尻軽女と新しい朝
明るいうちから夜中まで話し疲れて眠りに落ちて、目覚めた世界は白のまま。
相変わらず味のしないお粥と白湯を摂って、一息ついたふりをする。
私はとりあえず生きることにした。
死ぬのはいつでもできるけど、なにもできない塵芥の私を必要だと言う人がいて、私と一緒に死んでくれると言うのだ。
それなら世界が真っ白のまま染まることが二度となくても、どうにか順応して、普通に振る舞って、生きていこう。
私は死にたくても道連れが欲しいわけじゃない。
ゆっくりと起きてきたアキ君がリビングに私を探しにきた。
私の歩いてきた道の話を聞いてもらったから、昨日は寝るのが遅くなってしまったし、もう少し寝ててもよかったのだけど。
「おはようカナ。今日も愛してるよ」
眠たそうなのにそんなことを言ってふわふわと抱き締めてくる。
「おはよう」
私も返したほうがいいのかな。
「アキ君、私もすきだよ」
気持ちは篭っていないのに、アキ君は嬉しそうだ。
ただの友愛でも、なりかけの恋でも、失うくらいは心にあったものなら、今は無くても口に出しておこうと思う。
言えなくなる日が来たときに言っておけばよかったと思わずに済むように。
もし絵麻さんに会えたなら、きっと私は絵麻さんにも言う。困ったように笑われてしまうかもしれないけれど。
「今日は日曜だから入院してるときのパジャマやタオルを洗濯して、あとはのんびりしてようか。明日はどうする? 無理に登校はしなくてもいいと思うけど」
「明日起きてから決めてもいい?」
「いいよ」
生きると決めたけれど、考えないといけないことは沢山ある。
この状態で学校に通えるのか、進学はどうするのか。将来は……
迷路の中に入りかけた私の顔をアキ君がつつく。
「無理しない」
「うん」
とりあえず一番近いところから考えて、遠いものは後回しにしよう。
目の前の問題をクリアしないと先には進めない。
「これから先のことをどうしようか考えてて……アキ君は進学するの?」
「そうだね。でも卒業したらまず籍を入れたいな。カナを縛れるものは法でもなんでも使うつもりだし」
「そんなことのために?」
「嫌?」
嫌というか、現在の状況がもう結婚しているようなものなので、わざわざそういう手続きを踏む必要があるのかわからない。
「ずっとそばにいたいんだ。だからカナを縛ってどこにも行けないようにして全部独占する」
「オススメしないけど」
「俺の自己満足だからいいの。学生結婚となるとまずはカナのご両親を攻略しないとな」
「あまり気にしない気がするよ。愛されてるとは思うけれど娘よりは仕事って感じの人たちだし」
しかもこの時間ならとっくに海の上だろう。陸の上にいるより船に乗ってる時間のほうが長いんじゃないだろうか。
帰ってきたら聞いてみようかな。今の仕事を志した理由とか。そんな話を両親としたことはなかったと思うし。
「……ところでカナは断る気がない、ということでいいの?」
「なにを?」
「結婚」
主人公であるアキ君が決めたことなら私が抗ったって結局することになる気がする。勿論それまでに冷めたり飽きたら別だろうけれど。
「断る理由はそんなにないから」
これから先も私の歩く道には、悪いことが続くような気がする。
特別運が悪いのか、意地の悪い神様に見染められてしまったのか、平穏で平凡な普通の人生はきっと送れない。
でも隣で一緒に歩いてくれるパートナーが主人公のアキ君なら、多少手加減されてそんなに悪くならないのではないだろうか。
打算込みだよ、と言っても彼は喜ぶのだろうな。
今度は笑って愉快に未練なく死ぬんじゃなくて、もっと生きたいと願いながらみっともなく死ぬような、そんな終わりを目指そう。
もう誰も愛せなくても、なにも喜びがなくても、安心なんてどこにもなくても、真白い世界を色付けるものを探して生きていこう。
懸命に生きたら、生前の名前の漢字を好きになる日もくるかもしれない。
かつてミトだった私は生まれ変わっても未だ途半ば。
今はあの頃と違う道だけど、ひとりではないから今度はもっと先を目指せる気がする。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
他の人物のエピソードや人間関係の移り変わりもありますが、尻軽女は鹿波の物語なのでここで終わります。
その後の話はまたいずれ。




