、さかむけとも呼ばれるけれど、爪の脇とかにできるこいつは、親不孝の証とされることもある。

 これらは主に、不摂生な生活がもとで生まれるからね。将来的に親を心配させることにつながる身体になっちゃうかもだから、もっと気をつけなさい……という戒めなのだとか。

 でもね、ひょっとしたらさかむけ自体が、とてつもなくまずいものである可能性が秘められているかもしれないよ。

 僕が最近で聞いた話なんだけど、耳へ入れてみないかい?



 むかしむかし。

 とある村において、さかむけが多発する事態が起こった。

 冬を間近に迎えてのさかむけは、皮膚のあかぎれと並んで、そう珍しいものではなかった。

 しかし、例年と比べれば被害に遭う人が多い。特に子供に対して顕著だったという。

 さかむけができるのは、家の手伝いをしないからだと、親たちはこぞって彼らの手伝いを促していくものの、子供同士はこのさかむけを競争に使い始めた。

 このさかむけ、どこまで長く剥くことができるか、とね。


 さかむけは、浅く剥くのであれば、さほど辛くはないだろう。

 けれど、爪にほど近いところ、より深いところも一緒に剥くとなれば、顔をゆがめたくなる痛みが走る。

 それがかえって、子供たちの興味をそそった。度胸試し、といった趣もあったかもしれない。

 痛みをこらえ、どこまで長く皮を剥いていけるか。それがそのまま、自分の地位の高さへ直結する気がしたんだ。

 さかむけができると、彼らはそれをすぐむしることなく、一堂に会する場へ持ってくる。そして皆が注目する中で、さかむけをむしっていくんだ。

 むしる方向を誤れば、血を流すほどの耐え難い痛みに襲われる。それ以上、進めることは誰もが断念してしまった。

 剥くとしたら、外側だ。爪に近しいところから離れ、活路を遠くへ見出すよりない。

 それでも大半は一寸と先へ進めない。皮が持たずにむしられてしまうか、方向はよくても神経の深くに及んでしまったか。

 それ以上の続行かなわず、断念してしまうものが続出した。


 けれども、その中にあって。

 さかむけを、剥き続ける子がいた。ほんのか細い、糸のようなはがしようであるが、左手の親指の中ほどまで、途切れることなく続いている。

 集まったみんなの中では、ダントツの粘りだ。が、その作業は慎重に慎重を重ねる、緩慢なもの。

 その子も、別の指で痛い目に遭った経験がある。それがこの緩さを生み出していたし、他の経験した者も、黙って様子を見守っていた。

 やがて、ぺろりと自身の重さで皮が垂れ下がっていくところで、中断となる。

 そろそろ、各々の親たちから言いつけられていた手伝いへおもむかないといけない時間だ。

 また明日も、続きを見せていけるよう、皮が途切れないような手伝いを心掛ける子供。

 水気が、はいだばかりの皮の下にしみるも、自分が集まった誰よりも上の位置に立っていることは、ひしひしと感じていた。


 ――この調子であれば、明日でさらに優位を見せられる。そうすれば、自分の立場は確固たるものになるぞ。


 その訪れる瞬間を、子供は心待ちにしていたのだけど、残念ながらそのときは訪れなかった。


 その晩、布団代わりのわらにくるまっていた子供は、突然の痛みに目を覚ます。

 あのさかむけのあった指、それ以外にも体中からひりつきを感じた。

 まさか、と掛布団がわりの藁をめくってみると、自分の左半身から血がべっとりと床ににじんでいるのを、その子は見て取った。

 特にたっぷり血をたたえているのが、左手の親指。あのさかむけをはがしかけたところからだったんだ。

 そして、その範囲は指の中におさまっていない。


 指から手、手から腕、腕から肩へ胴体へ。

 ほんの一筋の剥けが、子供の左半身の皮を細長く削ぎ、その血管を破って、神経を叫ばせるに至っていたんだ。

 眠っている間はおとなしかったそれらが、目覚めとともに悲鳴をあげだすものだから、たまらない。

 子供は身体を走る痛みにあえぎ、それを聞きつけた親たちによって、手当てのために服がはだけられる。

 まるでたすき掛けでもするような、細長い皮膚の剥け、えぐれを目にし、両親もその奇怪さにしばしたじろいでしまうほどだったとか。


 もはやさかむけどころの話ではなくなり、この子の怪我の様子も相まって、さかむけをヘタにいじるのは禁止事項と相成ったとのことだ。

 何事も、最初の動きはじめには大きなパワーがいるもの。しかし、動きはじめてしまえば大きな力はいらない。慣性だけでも、進んでいくことができる。

 さかむけもまた、この子の場合はひとつの域を越えたがために、とんでもない場所へ進んでしまったんだろうなあ。

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