ヒーローは両手に花を抱く
北原君視点です。
「会わないうちに誰かと寝た?」
久し振りに鹿波さんを堪能していると、ふいにそんなことを言われ、心臓が跳ねる。
勿論心当たりはあるからだ。
「触り方が前とちょっと違うから、そんな気がしただけ」
ただの確認であるかのように言う。
実際嫉妬もなにもなく、そう思っただけなのだろう。
「お盆中に……唯花と」
途端に眉を吊り上げて、腕の中から逃げ出そうとするのでしっかりと抱き寄せる。
背が伸びて筋肉も以前よりついたためか、前回より小さく感じる鹿波さんを留めておくのもやりやすい。
「私、彼女持ちとは寝たくないのだけど?」
「まだ付き合ってるわけじゃないんだ」
「なに? 無理矢理唯花ちゃんを抱いたの?」
「違うって」
むしろ逆だ。
どちらかといえば俺が襲われたほうである。
しかし疑わしげな冷たい視線を上手く納得させる方法が思い浮かばない。
「後でちゃんと説明するので、今はコッチに集中させて」
折角久し振りに肌を重ねたのだ。プール疲れもあるし、ゆっくり味わうように堪能したい。
唇を重ねて、深く繋がると、彼女は渋々といった様子のまま身を任せてくれた。
なんだかんだと言いながら鹿波さんは優しい人なので、多少の誤魔化しはこうやって許してくれるのだ。
さて一体どこから説明するべきだろうか。
事の起こりはお盆に親の帰省についていき、成長痛で田舎の自然を楽しめない俺がひとり早帰りする、そんなタイミングだった。
俺が帰るなら心配だから唯花も一緒に帰ると言い、親もふたりのほうが安心だと言うので、俺と唯花だけで電車に乗って家まで帰ってきた。
家に着いて、なんともなくいつも通り、俺の部屋でだらけていると、唯花が突然言い出したのだ。
「いつも鹿波ちゃんと、なにしてるの?」
「なに、って?」
「アキト君が鹿波ちゃんを見る目が日々どんどん熱っぽくなっていけば、いくらぼんやりした私でもわかっちゃうよー」
別段不機嫌な様子もなく、ふにゃっと笑いながらそんなことを言う。
「してるんだよね? 鹿波ちゃんのこと、いっぱいいっぱい愛してるんでしょ?」
「……そうだよ」
そこは誤魔化しようがない。
別に恋心を隠し偽る必要なんてないのだから。
「私も、鹿波ちゃんが大好き」
「知ってる」
「アキト君は知らないよ。だってアキト君と同じくらい鹿波ちゃんが好きだもの。私の世界にはアキト君と鹿波ちゃんと私がいればいいの。これからも大人になってもずっと3人でいたい」
気が付けば、唯花が触れられる距離にまで近付いていた。押し戻せば力の差があるから離れられるけれど、何故だか普段と違う唯花の様子に恐怖を感じて腕を伸ばすことができない。
「私もちゃんと勉強したからね、鹿波ちゃんとふたりきりのときどんなことをしてるのか、私にも教えて」
そう言って俺を押し倒し跨がる幼馴染を止める術が思い浮かばなかった結果、俺たちは一線を越えることとなった。
「鹿波ちゃんって、アキト君のこと別に好きじゃないのに、こんなこと平気でするんだね。すごい!」
肩で息をしながら、初体験を終えた幼馴染が言う。
流されてしっかりやってしまった自己嫌悪と、微塵も好きな人に想われていない現実を突き付けられた俺は泣きたい気分だ。
「ごめんね、アキト君。夏休みになって鹿波ちゃんとなかなか会えなくて、いっぱい考えたらこうするしかなかったの」
「どういうこと?」
「鹿波ちゃんは、私とアキト君が結ばれることを期待してるけど、きっと私たちが付き合い始めたら距離が離れちゃう。アキト君と沢山してたから私に申し訳ないって」
確かに彼女ならそうなりそうだ。
「私はアキト君が好きだし付き合えたらいいなって思ってるけれど、鹿波ちゃんが離れていくのは嫌。アキト君は鹿波ちゃんが好きだけど、することしてまだ付き合ってないのは鹿波ちゃんからなんとも思われてないからだよね? きっと鹿波ちゃんを想う限りアキト君は私と付き合う気なんてないでしょ。だったら、3人で付き合えば上手くいくと思わない?」
その提案は自分の予想を遥かに超えるもので、すぐには受け入れがたいものだった。
「一応、絵麻ちゃんにも確認したのよ? 休み前に付き合いそうだった男の人ってどうなった、って。そしたら鹿波ちゃんを怒らせちゃってそれきりなんだって。だから鹿波ちゃんは今完全フリーだし、このタイミングしかないと思うの」
ああ、あのデコイの人か。
大方鹿波さんに本気で惚れて勢いで告白してしまったのだろう。
殆どの人間に興味を持たないあの人に何の策も持たず告白するなんて、短慮としか言いようがない。
その後に代わりの人が出てきてないのなら、確かに今は完全フリーだ。
いやしかし3人でなんて、ちょっと卑怯な気がする。あと人には言えない。
特に男友達に知られたら殺されると思う。
鹿波さんと唯花は学校でも高嶺の花ツートップみたいな扱いされてるし。
「大丈夫。だって私は鹿波ちゃんにすごく愛されてるもの。私のお願いって言ったらすぐには断らないよ」
まったくもってその通りで、想像だって簡単につくけれど、自分から自信満々に言われると若干ムカつく。
俺も唯花の小指の先くらいは鹿波さんから関心を向けられたいものだ。
冷たい視線を受けながら経緯を説明すると、流石の鹿波さんも戸惑いを見せた。
話の流れで隠していた俺の気持ちも知られることになってしまったが、それが気にならないレベルで唯花の気持ちと提案に動揺している。
「だって唯花ちゃん、昨日泊まったときだってそんなこと一言も」
「俺から話すように言われてたから」
プールで鹿波さんに話しかけているときなんて、鹿波さんの背後から唯花の視線がずっとこちらを向いていて怖かった。
余程早く話してほしかったのだろう。
「これって、どうしたらいいのかしら? 私が離れないって言ったら、ふたりで付き合ってくれる?」
「多分信じないと思うよ」
「そう……そうかもね。唯花ちゃん、結構頑固なところあるし」
そんなことを考えてるような場面ではないのだけど、こんなに余裕がない鹿波さんを見るのは新鮮だ。
可愛いから思い切り抱き寄せて、困らせてみたい。
「あ、ちょっと……まだだめ。考えが飛んじゃう」
「一度頭をリセットしたほうが良くない?」
一糸纏わぬ姿で可愛くなってる鹿波さんに、我慢がきく訳ないじゃないか。正気に戻ったら滅茶苦茶冷たくされる気がするけれど。
気持ちも知られてしまったからなあ。3人で付き合わないなら、これが最後になるかもしれない。
いつだって、これが最後になるかもしれないと思いながらしているから、いつものことだけど。
結局、踏み込まなければ大体なんでも許してくれる鹿波さんのせいで、俺はずっと諦められないのだろう。




