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尻軽女は真綿で首を絞める

「本当に昨日はごめん」


 登校早々北原君に謝られて面食らう。

 どうやら朝から唯花ちゃんにしっかりと絞られたらしい。


「昨日も言ったけど、事故だし気にしてないよ。でも日直は次回からちゃんとやってね」


「んー? 事故? 日直? アッキーなんかしたの?」


 にゅっと軟体生物のように話に割り込まれる。昨日意図的に避けた麦野さんがこちらに興味を示したらしい。口では面白がっているように装っているけれど、北原君になにがあったのか気になって仕方ないのだろう。


「おはよう麦野さん。なんでもないのよ。学級日誌のときに北原君が見当たらなくて、()()()()()に手伝ってもらったの」


 一瞬可愛らしい小動物みたいな表情が崩れるのを私は見逃さなかった。本当にほんの一瞬で、すぐに元通りだったけれど。

 私が唯花ちゃんを下の名前で呼んだことが引っかかったのだろう。


「もうクラスの人の名前覚えてるんだ? びっくりしちゃった」


「まだ少しだけだよ。麦野さんも小柄で目立ってたし」


 身長差どれくらいだろうな。

 恐らくクラスの女子の中では最小と最大の組み合わせだ。麦野さんの頭のてっぺんが私の胸辺りか。

 意識して見なければすぐ視界から消えるので、視線を外して北原君と一緒に登校してきている筈の唯花ちゃんを探す。


「おはよう、唯花ちゃん」


「おはよう鹿波ちゃん」


 前髪は元通りだけど、昨日押しつけたバレッタは着けてきてきてくれたようだ。相変わらず似合っていて可愛い。

 下のほうから視線は感じるけれど気付いてないふりを続ける。

 前述の通り私は麦野さんと仲良くなるつもりがないのだ。


 唯花ちゃんの味方のふりをして北原君を狙う麦野さん。

 ふたりが正式に付き合うまでは近付けたくないけれど、ふたりと同じ中学から来ているので物理的に遠ざけるのは難しいだろう。

 理想としては向こうが私のことを苦手だな、と思ってくれるのが一番だけど。


「バレッタ似合ってるね」


「お母さんに見せたら、鹿波ちゃんのことすごく気になったみたい。センスが良くて唯花に似合ってて素敵ね、私も会ってみたいわ、だって」


「それは光栄」


 唯花ちゃんのママはどんな人だったかな。マンガにはそんなに登場してなかったと思うけれど物腰柔らかな若いママだった気がする。

 いずれ唯花ちゃんと仲良くなれば会うこともあるでしょう。そう遠くないうちにとは思っているから手土産のこと考えないと。


 下のほうでぴょんぴょんと存在を主張し始めた麦野さんはあとで唯花ちゃんに昨日のことを根掘り葉掘り聞くと思う。

 流石に事故のことは唯花ちゃんも自分の口から言うのは恥ずかしいだろうし、当たり障りのない受け答えをしてくれる筈だ。



「唯花から聞いたんだけど芦川さんって手芸好きなの? スポーツとか得意そうなのに」


 昼休み、早速唯花ちゃんから私の情報を聞いたらしい麦野さんがやってきた。

 スポーツとか得意そう、という言葉選びに悪意を感じるのは先入観かしら。


「スポーツも好きだよ。走るのも球技もそこそこできるし。手を動かすほうが好きだけど」


「へー」


 麦野さんは体育どっちも苦手だよね、とは言わないでおく。小柄だから素早そうに見えるけれど、周囲とのリーチの差を埋められるほどではなくて、どちらもやりたがらないとかね。

 ふと「下半身のバットとボールを使う球技も得意だったよ」という言葉が脳裏をかすめたけれど学び舎で言うようなことでもないな。


「私も芦川さんの作ったヘアアクセ見たいけど、今持ってる?」


「あるよ。ちょっと待っててね」


 広げたのは昨日と違うアクセサリー類。

 天然石っぽいダークグリーンを基調とした作品たちだ。使う台座は樹脂を石っぽく見せるためにちょっとアンティーク調に寄せてある。

 麦野さんは私服がユニセックスなカジュアルだけど、それは弟妹へのお下がりにするためで、本当はこういうアンティークな女の子らしいデザインが好きなんだよね。今日は麦野さんに絡まれそうな気がして、あらかじめ用意していたものを持ってきて正解だった。

 しかし好みを隠しきれず目を輝かしているのは少し可愛いかもしれない。


「これ着けてみてもいい?」


「ごめん、これ全部もう買い手がついてて、今日梱包して発送するやつなんだ」


「えっ」


 前世で使っていたような個人向けネットショップと似たようなものがこちらにもあって良かった。

 まだ始めたばかりで有名ではないけれど、反応を見るといけそうな手応えは感じている。


「これ私のショップカードね。ここに作ったやつ並べてるからよろしくー」


 家の事情でバイトができない麦野さんにとっては酸っぱいブドウになるかもしれないが、今のところ私は家の事情なんてなにも知らない善良なクラスメイトなので営業スマイルを浮かべながらカードを差し出した。


「……そう、あとで見てみるね」


 それでもショップカードを受け取る辺り、まだ目の前に並ぶアクセサリーたちに未練があるのだろう。

 私に無料で作れと言わない辺り良識はあるとは思うので、正規のお客さんとして注文が入ったらクラスメイトのよしみで送料くらいはまけてあげよう。



 ところで鹿波が次回北原君に暴力を振るうのっていつだっけ?

 他のキャラについてはわりと覚えているのだけれど、鹿波についてのイベントは記憶にところどころ穴がある。

 暴力を振るわなかったことでストーリーとのずれは出てくるだろうし、段々参考にならなくなっていく筈だからイベントについてはそこまで気にしないほうがいいかもしれない。


「芦川さん、ちょっといい?」


 HR後に暴力のことを考えてたら北原君がやってきた。いいタイミングなのか自分から暴力に向かっていくタイプなのか。


「今度、その、唯花に昨日やってたみたいな髪型の作り方を教えてほしいんだけど」


「……可愛かったもんねえ。もっと落ち着いて近くで好きな子見たかったよね北原君?」


「そ、そんな、好きな子とか」


 バレバレじゃん。早く付き合え。

 私がニヤニヤしていたせいか、自分の慌てぶりに気付いたのか、わざとらしく咳払いをひとつ。


「昨日今日の付き合いでそんなの言い切れるわけないだろ」


「じゃあそういうことにしておくね。それで、教えるのはかまわないけど、どうやって教えればいいの? 唯花ちゃんの髪質はさらさら過ぎて扱いにくいから本人で練習するべきだと思うけど」


 なにも考えてなかったって顔してる。

 本人にやりたいのに、本人で練習するのはやはり気恥ずかしいのだろう。

 確か北原君は歳の離れた妹さんがいたよね? 妹にやってあげたいって名目なら本人で練習しても不自然ではないか。


「……今度唯花ちゃんに髪いじらせてもらう機会があったら呼ぶから、連絡先交換しとく?」


 鹿波になってから男の子と連絡先交換するの初めてだなあ。

 というか中学まで孤高だったから同級生のアドレス自体殆ど登録されてないのだけれど。

 昨日唯花ちゃんにも教えてもらってるし、入学してからは良い感じのペースだ。

 男友達だらけだった生前とは逆に女友達ばかりで埋めたいな。



 翌日、先輩方による部活紹介があり、現在手芸部が幽霊化しているのを知ってしまった。

 先生に聞きにいくとちょうどこの春に卒業した手芸部員が唯一の部員だったらしい。

 ただ、新規で立ち上げずとも元々ある部活なので活動人数とかは気にせずに入りますと届け出れば手芸部員になれるようで安心する。でも一緒に部活見学したかったなあ。

 今年私だけの入部なら本来先輩がやる予算申請とか活動計画とかも自分でやらないといけないらしいけれど、先輩が存在しないなら計画を立てるのは逆にやりやすいかもしれない。

 運動部から変な勧誘を受ける前にさっさと入部届けを出しておく。これで私が暫定の手芸部部長だ。

 担任に一番乗りか、と苦笑されながら顧問の家庭科の先生を紹介してもらい、活動場所も聞いた。てっきり家庭科室が使えるものだと思っていたけれど、そこは料理部が使うため、手芸部は技術室を使うらしい。家庭科室ほど数が揃ってはいないけれど、技術室にも鍵付のミシンがあるとのこと。顧問の先生も兼任だから火を使う料理部のほうを見ることが多いとか。

 刺繍とかパッチワークは普段はあまりやらないけれど嫌いじゃないし、しばらく真面目に手芸らしい手芸をやって、そのうち予算で硬化用UVライトを買わせてもらおう。サンプルに帯留を作って見せれば、先生受けは悪くない気がする。

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完結済み前作です。
ゲームで育てた不人気作物パースニップでみんなを元気にしてあげる
VRMMOで成人女性が農業したり育てたマンドラゴラに振り回される話です。
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