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1.恐ろしい出来事

よろしくお願いします。

 煌びやかな王宮の大広間。

 王族が座る場所は広間にある階段を上った場所。そこには国王両陛下と王太子であるマイロ殿下、そして婚約者のオフィーリア・ヒューズ公爵令嬢がいる。


 見上げるとオフィーリア様と目が合った。そっと微笑んでくれた。大好きな義理の姉である彼女は私を誇らしいと言ってくれた。その言葉は私の宝物。胸に手を当てドキドキと心臓の暴れる音を必死で押さえる。


 私は緊張しながら自分の名前が呼ばれるのを階段の横で待っている。今日は王立学園の卒業式があった。そして卒業式の後に生徒たちは着飾って夜会に出席する。

 卒業生を盛大に祝う夜会が王家主催で行われる。これで私たちは大人の仲間入りをする。夜会では卒業生の中で最も成績の優秀だった生徒を国王陛下が言祝ぐ。首席は私だった。陛下にお言葉を頂けるという栄誉に喜びより緊張が勝る。


 入学当時はただの平民のルーシーだったが、卒業の時にはルーシー・ヒューズ公爵令嬢になっていた。成績の優秀さを評価され異例のことながらヒューズ公爵家の養女となりその庇護下に入ったのだ。養子縁組が成立したのは最終学年でのことだった。


 私は当然貴族としての知識やマナーを知らない。貴族の常識は平民の非常識。建前ばかりで実がないように感じ意味の分からないことばかりだ。それでも養女に迎えてくれた公爵様や同じ歳ではあるが公爵令嬢オフィーリア様の義理の妹として恥ずかしくないように努力を重ね、淑女として立派に振る舞えるようになった。一番はオフィーリア様が厳しくそして優しく導いてくれたおかげだ。そして無事に卒業することが出来た。なんとも感慨深い。

 宰相閣下が時計を確認すると声を張った。


「卒業生代表、ルーシー・ヒューズ公爵令嬢。こちらへ」


 私は慣れない豪華なドレスを纏っているので慎重に階段を一歩一歩ゆっくりと上がる。緩く巻いた長い金色の髪が背中で弾む。本人は緊張で気付いていないが周りの人はその姿を微笑ましげに見ていた。緊張で顔を強張らせてはいるが愛らしさは損なわれていない。むしろ庇護欲を誘うと熱い視線を向けられていた。


 私が進むその先にはマイロ殿下とお義姉様が待っている。

 登りきるまであと二歩というところでマイロ殿下は一歩前に出た。私に向かってエスコートのために手を差し出す。美しいその顔はこちらをじっと見ている。目を優し気に細め私が登りきるのを待っている。その隣でお義姉様は口角を上げてこちらを見ている。

 私が手を伸ばしたその時、突然体のバランスを崩した。


「あっ」


 ガクンと膝が折れ体重が片寄る。片足のヒールが根元から折れたのだ。そのまま体が宙に投げ出された。なすすべもなく背中から落下する。浮遊感の恐怖に助けを求めるように伸ばした腕は空を切りマイロ殿下には届かない。彼は焦りを滲ませて何かを叫んでいる。オフィーリア様は驚愕に目を見開いている。


 一瞬のことなのにまるでスローモーションのように景色が流れる。

 もうだめだ、そう思った瞬間「バリン」とガラスが割れるような音が耳元で聞こえた。私は為す術もなく床に全身を打ち付け気を失った。意識が途切れる直前、悲鳴や叫び声が聞こえた。






 ******




 私はゆっくりと目を開く。数回瞬くと美しい天井が視界に入る。

 頭がぼんやりしている。なぜここで私は寝ているのだろう? はっとして体を起こす。思い出した。卒業式の後の夜会で私は階段を踏み外し落下したのだ。 

 あれだけの高さから落ちたのなら打ち所が悪ければ死んでいる。良くても打撲や骨折をしていても不思議はない。怪我をしていないか確かめるために体を動かす。どこにも痛みは感じない。ホッと息を吐く。

 ふと思いついて右の耳たぶを確かめる。イヤリングには美しい宝石にお守りの小さな琥珀色の石を付けてあった。外して手の平に乗せる。すると宝石の下に繋げてあったお守りの石がサラサラと崩れて消えた。役割を終えたのだ。このお守りのおかげで私は命を失くさずに済んだ。魔女の作った『加護の石』。命を守ってくれる物だ。


 何ともなかったことに安心すると同時に夜会があのあとどうなったのかが気になりだした。大勢の前で階段から落ちたのだ。大騒ぎになったはず。


 その時突然扉が開きマイロ殿下が顔を出した。


「ああ、ルーシー。目を覚ましたんだね。よかった。君は丸一日眠っていたのだよ。あの高さから落ちたのに無傷だった。これは医者も驚いていたよ。とにかくルーシーが無事でよかった。どこか痛むところはないか?」


「殿下……。大丈夫です。ご迷惑をおかけしました」


「迷惑ではないよ」


 マイロ殿下は心から心配している。なんとも恐れ多いことだ。それよりも殿下がいるということは、もしかしてここは王宮なのか? なぜ自分がここにいるのか分からない。


「ここはどこですか? ヒューズ公爵家ではないのですか?」


 お義姉様やみんなが心配しているはず。早く帰らなくては。


「もちろん王宮だ。ルーシーをあんな危険な屋敷には戻らせない」


 冷たい声に体が強張る。ヒューズ公爵家の人たちはみんないい人だ。危険な屋敷とはどういうことか。


「危険? そんなはずは……。あの、あれから夜会はどうなったのですか?」


 マイロ殿下は美しい顔を怒りで歪めると憎々し気に吐き捨てた。


「もちろん中止だ。ルーシーの晴れ舞台がオフィーリアのせいで台無だ!」


「お義姉様のせい? それはどういうことですか?」


「ルーシー。もう、あんな女を姉と呼ぶ必要はない。あの女はヒールに細工をして君をあんな目に合わせたんだ。運よく無事だったが下手をしたら大変なことになっていた」


「まさか、そんなはずありません! お義姉様は優しい人です。だからそんなことするをはずがありません」


 私は必死に否定した。マイロ殿下は私の頬を大きな手でそっと慰めるように撫でた。思わず身を引いた。


「なかなか認めなかったがとうとう自白したよ。それに証拠がある。あの靴はオフィーリアがルーシーに贈ったものだろう? この責任を公爵家に負わせたいところだが今は君の家でもある。外聞もあるのであれは不運な事故とした。そしてオフィーリアは病により領地で療養させる」


 私は血の気が引き蒼白になった。お義姉様が領地で静養とはどういうことなのか? そもそも元平民の私が怪我をしたくらいでなぜ公爵家がそんな大きな責任を負うのか? あれは事故だ。お義姉様はそんなことをするような人じゃない。


 頭の中が混乱して彼が何を言っているのか一つも理解できない。突然聞かされた話にそれでも確かめなければと震える唇で声を絞り出す。


「ち、違う。お願いです。もう一度調べ直して下さい。お義姉様じゃない!」


 マイロ殿下は首を振ると優しい笑みを向ける。


「ルーシーは優しいな。でも君はずっとあの女に騙されていたんだよ。オフィーリアは私たちのことを嫉妬して引き裂くためにルーシーに危害を加えようとした。証拠があるのだ。もう心配はない。これからはルーシーを私が守る」


「嫉妬? そんなはず……どうしてそんなことに? これは何かの間違いです」


 お義姉様が私の何に嫉妬するというのか。彼女は私よりもはるかに素晴らしく完璧な女性なのに。


「ルーシー! もうあんな女を庇うな。学園にいたときは君に冷たい態度だったと聞く。養子縁組をした以上家族になったのに、最低じゃないか。屋敷の中でも冷遇されていたのを私は知っている」


 私は強く首を振り否定する。


「冷遇なんてされていません」


「ドレスはオフィーリアのおさがりで新調してもらえなかっただろう?」


「あれは私がそうして欲しいとお願いしたのです。もったいないからおさがりで充分だと」


 それならせめてと小物やアクセサリーは新しいものを揃えてもらった。平民だった私には過ぎた厚遇だ。


「それだけじゃない。平民だと貶めて責め立てたそうじゃないか。激しく責め立てている所を私も聞いていた」


 平民だったことは事実だし、それを責められたことはない。ただ貴族になったことで身につけなければならないことが多すぎた。根を上げそうな私を叱咤してくれただけで意地悪などではなかった。


「違います。ただ勉強の分からないところを教えてくれていたのです」


 マイロ殿下は慰めるように私を抱き締めた。


「もう終わったことだ。これからはオフィーリアに気を遣い機嫌を取る必要はない。社交界でもみなオフィーリアが悪女だと知っている。だからもう無理をしなくていい。さあ、ルーシー、少し眠った方がいい」


 マイロ殿下は私の体を横たわらせようとしたが、その手を振りほどいた。


「お義姉様に会わせて下さい。誤解です。調べ直せば分かることです。お願いします。殿下」


 必死に懇願するとマイロ殿下は苦笑いを浮かべると嘆息した。


「まるで天使のようだな。君は純粋すぎる。それは美点だが自分のされた仕打ちを理解できていないことは悲劇だ。オフィーリアはすでに領地に送った。一生外に出ることを禁じた。二度と君と会うことはないだろう」


「そんな……」


 私は呆然としたまま身じろぎ一つできなかった。






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