尻軽女は交友範囲を広げる
一緒に部活見学に行きたかっただけで、入部を誘うつもりはなかったのだけど、唯花ちゃんに手芸部の暫定部長になったことを話すと、その足で唯花ちゃんも入部届を出しにいってくれた。
特に入りたい部活もないし、私が作ったヘアアクセを見て手芸自体にも興味がわいたらしい。
本当は料理部に入る予定だったと思うけれど、料理部もなんとなく入ったのかな。
そしてめでたく部員になった唯花ちゃんから、頼みごとがあるという。
「鈴ちゃんが、事情があって放課後は残れないから部活できないんだけど、幽霊部員として手芸部に入部できないかな?」
確かに部活動は入っていたほうが評価良くなるとかよく聞くよね。
実際のところは知らないけれど。運動部だけかもしれないし。
籍をおくだけなら断る理由もない。吹けば飛ぶような小さな部なら幽霊部員でも嬉しい。
麦野さんと仲良くする気がないだけでわかりやすく排除しよう、とは思ってないし。
「いいよ」
そうなると部員3名か。もうちょっと欲を出してもいいかもしれない。
「北原君は誘わないの?」
「えっ、男の子だよ」
「興味あるなら誰でもやっていいと思うけど。一応誘ってみてよ」
唯花ちゃんのヘアアレンジに興味を示していたから案外細かい作業が好きなのかもしれない。細やかな仕事をしたり美しい作品を作ることに男女の差などないだろう。
あとは仲良くなりたいと目をつけていた高梨さんも誘いたいけれど、まだ話すきっかけを掴めていない。性格が合わないとかじゃなくて、どうにもタイミングが合わないのだ。
とはいえ彼女はストーリーの通り華道部に入りそうな気がする。いいとこのお嬢様だし日本人形みたいな子だし。
今は焦らず唯花ちゃんとの交友を深めて、高梨さんに話しかけるタイミングを待ちますかね。
顧問の先生に去年までの活動実績の記録があるか訊ねたら、文化祭の記録しかないとのことだった。
料理部優先とは聞いているけれど、手芸部に興味そのものが無さそうだ。兼任なのだし仕方ないとは思うけど。
文化祭の記録も展示作品を写真で撮っただけの簡単なもので、特にテーマなどもなく作りたいものを作ったという雑然とした様子が見て取れる。
授業ではないのだから自由にやるのはいいけれど、発表の場に出すには面白みがないなあとつい思ってしまう。
とはいえ今年も弱小ではあるのだし、まとまりのある展示というものに辿り着けるかはわからない。文化祭がある秋までの時間を考えたらほぼ不可能だろうから、来年以降の文化祭でテーマを重視する展示ができるように目指すのがいいかも。
とりあえず活動計画の中の未定部分に「来年以降〜文化祭での展示強化」とメモ書きしておく。
義務教育を受けてきた人間なら多少の向き不向きはあっても針と糸の使い方は授業で習っているので心配ない。
なにを作ってみたいかは後日聞くとして、休みの日に手芸店で初心者向けのいいネタがないか探すことにした。
入学前に前世を思い出してからかなりのハイペースで手芸店に立ち寄っているので、もう店内でも顔見知りの店員さんができてしまった。ほぼ隔日ペースで来てる背の高い美人女子高生とか特徴的過ぎてそりゃ覚えられるよね。
「いらっしゃいませ。取り寄せの商品届いてますよ!」
「あ、じゃあ今日買っていきます。あと手芸部に入ったんですけど、初心者に勧めるのにいいキットってあります?」
「ちょっと見繕ってみますね」
挨拶をしてくれた顔見知りの店員さんはちょうど手が空いていたのか向こうで探してくれるようだ。
世のお母さん方が修羅場を迎える入学シーズンが過ぎたので、少し余裕があるのかもしれない。
しばらくするといくつかキットをピックアップした店員さんが戻ってきた。
専用針と羊毛がセットになったニードルフェルティングはよく初心者向きと言われるけれど根気が必要なので保留かな。
それなら色付きウール使って模様付きフェルト作るほうがいいかも。手芸よりは実験っぽさが強いけれど。
あとは刺繍のヘアピンキットかー。これはまだ私もやったことないけどステッチの種類が少なくて初心者向けなんだね。手順確認のために買ってみるか。
選択肢には入れてなかったけれどビーズアクセキットも色々あるね。完成見本はきれいだけれどこれは部活じゃなくて個人でやったほうがいいかも。
悩みながら持ってきてもらったいくつかのキットを買い物かごに放り込み、取り寄せしていたパーツと一緒に会計してもらう。
「そういえばビンテージっぽい布小物を作りたいんですけど、この辺りにいい端切れ扱ってる店ってあります?」
「和小物? それならちょっとスマホ貸してください」
店員さんがマップアプリに打ち込んでくれたのは高校の近隣だった。
まだ行ったことないエリアだからこんなところに店があるとは知らなかった。
「リサイクル着物販売や傷みが激しい着物をリメイクしている店で、リメイク時に出た端切れがワゴン売りされてます。基本は綿とか化繊ですけどときどき良いちりめんが激安であったりするのでマメに見に行くといいですよ」
「ありがとうございます」
「いい出会いがあったら、またうちで和小物用のパーツいっぱい買ってくださいね」
折角教えてもらったのでその足で店に向かうことにした。
通学定期券があるって素晴らしい。
……ここ、宝の山じゃん。
恐らく店員さんに聞かなければ卒業まで気付かなかっただろう目立たぬその店は、私にとっては天国みたいな店だった。
木綿絣の端切れは種類豊富だし、もはや端切れとは呼べないサイズの絞り染めは買わない選択肢がない。くるみボタンに加工したら可愛くなりそうな端切れも沢山ある。
店員さんが言っていたちりめんは生憎なかったけれど、正絹らしき端切れを見付けてしまい変な声が出た。
流石にこれを私如きがハンクラで使うのは勿体ない。
端切れワゴンに夢中になっていたけれど、視線を上げればちらほらと良さそうな着物が目に入る。和装に明るくないから正確な良し悪しはわからないけれど。
店に着物を持ち込んでいる人もそれなりに良い家の方々なのだろう。
「芦川さん?」
突然背後から投げかけられる声に振り返る。はて、この店で声をかけられる心当たりはないけれど。
「ああやっぱり芦川さんだ。私のことわかる?」
「高梨さん、だよね」
全くタイミングが合わず今日まで一言も話してなかった高梨さんがそこにいた。
漫画の通り私服は和服なんだね。重たそうな風呂敷包みを抱えていて全体はよく見えないけれど、春らしい上品な若草色が良く似合っている。
「思いがけないところで会うのはびっくりするね。なにしてるの?」
「手芸店の人にここを勧められて端切れを探しに」
「端切れ?」
首をかしげながら高梨さんが近付き、私の手元を覗き込む。
「ああ、それ。私の着物の切れ端ね! 模様に見覚えがあるわ」
さっき手にした正絹の端切れを持ったままだったことに気付いた。というか元の持ち主に会うとは。
子供のころとかの古い着物だったのだろうか?
「私この店には良く来るの。今日も春に辞めたお手伝いさんに貸してた仕事着を持ち込みに来たのよ」
あの重たそうな風呂敷の中身は着物なのか。
それこそご令嬢が直接ではなくお手伝いさんが運べばいいのではと思うけれど、昔からの習慣なのかもしれないし口を挿むのはやめておこう。
「それにしても、芦川さんは運動が得意そうに見えるけれど手芸もするの?」
「手芸のほうが得意なんだ。部活も手芸部に入ったしね」
手芸部、と小さく確認するように呟いているのが聞こえる。やはり意外に思われるようだ。
中学までは陸上部で短距離の選手だったけれど、作中で大会に出場するなどの活躍している描写はなかったし高校で続けても平凡な選手になっていたのだろう。
だったら昔の得意なことやってたほうがいいよね。小金にもなるし。
「……その端切れではなにが作れるの?」
「これは私が使うのには勿体ないから買うつもりはないけれど、作るとしたら簪に付ける細工とか、手触りのいいサシェとか、あとは模様を生かして帯留かな」
「まあ素敵。その着物は可哀想な着物だったから是非使ってほしいな」
可哀想、とは良くないいわくがありそうで少し嫌だ。
夜になったら泣くとかないよね?
「大した話ではないの。今年の桃の節句のお茶会に合わせて仕立てたのだけど、家の繋がりで集まった女の子の一人に泥水をかけられて、半日も着られなかったってだけで」
……お化けではないけれど怨念は籠っていそうだ。
穏やかでおっとりとした雰囲気の高梨さんがそのような意地悪をされてしまうとは、恐ろしい世界だと下手な怪談より肝が冷える。
しかしそういう事情で端切れになってしまったのなら、生き返らせてあげたいな。
高梨さんだって色や柄が気に入ったから仕立てたのかもしれないし。
これも縁というのなら、買って使うのが私の役目なのだろう。
「高梨さん、私がこの端切れを使って小物を作ったら、もらってくれる?」
「もう手放したものだから悪いわ」
「高梨さんに縁があるものだもの。姿を変えても、高梨さんのところへ帰りたがってると思う」
「そういうことなら……でもそのときはお礼させてね」
家にある金具やパーツを脳内で確認しながら会計を済ませる。
新たに買い足す必要はないけれど、作成スケジュールは組み直したほうが良さそうだ。
不慣れな素材だといつもより時間がかかるかもしれないし。
高梨さんにまた学校でと別れを告げて店を出る。
店外へ出る直前になにか言っていたような気がするけれど、聞き取れなかったし気のせいだろう。
なにかあれば学校で聞けばいいしね。
+++
スキップするように店を出ていく後ろ姿を見て思わず言ってしまった。
「ロールプレイングは好きじゃないのね」
振り向く素振りすら無かったのできっと聞こえなかったのだろう。
今後、律義に役を演じていくか迷うけれど、この様子だと恐らく物語は大きく変化する。
それなら私もあそこに近付いて、判断材料を増やすのがいいかもしれない。
しかし手芸が趣味とは、暴力系ヒロインが随分と変わったものだ。
もしかしたら演じるもなにもなくて、中身は物語を全く知らない中高生くらいの大人しい子なのかもしれない。
実際がどうであれ、私の目的の邪魔にならないなら利用はしても踏み躙ったりはしないようにしよう。
端切れの来歴を聞いて痛ましい表情を見せたあの子は、温和を装う私と違い本当に心根の優しい子だろうから。