尻軽女と文化祭準備
手芸店まで買い出しへ行けない私の代わりに用意してもらった材料を前にして元のイメージを膨らませていく。
文化祭用アクセサリーの納品が終わるまでは、私の邪魔をしないよう唯花ちゃんを絵麻さんが抑えてくれるらしい。ここ数日の唯花ちゃんとの付き合い方がわからなくなっていたからかなり助かる。
少し距離を置くことで落ち着いてくれたらいいのだけど。
なにも考えず、作ることに没頭するのは久し振りのような気がする。
作業を始めると認識できる世界が私の周囲にしか存在しなくなって、私の指先がこの世界唯一の営みになった。
原型を作って、シリコンで型を取って、シリコン型に染色したレジン液を流し込んで硬化させる。
充分に硬くなったら耐水ペーパーでひたすら磨き、番数を上げて磨き、コンパウンドで磨き、ピカピカになったあと、墨入れをするように金色の塗料を流し込み、また磨く。
合間に食事や睡眠を挟みつつ、数日かけてパーツを揃え、組み立てるだけまでいったところでようやく一息ついた。
誰にも邪魔されないひとりの時間はいいものだ。
それにしても集中していると食事の準備すら億劫になるな。
仕送りされている生活費は殆ど減らずに貯まっていて懐に余裕はあるし、買ってしまおうかしら電気無水鍋。
寝る前に材料入れて、翌日に食べれば台所に立つ時間は節約できるよね。
もし学校通えるようになったら登校前に準備して夕飯にしたりとかもできるわけだし。
いやでも料理は気分転換の側面もあるし。悩む悩む。
色んな人の助けのもと今の状態が成り立っているのはわかっているけれど、このまま誰とも関わらずにいられる時間が続けばいいのに、と思う。
少し人間関係に疲れてしまった気がするし、この作業が終わって納品したらまたやってくる喧騒を少し煩わしく思う。
恐らく自分の対人スキルがダメなだけで、普通の人ならそんなことは思わないのだろう。
キャパシティの狭さに嫌になる。
気分が落ち込んできたので自家製ジンジャーシロップをお湯で割って飲む。
こういうときは物理的に体を温めてしまったほうがいい。
今日は夜更かししないで早く寝よう。
うだうだするくらいならリセットかけたほうが作品のクオリティ上がるしね。
葡萄の房はきらきらと紫と金に輝いて、落ちていきそうな深い青空を飛ぶ白い鳥が、たわわな果実を狙う。
そんなデザインのリボンフックを必要数揃えて絵麻さんに納品する。
「これはなかなか……文化祭終わった後に引き取り希望者募ったら争いが起きそう」
「一応これで小金稼いでるからねー」
「やっぱり抽選かなあ……オークション形式はやめておいたほうがいいかも」
「材料費出してるのは絵麻さんなので文化祭終わった後はご自由に」
「……ちょっとくらいは文化祭覗きにくる? 脚傷めてるからやめておく? もし来るならうちの女性SP付き添わせるけれど」
本音を言えばとても行きたい。
でも先生や同級生を見て怖がってしまったら申し訳ない気がする。
「文化祭は来年も再来年もあるから大丈夫。きっと来年は手芸部の展示もパワーアップさせるんだから!」
「きっと来年には私たちもスキルアップしてるしね。春になったら新入生とか勧誘してもっと大きくしなきゃ」
「そうか、あと半年もしないうちに進級するものね。新入生も入ってくるなら早く学校通えるようにならないと」
私がそう言うと、絵麻さんは困ったように笑った。
「焦らなくても居場所はちゃんと残しておくよ。私も他の部員も、部長は鹿波さんじゃなきゃ嫌なんだから」
文化祭の初日に、明人君がクラスの写真を送ってきてくれた。
絵麻さんから頼まれたのとは別に自分で用意して絵麻さんに預けた造花のメイドカチューシャをみんなが着けている。
勿論頼まれたリボンフックもピッタリと胸元に収まっている。
私はそこに居ないけれど、ちゃんと参加してるね。
クラスの喫茶店はなかなか盛況らしく、明日は土曜の一般公開日で他校の人や保護者や中学生も来るから今日以上に忙しくなりそうだ。
「やっぱり自分の目で見たかったかも」
明日文化祭が終わったらクラスメイトたちが私と話したいらしく、ビデオチャットができるか明人君に尋ねられる。
画面越しなら男子も大丈夫、なのかな?
テレビで男性を見るのは大丈夫だから恐らくいけるだろう。
これがきっかけになって快方に向かうかもしれないし。少しずつでも学校を安全な場所だと思い込めれば、あとは登下校をなんとかすることで学校に戻れる気がする。
私も話したいと返して、明日は久し振りに身だしなみを小綺麗にすることにした。
顔にまだ残るアザは随分薄くなってきたけれどカメラに映ってしまうだろうか?
心配かけないよう念の為コンシーラーでアザを隠したほうがいいね。
詳しい時間は後で連絡してもらうことにして、久し振りに自分の世界が広がる予感に心を弾ませる。
煩わしくても怖くても、私は結局のところ人間が好きなのだ。世を捨てて人と関わらずに生きてなんていけないだろう。
そう再確認してしまったからには、今以上に努力はしなければいけない。
年が明けたら登校できるように、病院で心を鍛える方法を相談してみよう。ショック療法でも催眠療法でも、なんでもできることはしてみなければ。
秋は深まり、もうすぐ長い冬がやってくる。
ピリッと寒さが張った冬の朝に、教室のドアを開けてたら、クラスメイトや友達はどんな顔で迎えてくれるだろうか?
今朝は近所で開催されたマルシェに行きました。
屋外イベントなのに消毒と検温があってしっかりしてるなあ。
西洋野菜も色々ありましたけどパースニップは無かったです。残念。




