尻軽女の惑い
「緊張してきた」
私の手を握る力を強めながら唯花ちゃんが不安そうに言う。
今日はみんなでプールに行くので、前日うちに泊まった唯花ちゃんとふたりで待ち合わせ場所に来たけれど早く着き過ぎたかもしれない。
麦野さんと顔を合わせるってだけでこんなに不安がるならもっとギリギリでもよかったね。
「唯花ちゃんなら大丈夫」
そう宥めていると、大きめの車が目の前に停まり、中から絵麻さんが降りてきた。
みんなが乗れる車で来ると聞いていたけれどマイクロバスでよかった。リムジンみたいな車だと私も緊張してしまう。
「おはよう。晴れて良かったね」
「おはよう絵麻さん。他の人はまだみたい」
「じゃあ中に入って待ってましょう。見た目は普通のマイクロバスだけど、内装に拘ってるから快適よ」
確かに外で待つより快適そうなのでそうさせてもらう。
車内は明るい色の木製っぽいパネルで運転席と座席が区切られて、そこには映画観賞に向いていそうな大きめのモニタが埋め込まれていた。
普通のマイクロバスより座席数を減らしているせいか思ったより広々としていて、ドア側には冷蔵庫まである。個々の座席もいいやつなんだろうな。
「冷蔵庫の飲み物は自由に飲んでね」
「ありがとう」
もしかして結構プールは遠いのだろうか?
高梨家のプールだし、敷地内ではないにしてもそんなに遠くはないと思っていたけれど。
まあ、自家用プールなら混まないし、多少移動時間がかかってもゆっくり遊べるか。
しばらくすると窓の外に北原君が見えた。絵麻さんも気付いたようで車を降りて出迎えにいった。
しばらく外のふたりの様子を眺めていると麦野さんもやってきたようだ。
しかしなんだろう、違和感があるような?
麦野さんがいつもより小さく見える? 車の窓が湾曲してるのかしら?
おっと、それどころじゃない。
緊張してる唯花ちゃんの手助けをしなきゃ。
外から乗り込んできた麦野さんと目が合ったので、私から声をかける。
「おはよう麦野さん」
「おはよう。今日は誘ってくれて……ありがとう」
「……おはよう、鈴ちゃん」
降りかかる唯花ちゃんの声に、麦野さんが小動物のようにびくりと体を震わせた。
それから迷いを見せながら、意を決したように口を開く。
「おはよう……唯花」
これでいきなり仲直り、というわけではないけれど、最初の歩み寄りとしては悪くない。
車に乗り込まず、ドアのそばでふたりを見守っていたらしい北原君と目が合って、頷き合う。向こうもそろそろこういうタイミングだと思っていたのかもしれない。
絵麻さんによるとプールは県西の温泉地にある高梨家別荘にあるらしい。日本のあちこちにありそうだな別荘。
県内だからそこまで遠くはないけれど、本邸の車で行ったほうが色々スムーズだとか。
門に登録車識別のセンサーとかそういうのがあるのかな?
少し傾斜のきつい道を抜け、立派な門構えの別荘に着くと早速プールに案内された。
「屋内プールは温水だけど、今日は暑いし屋外でいいかしら? 大きな遊具は揃ってないけど」
「個人所有でウォータースライダー設置されてたら充分だと思うよ絵麻さん」
プールはいくつかにわかれていて、普通の学校にあるような直線的なプールと、ウォータースライダーが設置されている円型のプール。水深が浅い子供用プールや、浮島がある池みたいなプールもある。
早速着替えて準備運動を行う。
人の目がないので先日の買い物の際に唯花ちゃんにはビキニを買うように勧めた。実際着脱は楽だしね。
涼しげな青の波柄ビキニに水色のラインストーンがワンポイントでついていてちょっと大人っぽい。
私はレースっぽい白キャミソール付きの黒ホルターネックワンピースにした。女子高生らしく多少は可愛らしい感じにしたかったし。
絵麻さんは短パンタイプのヒマワリ柄タンキニか。羽織っているビーチカーディガンがひらひらしててきれいだね。私もビーチカーディガン欲しいな。
麦野さんは胸が大きく見えるような黒いリボンとフリルのついたダークグリーンのふんわりビキニ。流石に水着は妹のお下がりにしないのか自分好みのデザインで買えるようだ。
こうやって揃うとなかなか目の保養になる。今とても防水カメラが欲しい。そう思いながらそっと絵麻さんへ視線を向けると、頷きながら親指を立てた。
これはSPさんか使用人さんが隠れて写真撮ってくれているね? 唯花ちゃん多めでお願いします。
男子の水着は面白みもなにもないので割愛。
普通の海パンだったよ。
しかし、やはり違和感……と不思議に思っていると、北原君が近寄ってきた。
「鹿波さん、水着似合ってるね」
「そうでしょ。唯花ちゃんと一緒に選んだから唯花ちゃんのお陰ねきっと」
そう言いながら北原君を見上げ、気付いてしまった。
「最後に会ったのって先月末辺りにみんなを家に呼んだときだった?」
「確かにしばらく会ってなかったなー」
最近背が伸びてきてるとは思っていたけれど、いつの間に私の背を追い抜いたの?
ということはこの前、唯花ちゃんが言っていた筋肉痛やら関節痛やらは成長痛だった?
私の記憶の中にある少年っぽさが強かった柔らかな顔立ちは、身長が伸びるとともにやや精悍になっていて、これから大人の男性へと変わっていく気配が見て取れる。
少し、知らない人みたいだ。
「やっぱり鹿波さん追い越してたか。今月入ってから妙に体が痛くて、家族からは背が伸びたって言われたけどあまり実感なかったけど、鹿波さんと比べたらわかりやすいな」
「かなりびっくりしたよ」
心のどこかで背を伸ばしても追い抜かれることはないと思っていたから。だって卒業まで身長差が変わるような描写はなかったもの。
ああでも今、それは成ってしまった。
別に背以外のなにかが逆転したわけじゃない。背を追い越したからといって、北原君はいきなり変わってしまうような人ではない。
だけど、だけど、どうして私は怖がっているのだろう。怯えているのだろう。
「今日はまだ成長痛が残ってるかもしれないから、無理せず楽しく遊ぼうね」
精一杯の虚勢で震える心を隠して、私は笑ってみせた。
ちゃんと自然に笑えているか、誰か教えてほしい。




