ゲームに本気な女の子との出会いの話
僕はゲームが上手い。
友達と対戦をしても負けることがほとんどないし、オンラインの対戦をしても負けることの方が少ない。
しかし、ゲームが上手いということと、ゲームが楽しいということは、必ずしも一緒ではないということを僕は今、感じているのだった。
「なにゲームなんかで、ガチになってんだよ!!」
「え?」
対面に座っていた同じ小学校の男子が、拳を振り上げ、対戦していた格闘ゲームの筐体を殴りつけるのを、僕は呆然と見ているしかなかった。
色んなキャラを使って対戦していた僕に対して「最強キャラでこいよ」なんて言ってきたのは君じゃないか。
それでおいて、いざ自分が負けたら怒り出すというのは、どうなんだろうか。
「帰ろうぜ!」
僕が反応しなかったのが面白くなかったのだろう。同級生の男の子は周囲の友達に声をかけ帰っていった。
騒がしいゲームセンターに一人残された僕は、先程の対戦について考える。
僕は一体どうすればよかったのだろうか?
わざと、負ければよかったのだろうか?
目の前にはゲーム画面に表示された『You win!!』という文字と、僕の操るキャラが勝利のポーズを決めて、ゆらゆらと揺れている。
今まで嬉しかった色鮮やかな勝利画面が、徐々に色を失っていくのを感じる。
「……帰ろう」
勝利画面とコンテニューの画面をスキップし、ゲームを終了させ、帰る準備をする。
ゲームをするのが好きだった。
ゲームで強くなるのが楽しかった。
『なにゲームなんかで、ガチになってんだよ!!』
でも、ゲームで強くなったところで、何の意味もないのかもしれない。
お母さんやお父さんも、僕がいくらゲームで強くなったって、褒めてくれることは無い。
ゲームなんて、子供がやるもの。ゲームする時間があったら勉強をしろ。大人は皆そう言う。
どれだけ僕が頑張って、上手く、強くなろうがそれは僕が嬉しいだけ。
何の意味も、価値もないものなんだろうか。
もう、ゲームなんてやめようかな。
昨日まで考えたこともなかった考えが、頭に浮かぶ。
(ん?)
そこで僕は、同級生の男の子が去った場所、対面に誰かが座っていることに気付いた。
(女の子だ)
そこには、ゲームセンター特有のやけに大きな椅子に、ちょこんと座り、無表情でゲームの画面を見つめる、同い年くらいの女の子がいた。
(珍しいな)
女の子がゲーセンに来ても、入口近くのプリクラやUFOキャッチャーをしてるのを見たことがあるくらいで、こんな奥地の格闘ゲームコーナーへ来ているのは、あまり見たことが無かった。
「ねぇ」
「えっ。あっ、ごめん」
女の子をしげしげと観察していたら、話かけられてしまった。
女の子が表情を動かさないまま、ゆっくりとこちらを向いて、言葉を発する。
「あなた、つよいの?」
彼女の瞳が、僕を貫いたように感じた。
不思議な感覚だった。
こちらを見ているだけなのに、自分の全てを見透かされているような、そんな不思議な感覚。
(この子、強い)
直感的にそう感じた。先程の同級生の男とは、比べ物にならないプレッシャーを感じる。
「強いよ。僕は」
気付けば、口に出していた。
強いと言っても、僕程度の強さの人間、ネットで少し探せば見つかる程度だ。
ただ今は、彼女と戦ってみたい。
その一心だけで、気付けばその言葉を口にしていた。
そこで、それまで全く動かなかった彼女の表情が僅かに変わり、口角を少し上げ、ニヤリと笑った。
「いいわね。では、やりましょう」
僕は肩に背負っていたバッグを再び筐体下のカゴに戻す。
筐体の前の椅子に座り、目を閉じ深呼吸をする。
今まで味わったことのない緊張感があった。
目を開きコインを投入し、ゲームを起動させ、キャラ選択の場面に移動する。
選択するのは僕のメインのキャラクター。足技の得意なカンフー少女だ。
彼女もキャラ選択を終えたようで、画面には服の色だけが変わった、同じキャラのカンフー少女が表示される。
(同キャラ対決か)
同キャラ対決はキャラの性能に差がない、完全な実力勝負。
故に、そのキャラクターの性能面での理解力や純粋な格ゲー力が試される。
僕は年の離れた兄の影響で、小さい頃から格ゲーをやってきた。
同年代の子に負けるはずがない。
そう気合いをいれ、集中力を高めていく。
画面が切り替わり、対戦画面に移行される。
『READY……FIGHT!!』
そして、対戦が始まった。
(まずは様子見から!)
まずは遠距離攻撃を、タイミングをずらしながら放っていく。
相手はガードをして動かない。
しばらく硬直状態が続いた後、こちらの遠距離攻撃が、前に出ようとした相手にヒットし、相手のキャラがダウンする。
(当たった!)
それを合図に僕は一気に距離を詰め、連続攻撃を仕掛けに行く。
それに対して、相手の起き上がり際に放った攻撃がこちらにヒットし、相手のコンボがきまる。
(くそっ。少し距離が遠すぎたか!)
相手のコンボ中に小さな反省をしつつ、こちらの起き上がり際での、相手の攻めに対してガードを行い、その後距離を空ける。
(それにしても、あのコンボは……)
あのコンボは、超高難易度コンボとして、このキャラの公式キャラ紹介に載っていたものだ。
僕はこのキャラを触り始めたばかりの頃、難しすぎて断念した記憶がある。
(コンボ上手いな。実戦で始めてみた)
遠距離攻撃を放ち、テンポを取りつつ、攻撃のチャンスを伺う。
相手はガードを固めて中々動かない。
(誘っているのか?)
体力ゲージはこちらが負けている状況。こちらも攻めなければならない。
(絶対倒す!!)
そうしてまた、距離を詰めていくのだった。
1ラウンドが終了し、次のラウンドに入る。
(この子まさか……。いや、そんな筈は)
対戦前の彼女の様子を思い出し、ふと湧き出た考えに首を振る。
その彼女はというと、第一ラウンドとは打って変わり、攻撃的なスタイルでぐんぐんと距離を詰めてくる。
(様子見は終わりってことかな)
攻めてくる相手の攻撃をガードしつつ、反撃の機会を待つ。
『PERFECT KO!!』
ゲームセンターの喧騒の中に、筐体から放たれた音声が響く。
画面の中では、同じキャラクターが対象的な様子で映し出されている。
片方は拳を突き上げた勝利ポーズで、もう片方は床に突っ伏すように倒れていた。
そして、勝者側の体力ゲージは、スタート時点から全く減っていない状態となっていた。
気付けば対戦が終わっていた。
「まさか、そんな」
呆然と画面を眺める。
「そんなことって……」
未だに信じられず、画面を見つめる。
対面に座っていた女の子が、こちらの方へやってくる。
女の子が小首を傾げながら、僕に問いかけてくる。
「どうだった?」
「えっ、どう、とは?」
僕の曖昧な返答がお気に召さなかったのか、僅かに眉をひそめ、女の子は答える。
「どうって、感想よ、感想。私と対戦してどう思ったかをきいているのだけど!」
なんか、この子。表情は固いのに、声色は結構豊かなんだなと、そんな現実逃避の思考をしつつ、女の子がどんな返答を求めているのかを考える。
僕が言葉に迷っているのを、女の子は僕の目をみて、じっと待っている。
いや、この子、少しずつこちらに近付いてきてないか?
ジリジリとにじり寄る女の子に対して、僕は、どう答えるか少しの間迷い、結局、率直な感想を答えることにした。
「正直……」
「正直?」
目前に迫った女の子が小首をかしげ、答えを待っている。
「とんでもなく弱かった、です」
言った。言ってしまった。
女の子はそれに対してニヤリと笑い、僕から半歩ほど離れ「そうよね。 私もそう思う!」などと言って、コクコクと頷き、一人で納得している。
そうなのだ、彼女のプレイはお世辞にも上手いとは言えなかった。
こちらの遠距離攻撃に対してはガードするばかりで、近付いて来ない。
攻めに関してもバリエーションが少なく、圧力を全く感じなかった。
コンボに関しても、あのコンボは超高難易度コンボとして公式サイトで紹介されてはいるが、実際は難しいわりにダメージが少なく、もっと簡単でダメージの取れるコンボがあるため、実戦で使われることはないものだ。
「あの」
「なぁに?」
背中に薄っすらと汗をかいていくのを感じる。
何故か口角を上げたまま、少し嬉しそうにしている女の子に対し、対戦中から気になっていた事を確認する。
「えっと、格ゲー始めたのっていつ頃から?」
「うーん、先週の土曜からだから、1週間ぐらいかな?」
それを聞いて崩れ落ちる僕。
え!? 大丈夫!?
女の子の慌てる声を聞きながら、対戦前の自分を思い出す。
初心者のまだ、始めて一週間の女の子にむかって、イキる自分。
『この子、強い』
『強いよ、僕は』
『同年代に負ける筈がない』
顔を手のひらで覆い、うずくまる。
その日僕は、羞恥心というものを学んだのだった。
なんとか、精神を回復させ、再度女の子と話をしていく。
どうやら彼女は格ゲーをはじめて、とりあえずコンボを覚えてみたはいいものの、その後どうすれば良いか分からず、練習相手を探していたようだ。
今使っているコンボが実戦向きでないことを伝えると、口を尖らせて、不満を口にしていた。
「公式キャラ紹介で最高難易度って言ってたから、絶対強いと思って頑張ったのに」
「難しいコンボだから強いってわけではないんだよね」
チュートリアルで教えられるコンボに関しても、実戦で使うコンボは一部だけだったりする。
「それじゃ、このキャラはどんなコンボを使って戦っていくの?」
女の子すぐに気持ちを切り替えたのか、キャラについての質問をしてくる。
「そうだね、例えば強攻撃からならこのコンボが1番ダメージが出るんだよね。あと、カウンターからならこんなコンボ。画面端ならこんなコンボとかかな」
トレーニングモードに変更し、色んなコンボを披露する。
「へぇー、色んなパターンがあるのね。ちょっとやってみるから見ててね」
そう言って女の子は一心不乱にコンボの練習をしていく。
コンボ練習にアドバイスをしながら、この女の子のことについて考える。
どうして、彼女は格闘ゲームをやっているのだろうか?
練習相手を探しているということは、友達と一緒にやっているという訳ではないのだろう。
僕のクラスの女子で、格ゲーをやっている子なんていないだろうし、女の子の中で格ゲーが流行ってるなんて噂も聞いたことがない。
「ねぇ、君はどうして格ゲーをやってるの?」
背筋を真っ直ぐのばし、真剣な眼差しをゲーム画面に向ける女の子に、僕は気付けば、声をかけていた。
女の子は一旦ゲームを中断し、不思議そうにこちらを振り返り、口を開く。
「どうしてって、どういう意味?」
「だって、格ゲーを周りでやってる子なんて少ないし、上手くなるのも時間がかかるし、難しくてつまらないでしょ」
これは、残念なことだが事実だ。
僕が格ゲーを誘った友達も、難しくてつまらないと言って、すぐ辞めてしまった。
「つまらなくないわよ。本気でゲームに取り組んで上手くなる。成長を感じる。それだけでも楽しいじゃない」
そう言って女の子はまたゲームの画面に視線を戻す。そして、先程と変わらず、また黙々とコンボの練習を開始する。
本気で取り組んで上手くなる。成長を感じる。それは、僕だってそうだ。
ゲームを通して自分の成長を実感できる。少しずつ上手くなっていく。そんな瞬間がたまらなく楽しく、僕は好きだ。
でも、やっぱり、つい先程同級生の男の子に言われた言葉が、僕の頭にもたれかかってくる。
『なにゲームなんかで、ガチになってんだよ!!』
その言葉が頭から消えなくて、そのモヤモヤを、僕の口が、勝手に女の子にぶつけてしまう。
「でも、ゲームなんかがうまくたって将来何の役にも立たないし、本気で、ガチになったって、なんの意味もないじゃないか!」
頭が熱い。
柄にもなく熱くなってしまっているのがわかった。でも、自分ではもうとめられなかった。
女の子はコンボを繋ぐ手を止め、ゲーム画面を見つめたまま、小首をかしげる。
「そうかしら」
「そうだよ!」
僕の渾身の叫びは、ゲームセンターの喧騒に紛れ、消えていく。
しばしの時間がながれ、また彼女が口を開く。
「なんの意味もないなんて、そんなことないと思うけど。例えば……」
「例えば?」
女の子がふいにこちらを振り向き、僕の眼前に指を突きつける。
「君とか」
「ぼ、ぼく?」
女の子の言っている意味がわからず、熱くなった頭が冷え、今度は真っ白になる。
そんな僕に、女の子は僕の目を見つめたまま、言葉を紡ぐ。
「そうよ。私はこのゲームを本気で上手くなりたいと思ったから、君に声をかけたんだよ。先週も君、このゲーセンで、このゲームをやってたでしょ?」
大体、週末になると僕はこのゲームセンターで練習をしている。勿論、先週もしていた。
僕が頷いたのを確認し、女の子は腕をおろした。そして横向きに座り直し、浮いている足を前後に揺らしながら、話し始める。
「私はさ、ずっと一人でゲームをしてきたの。薄暗い部屋の中で、一人で調べて、練習して、強くなっていく、それの繰り返し。私にはそれが当たり前だった」
同い年くらいの女の子の筈なのに、その言葉には僕にはない、重みがあるように感じた。
「そして先週、新しく格闘ゲームを始めようと思って、このゲームセンターにきたの。そしたら、君がいた。楽しそうに対戦して、対戦が終わるたびにじっと考え込んで、不意にメモ帳を取り出してメモを取って、トレーニングモードでひたすら練習を繰り返す、そんな、君がいた。」
自分のやっていることが、他の人からどう見えるのか、詳細に伝えられるのは、少し恥ずかしくもあったが、そんな事も気にならないくらい、女の子の言葉にのめり込んでいた。
「私、君と一緒にゲームがしたい、お友達になりたいって、そう思ったの。ゲームに本気で取り組んでいる、君とね」
ゲームセンターの喧騒が消え、女の子の言葉だけが、僕の体に入っているかのように感じた。
「君がこのゲームをやっていなかったら、君とは出会えなかった。友達にはなれなかった。それだけで、ゲームをしていた意味があったと、そう言えるんじゃない?」
知ってる? ゲームってお友達を作る為にあるんだよ。チラッとこちらを見て、女の子はニヤリと笑った。
「それにさ、ゲームであれ何であれ、本気で取り組むってすごいことなんだよ。本気になることができない人間が、この世界には沢山いるの。本気になれることを見付けるって、それはそれは、とても、とーっても難しいことなんだから!」
女の子が椅子から飛び降りて僕に詰め寄り、目を合わせてくる。
「本気で頑張れる事を見つけた人が、将来役に立たないなんていう、そんなくだらない理由で、それをやめちゃうなんて、それはすごく、すごーくもったいないなって、私は思う訳ですよ」
ね?あなたもそう思わない?
そう言ってこちらを見つめてくる女の子を見ていたら、それまで重くのしかかっていた頭のモヤモヤが、晴れていくような、そんな気がした。
「……うん。僕も、そう思う」
「そうよね。それじゃ、もう一回対戦しましょう」
そういって彼女は僕の手を引き、対面の席に誘導する。
ついさっき、彼女と対戦する前まで、灰色に見えたゲームの画面が、今度は以前よりも鮮やかに彩られているように感じた。
「本気になってもいいのかな」
「いいわよ。かかってきなさい」
自分への問いかけに彼女が返事を返してくれる。
「ありがとう」
「? どういたしまして」
再び対戦を始めた僕は、本気で彼女と対戦し、彼女をボコボコにしていく。
『PERFECT KO!!』
何度か対戦して、僕が再びPKOを決めたあと、彼女がこちらによってくる。
「ちょっと!」
「うん? どうしたの?」
「こっちは初心者よ、手加減しなさいよ!」
「え? さっき本気できなさいって」
「限度があるでしょ! 限度が! さっきからなーんにもできないし、練習したコンボも出せないんだけど!」
「えぇ……」
さっきの言葉は何だったんだ。
声色と肩を怒らせた状態で怒っているアピールを全力でしている女の子が、そこにはいた。
「そもそも! 全然! 近づけないんだけど!!!!」
握った両の手の拳を上下に振りながら、女の子が不満をアピールしている。
「あぁ、それならね……」
そうして席を立ち、席についた女の子の後ろにつき、アドバイスの言葉を放っていく。
これが、これから長い付き合いになる、女の子との出会いだった。




