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二人暮し

作者: 立花 梨花

パリン

ドサッ


卵が先か、鶏が先か。私が床に倒れてしまったのが先か、力が抜けて落としてしまったグラスが割れたのが先か。視界はスノーノイズのようになってしまって、何も見えない。ちょっと、しばらく。気絶してしまおう。


_______________


何だこの有様は。


同居人とのジャンケンにまえて、買い出しに行って。手がふさがっているから、中に居る同居人に鍵を開けてもらおうと思って、ドアをノックして。何度ノックしても反応は無いし、ピンポを押してもない。仕方なく合鍵で鍵を開けて文句を言いながら中に入っても反応がない。お帰りの声がない。眠ってる?いや、でもさすがに起きるよね?なんて思っていたら!

台所で、青い顔で倒れている。

ついでに、直前まで使っていたであろうグラスは割れている。水もぶちまけられている。私が倒れたい。頭が痛い。袋の中に入っている冷凍食品やらアイスやらと同居人、どっちが優先順位が上だろうか。ああでもガラス片付けないと冷蔵庫まで行けないな。危ないし。

優先順位の勝者はガラスだった。

とりあえず袋は道端に捨てて、掃除道具を詰め込んでいる棚から箒とちりとりを持ってくる。いらないと思ってたけど買っておいてよかった。はわき残しがあったら大変な事になるので、近くにあった棚と床の間も知ったり確認しておく。よし、多分ない。ちりとりの中のガラスは後で捨てるとして、ガムテープを取ってきて、床をペタペタしておく。意味があるかは分からないが、やらないよりマシだろう。家では基本裸足の同居人には、口酸っぱくスリッパを履けと言っておこう。ま、履かなくて怪我しても自業自得だ。危険分子は取り除いたので買ってきたものを直そうかと思った。が、流石にいつ倒れたのか知らないが、私が帰ってくる前から、ガラスを片付けるまで起きないのは結構重症なのでは?と思い、流石に同居人に声をかける事にする。


「由南!由南!」


割と大きな声で呼びかけてみる。


目覚めない。


何となくそんな予感はしていたので、よっこいせと持ち上げる。抱き上げている途中でおちょくれたらいいなと思ってワザと姫抱きにしたのだが、やっぱり起きなかった。面白くない奴だなー。同居しているとはいえ寝室は別だ。由南の個人部屋に行こうかと思ったけれど、意識がない時にはいられるのは嫌か。私の部屋に寝かそうかとも思ったが、食材を片付けている時に目覚めても気づけるようにソファに寝かせることにした。多分貧血と寝不足のダブルパンチだろう。ソファーの肘置きの部分に足を置いて、頭より高い位置似あげておく。少し寝苦しいかもしれんがまあいいだろう。

さて、やっと食品が片付けられる。

アイスやら冷凍食品やらがダメになってたら由南に買ってもらおう。

何故同居人がぶっ倒れてたのにこんなにも落ち着いてるかって?


それはあの馬鹿が、いつも倒れるからだ。


由南は基本的に家でパソコンに向かって、何やらするのが仕事らしい。らしいと言うのも私は由南の職業を知らない。ここの家賃やら食費やらをきちんと決められた量決められた日にちに払ってくれるので、無理に知ろうとは思わない。一日中パソコンに齧り付いているので、それが仕事なんだろうと勝手に思っているだけだ。

由南の職業の話は置いておいて。そう、あの馬鹿はいつもパソコンの前にいるのだ。私が仕事に行く前も帰ってきてからも!冷蔵庫を見ても食材が減った形跡は無いし、シンクはピカピカのまま。濡れた形跡すらなければ洗い物もない。私が見兼ねて朝食、昼食をつくっても食べやしない!心配される内が華とはよく言ったものだ。他人には他人の人生がある。私はもう諦めたのだ。

そんな食事も忘れるほど座ってパソコンの前にいれば血の巡りも悪くなるし、栄養も足りなくなるという話だ。私は普通の会社に勤め、普通に働いているため、日中の声掛けはできない。夜帰ってきてから少し多めにご飯を食べさせるのも一苦労だ。全く椅子から動こうとしない。私がいなかったらとうに亡くなっていたんじゃないかとさえもおう。

そんな積もりに積もった、心配を通りこした怒りを抱えながら冷蔵庫へ食材を治していたら。


モゾモゾ


「礼香……帰ってきたの?」


ダイニングリビングな為、冷蔵庫割と近くに置かれているソファーから、人が動いている音がした。


「目は覚めた?」


1度手を止めて、様子を見に行く。以前倒れた時はついでに熱まで出していたが、今回は大丈夫だろうか。


「うん、1回気絶したらスッキリした。」


「あんたホントねー、片付けといてくださいと言わんばかりに台所で倒れたわねー?!」


自分で言っている通り、1回ふりきった事で帰ってきた時よりも顔色はマシにいなっていた。まだまだ人間の色には程遠いけれど。お説教をするならば今だと言わんばかりに叱っておく。由南は少しきついかもしれないが、後で話しても聞かなかった事があったのでもう学んだ。


「いや〜、自分の部屋まで届かないなーと思って。それなら台所だったら気づいて貰えるしいっか〜ってさ〜。ごめん」


「この間いい加減昼もご飯食べなって言ったばっかりでしょ?由南には由南の人生あるけどこのままだとブラックアウトして終わっちゃうよ?!」


「だからごめんてー」


「ガラス片付けたり、由南運んだりしてたら冷凍とか解けちゃったんですけど〜???」


「はいはい、買い直させていただきますー」


――――――――――――


礼香には悪いことしたなーと、何回目かは分からないけど思う。何回も何回も倒れてしまう私を、その度目の届く場所で寝かせておいてくれる。私の自室に放置しないのは、彼女なりの優しさと、プライバシーの保護だろう。目が覚めて声をかければ、顔を見に来てくれる。もう私諦めたから!と怒っていたのはどこの誰だったか。今だって、私がやる予定だった家事を何も言わずにやってくれている。酷く優しい人でしょう?だからついつい甘えてしまうんだ。


そもそも私と一緒に暮らしているのも、貧乏くじをひかされたようなもなのに。


私と礼香は親戚同士で、私達の同居がきまったのは去年のお正月の親戚の集まりのときだ。あの時礼香が隣に居たから。たったそれだけの理由で、私と同居する羽目になっている。

私はどうしても両親とどう頑張っても分かり合えなくて、家が息苦しくって、大学から一人暮らしがしたかった。だけどまだ学生でしょ?ってねじ伏せられて、叶わなくて。大学ではもう国外に逃亡でもしようかと思って、必死に英語を勉強した。そんな中半自暴自棄になっていた時。親戚の集まりの席でまた、一人暮らししたい私と、母と、その他親戚一堂で揉めていた。


「もう社会人になるの!いい加減独り立ちさせてよ!!」

「また由南はそんな事言って!ここまで育てた私を見捨てるのね!!」

「だからちゃんとお金だって家に入れるし、連絡だってこまめにとるって約束してる!」

「嘘よ!そうやって音信不通にして見捨てる気なんだわ!!」


この時点で私の目には、薄ら涙が滲んでいた。でもそれに気づいてくれる人は居ても、私の味方をしてくれる人も、慰めてくれる人もいなかったけど。


「ほらほら叔母さん落ち着いて。」

「由南ちゃん、親の言うことは聞くものだよ?」


周りの親戚は、お母さんがもっとヒステリックになったら目も当てられなくなるのを知ってるから、なにも考えずにお母さんの味方をする。より面倒くさいない方を丸め込んで、何語もなかったように平坦にしようとする。

そんな現実だけが突きつけられて、正月まで揉め事なんでゴメンだったのもあるし、今まで積もり積もっていたのもある。もう全てが嫌になって。


「だって!たって……由南とずっと一緒に暮らす約束してたんだよ?!」


その時、私の家族と由南ちゃんの家族が隣同士でならんでた。そしたら由南ちゃんの家の叔母さんが、気を使って私と由南ちゃんが隣同士になる様にすわってくれてたんだ。特別中が良かったわけじゃないけど、多分沢山いる親戚の中で、唯一歳が近ったからだと思う。

1人がダメなら、2人なら許されるかなって。


「礼香……貴方何言ってるの?今までそんな話し1回もしてこなかったじゃない。由南ちゃんとそんなに仲が良かったの?」


「う、うん!」


「じゃあなんでもっと早く言わなかったの!貴方口から出まかせ言ってるんじゃないでしょうねぇ!!」


本当にその通りだ。他所様まで巻き込んで、私は何がしたいんだろう。もうぐっちゃぐちゃだ。ごめんね、由南ちゃん……


「叔母さん、私どうしても由南と二人暮ししたいんです。許して貰えませんか?」


え?

気づいたら、隣に座っていた礼香ちゃんがもっと私の近くに来ていて、お母さんに話しかけていた。

今、なんて?


「れ、礼香ちゃん、これはそんな簡単な話じゃないのよ?それにこの子に変な事言われて巻き込まれただけでしょ?ごめんなさいねこの子が」


「出ませなんかじゃないんです。由南が私の名前を出さなかったのは…お母さんに1人でも生きていけるって認めて貰えたら、一緒に暮らせる自信になるって……私に遠慮してたんです。」


急に礼香ちゃんが話に加わったものだから、お母さんも焦ってよく分からなくなってる。そもそも、私と礼香は、この時は名前を呼び捨てにするほど仲良くはなかったのに。私に合わせて、起点を聞かせてくれていた。


「ね?そういう事だよね、由南。認めて貰おう?」


そう言って私の目を真っ直ぐ見て来た礼香ちゃんは、あの時の私にとってはヒーローに見えた。涙も自然と引っ込んで、落ち着いてきて。


認めて貰わなくちゃ。


ただがむしゃらにもがいて嘆いて伝えるんじゃなくて、落ち着いて、たんたんと事実の確認をして、認めて貰わなきゃ。


その後、結局その日に認めて貰えなかったけど。ちゃんと礼香とも話し合って、あのお正月の事件から私の大学卒業までにはなんとか許して貰えた。

今は大学出つけた英語力を使って、在宅で翻訳の仕事をしている。文と向き合うのは本当に奥深くて、気づいたら1日すぎてた……なんてことになってよく怒られちゃうけど。その度に礼香に怒られて、嗚呼私は幸せを手に入れたんだなって、噛み締めてる。生活を見直すのは、もう少し幸せを堪能してからでもいいかな、なんて甘えちゃって。

本当に何であの時、礼香は私の味方してくれたんだろうね。こんなにも迷惑かけてるのに見捨てないし。礼香と過ごして1年未満。まだまだ知らないこと沢山。

少し。踏み入ってみる事は許されますか?


――――――――――


段々と人間の顔色に近づいてきているけど何処と無くボーっとしていて、気にかけておくか。なんて思いながら、白湯でも準備してあげようと動いていたら。いきなり由南から、


「ねえ礼香。あの時、あのお正月の時。何で特に仲も良くなかった私の味方をしてくれたの?その後も根気強くお母さんと話し合ってくれたの?」


なんて、随分懐かしい話をされた。


「今頃聞くの?」


「う〜ん。だって気になってさ。」


あとの時、絶望を八割くらい滲ませて、涙も溢れそうになって、必死な顔をした由南が頭の中に浮かぶ。今では沢山笑うようになって、あんな顔は久しく見ていない。させたくも見たくもない。


「ずっと、ずっとお母さんから大変そうなんだよって言われてたし、私も面倒くさそうだなって見てた。ずっと見てる事しか出来なかった。他の人の家の事だし、ヘタに踏み込むものじゃないじゃん?そんな所に、掴んでって手を差し出されたら、掴むしかないよね。私が、ただ見てるだけしか出来なかった罪悪感を解消したかったから、貴方の手を掴んだの。」

「大層な理由じゃなくて失望した?」


始終穏やかな顔をして話を聞いていた由南に聞いてみる。


「ううん、礼香らしいなって思った」


本当に花咲くような笑顔が似合うようになったね。


――――――――――――


「ううん、礼香らしいなと思った」


私にとっては、日曜日にテレビでやってるヒーローのアニメより、礼香の方がよっぽど近しいヒーローになってしまった。これからも沢山助けて貰うんだろうな。

私も少しづつ返せるように。

手始めに今度、由南が気にたってたスイーツ買ってきてあげよーっと!

これは作者の性癖の話になるのですが、

由南は「普通」では無い環境で育ったので由南自身も「普通」の性格では無いですし、礼香もあたかも善人のように描写されていますが人間です。

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