尻軽女は検証する
二の腕の内側、赤く咲いた花に唇を落とされる。
「随分、悪い虫がいますね」
「きっと好きな人と見間違えたのよ」
病院で検査結果を受け取ったあと、付き添ってくれた恋人役のSPさんとホテルへ入った。
先日の検査の結果を検証するために、発症中と解消後の数値も取るらしい。明言はされなかったけど、要はちょっとヤッてから戻ってこいということなので、少し恥ずかしい気がする。
恋人役と言いつつも彼と寝るのは初めてだ。
加賀さんと名乗っていた。本名だとは思うけれど確証はない。
神保町の古書店街に通っている大学生のような雰囲気を持っているけれど、SPだけあって身長は高いし、胸板も立派だ。170ちょっとの私が高いと思うのだから190近くはあるのだろうか?
見た目が若くてどこにでも居そうな雰囲気なので人に紛れて絵麻さんを警護するのに向いているらしい。
そのお嬢様の頼みとはいえ契約外労働をさせてしまって申し訳ない。一応希望者の中から絵麻さんが選んだと言っていたけれど。
どうせすぐに病院へ戻るので、ただ身を任せることにして、お医者様に言われたことを思い出す。
専門用語などはあまり馴染みがないので聞き流してしまったけれど、どうやら鹿波の体は、好意を持つ相手に対して強い感情を抱いたとき体調に変調をきたすほど過剰に脳内物質が分泌されるのだという。その相手がマンガなら北原君で、今だと唯花ちゃんらしい。恋愛でも友愛でも執着する特別なひとりがいれば起こるので、執着する人が変わっても症状は出るそうだ。
試しに唯花ちゃんのことを色々考えてみたら、熱の前兆の目眩が始まったので、ほぼ間違いないだろうとのことだ。
病院では熱が上がりきったところで採血と脳波測定をしてきた。
この後の検査結果次第だけれども、暴力での他害や性行為時に中和する成分が分泌されているのであれば、服薬でコントロールできるかもしれないとのことなので期待している。
しかし作中の暴力行為って鹿波の自慰だったんだなあ。登場の度に読者が認識できない自慰行為を見せつけてくる女やばい。作者の性癖大丈夫なの? 描かれていないだけで他のキャラにもやばいところあったりしたの? まさか唯花ちゃんにも?
って、身を任せるにしてもこんなに気が散ってるのは良くない。相手に失礼だ。
「この後すぐ病院に戻ると思うと、初めてだけど身が入りませんね」
「そんなに僕と寝たかったんですか」
「いや、することは同じでも作業感があるのは好きじゃなくて……特に最初なら時間をかけて丁寧に確認していきたいです」
「じゃあこれは検査用だからノーカンってことで、後で初めてをやり直しましょう。僕もそうしたいので」
「そうですね。加賀さんは残業になってしまいますけど」
「タイムカードは切っておきますよ。プライベートに仕事は持ち込まない主義なんです」
「それは光栄」
加賀さんはプライベートで結構遊び慣れている人なのかもしれない。
気付けば浮き沈みの激しいジェットコースターに乗せられて呼吸が乱れていく。
ノーカンの検査用でこれだと、プライベートではあっという間に壊されてしまうのかも。
想像したらとても恐ろしくて……心が躍ってしまう。
結局私は目先の快楽にとても弱いのだ。
足腰は立たないが気力が充実した翌日曜である。
北原君とするときと違って行為中に憂いがないので、久し振りにしっかりとヤった気がする。
唯花ちゃんのことがなければ北原君とするのも悪くないけどね。
もうそろそろ前期の第2回テストなので今日はテスト範囲のおさらいをすることにした。
受験勉強ではないし普段からきちんとやっていれば問題はなにもない、が最近ちょっと家での勉強時間を取れなかったからできるときにはやっておかないと。
テストが終われば夏休み。
なんだか最初に目標としていた夏休み前とは随分違う感じになってしまった気がする。
色気を出して唯花ちゃんと遊びに行くとかは考えずに、大人しく家で大物制作にでも取り組んでいたほうがいい気がしてきた。時間があるときにチャレンジしたいものがいくつかあるのだよ。
休み明けには手芸部の備品としてUVランプが学校に届くので、学校で本格的にレジンが扱えるね。
そうしたら、北原君がうちに来る口実はなくなるのか。
さて、次はどんな口実かな。決定的に拒否しない限りはやって来るような気がしてる。
今となっては加賀さんがいるし、原因もわかりはじめてきたので、北原君を頼る理由は無くなったけれど、唯花ちゃんの話を一緒にできるという妙な仲間意識が芽生えてきたせいか拒否する気になれない。
どうしようねえ。
元々男性だったならわかるだろうと絵麻さんに、このくらいの頻度で平均何回くらい行っている男子高校生はできなくなって困ったりしないのかと聞いてみたけれど、男子高校生でも人によるからわからないと言われてしまったし。
成人男性でも個人差があるのだし、若いからと言って一律で考えられるものじゃなかったね。
もしかしたら夏休み中、知らないところで付き合い始めてしまう可能性もあるから、今こうやってどうしようと悩んでいても無駄なのかもしれない。
幼馴染で家が近所なら夏休みだろうと他の人より接触が多いだろう。
取り留めなく湧いてくる雑念を片隅に置いていると、呼んでしまったのか北原君からメールの着信があった。来訪可能かの確認か。
テスト勉強させてくれて、スーパーで食材おつかいしてきてくれるならいいよ、と返す。向こうもテスト勉強しなきゃいけないと思うのだけど余裕なのだろうか?
そんなに成績がいいキャラじゃなかった気がするけど。
性格や好きなもの、学力辺りはみんなマンガのままだけど、物語は私のせいで迷走している。
なんとか軌道修正したい絵麻さんは先日より北原君との距離を詰めようと頑張っていた。
しかし既に女の体を知っている北原君は軽いスキンシップや至近距離での接近くらいで心を揺らすような男の子ではなくなってしまっている。
絵麻さんに協力するなら今後は回数に制限を付けて多少ムラムラさせておいたほうがいいのかもしれない。
さて、北原君である。
歩くのも覚束ない私を見てなにかを察したのか非常に機嫌が悪い。
最近独占欲らしきものが見え隠れしていたから嫉妬してるのだろうな。
このままだと体を草間彌生の作品みたいにされてしまう気がするが、口を挿んでも止まらなそうなので好きにさせておく。
いつもより乱暴にして見えない存在を上書きしようとしているのは少し可愛い気もするし。
生前なら潮時かなとフェードアウトする頃合いだけど、今後どうするか決めかねているので様子見かな。
唯花ちゃんとの付き合いが続く限り、北原君とも縁が切れないので、任意でフェードアウトできないとも言う。
んー?
なんか見慣れたはずの視界に違和感を覚えた。
北原君の肩が前よりがっしりしてきている気がする。
もしかして身長も伸びてるのかな。
そういえば最初の頃に届いていなかった場所に今は届いているかもしれない。
まだ高1だし、男性ホルモン活発になってそうだし伸びるよなあ……卒業まで鹿波より身長を高く描かれたことはなかったと思うので、私もまだ背が伸びるのだろうか。
「鹿波さんは、夏休みどうするの?」
「宿題を早めに終わらせて、家にこもって大物制作にチャレンジするつもりだけど」
「遊びに来ても平気?」
「別に構わないけれど、折角の長期休みなんだし唯花ちゃんと遊びに行けばいいじゃない」
「そうだけど、鹿波さんにも会えないと寂しい」
「体が、ね」
「それもなくはない。例えば、脅すみたいで悪いけど、鹿波さんに会えなくて我慢きかなくなって、唯花にこんなことしたら鹿波さん怒るでしょ? だから休み中も俺と会って」
唯花ちゃんの小さな体が、成長期が始まって体格差が大きくなった北原君に組み敷かれ、乱暴にされるところを想像してみる。
初めてでそれは、だめだな。可哀想な感じがするし多分怒ると思う。
「唯花ちゃんの初めては優しく丁寧にしないとだめだよ」
「……鹿波さんも、初めてのときはそうされたかったなら、ごめん」
「それは気にしなくていいよ。悪いのは私だから」
体は初めてでも心は初めてではなかったし。
不本意だったとしても自分で望んでいただけ、鹿波になる前の本当の初めてよりは幸せな部類だろう。
あのときは、いつか自分の身に降りかかるだろうと予想していたことが実際に起きて、泣き喚く気力もなく、ただ静かに絶望していた。
とうとう平穏で平凡な幸せを望む資格がなくなってしまったと、そう思ったときにさっさと死ねたら良かったかもね。
死を選べばまだ悲しむ人がいたから決断できなかったけれど。
嫌なことを思い出してしまったと後悔していると、いきなり強く抱きしめられた。
そのまま頭を撫でられて、それがまるで好きな人に接するような優しい手だったから、昔おじいちゃんとおばあちゃんがそばにいたときみたいで、不意に泣いてしまいそうになる。
「ちゃんと言ったことなかったけど、俺は鹿波さんが初めての相手で嬉しかったよ」
「……ありがとう」
彼は私が初めてのときに傷付いたと勘違いしているのかもしれない。
だけど折角優しくしてくれるみたいだから、今日は少しだけ甘えてみよう。
私だってたまには生前の一番優しい記憶に浸りたいときもあるのだ。