5.黒の魔導士の想い
王立学園の卒業式。
現王国魔導士団長ウェアハルト・フォルスは、足を踏み入れた瞬間に彼女が『そう』であるとわかった。
――ウェアハルトは、魔術の名門フォルス家に引き取られた孤児だ。
生まれつき持っていた五属性魔法を物心つく頃には自分の手足のように使役でき、孤児院のボロボロの魔導教本をスポンジが水を吸うように学び取る。
噂を聞きつけた黒塗りの貴族の馬車が迎えに来た頃には、周囲の大人ですらウェアハルトに魔法で勝てるものは居なくなっていた。
フォルス家に養子に入る前、そして魔導の英才教育を受けている頃もウェアハルトにはずっと不思議な感覚があった。
何かに呼ばれているような、何かを探さなくてはならないようなそんな感覚だ。
十八で王城勤務の魔導士になり、最短の七年で並みいる魔導士を押しのけ魔導士団長となった。
団長として王城での職務に当たる際、そこでしか知ることができない数々の機密情報に触れ、彼は一つの可能性を見出すに至る。
それが間違いではなかったと確信したのは、王立学園の卒業式後に行われる聖女選定の儀に集められた一人の少女を見た時であった。
数十人の令嬢がホールに集められる中、一人だけ白く輝いて見える少女がいた。
最初はその美しい銀髪が目を引いているのかと思ったが、決してそうではないことにすぐに気づく。
光をはじく銀色の長い髪を下ろし、何物も吸い込まれてしまうような紫水晶の瞳。
他と同じ制服を着ていても、一際美しいその少女が己の探し人であることは、間違いようがなかった。
(ああ、あの魂を俺はずっと探していたのか)
一人だけ天井からの光を浴びているような、内側から光り輝くような美しい魂。
はやる心を抑え、令嬢たちの選定を眺めていく。
しかし、心待ちにした彼女の番を迎えたとき、予想外の乱入者があった。
「この女、ノイル・バートンは聖女選定の儀にはふさわしくない。即刻、退場を命令する!!」
手をかざそうとする彼女を遮って鋭い声を上げたのは、この国の第二王子。
王太子として立派に勉学や剣術、帝王学を収めている第一王子と常に比較され、そしてすべてのジャンルに置いてその足元にも及ばないと結論付けられている凡愚だ。
「私はこの女との婚約破棄を宣言するとともに、ユラ・パーウェンとの婚約を宣言する!」
その発言を聞いたとき、この茶番のすべてが解ってしまった。
あの凡愚は、婚約者である彼女を貶め婚約を解消し、ほかの令嬢との婚約を望んでいるらしい。
無意識に、己の唇が弧を描くのを感じる。
なるほど、その立場を放棄するのか。
それならば――貴様の捨てたもの、この俺がいただこう。
癒し、守り、ずっとそばにあり続けたい。
王国魔導士団長の証である黒いローブを翻して立ち上がる。
愛用のローブは音もなく踊り、茶番でざわめくホールのものはもとより、来賓の者達も気づかない。
「このユラこそ全き新時代の聖女である!!!」
顔を悲しげにゆがめ、精霊水晶から離れようとする少女の後ろにそっと寄り添った。
第二王子が抱えている令嬢に、魂の輝きなど何処にも見えない。
むしろその魂には黒い翳りが付いているようにさえ見える。
あれのどこが、聖女だというのか。
むしろ、本当の聖女は――
「恐れながら、如何な理由でそのものが聖女であるという確証をもっておられるのですか、ギーゼ殿下」
胸のあたりにある彼女の頭が、突然現れたウェアハルトに驚き振り向く。
さらさらと揺れる美しい銀髪。
この世のどの紫水晶より美しいその瞳は、わずかに潤んでいた。
こみ上げるものをぐっとこらえながら。やさしく少女に語り掛ける。
「ウィングルト王国魔導士団長、ウェアハルト・フォルスと申します。」
にこりと微笑めば、針の筵のような状態に立たされていた彼女は、無意識であろうが、すがるような目をウェアハルトに向けた。
ノイル。
そうか、ノイルというのか。
俺が探し続けてきた者の名は――
凡愚が何かを叫び続けているが、ウェアハルトの耳にはもう届かない。
ノイル。刻み込むように、その存在にすべてを集中する。
「大丈夫です。怖がることはない。『黒』にはわかるのです。『白』の魂がどこにあるのかが。」
後ろからやさしく抱き留めて手を取れば、華奢さと女性特有の柔らかさに胸が熱くなる。
ウェアハルトの声を受け、何かに導かれるように精霊水晶に手を伸ばす彼女の白い光が、一層強くなったように感じた瞬間、水晶にふれた指先から光が弾けた。
「ノイル……俺の愛しい人」
意識を失って崩れる彼女の体を支え、壊れ物を扱うように横抱きに抱き留める。
白い光に包まれ、ノイルが聖女に選ばれたことを告げる声を背に、騒然となるホールを後にした。
腹黒魔導士団長と凡愚王子です。