山田さん(仮名)の体験談再現VTR
これはある日の図書館での、そこに働く司書の、あくまで個人的な体験談です。
これはかつて私が司書として勤めていた図書館での体験です。
その頃、図書館の周辺の小学校では怪談や未確認生物などの話題が流行っており、そういった種類の本を探して図書館に来る子供たちで放課後や土日の休日には児童コーナーはたくさんの子供たちでにぎわっていました。
そんなある日。
「ねえ、お姉さん」
絵本の整理をしていた私に4年生くらいの女の子二人が話しかけてきました。
「なあに?」私は書棚を整えていた手を止めて女の子達に微笑みかけました。読みたい本が見つからないのかしら、と思いながら。
けれど女の子の口から出たのは意外な言葉でした。
「子供用トイレにおじいさんがいるの」
え?思わず聞き返しました。児童コーナーのトイレはごく小さいお子さん用に作ってあるため、小学生でも高学年になると使いずらいほどで、大人が使うことはできません。
次の瞬間、変質者が入り込んでしまったのか、と私は緊張しました。児童コーナーに子供を一時的において一般コーナーに自分の読む本を探しに行く保護者もいて、そういうすきを狙ってくる変質者もいるとほかの図書館との交流事業の際に聞いたことがありました。
怖い、と思いましたが、職員である私がまず確かめねばなりません。
子供用トイレに向かうと女の子たちも私の後ろについてきました。
「どなたかいらっしゃいますか?」声をかけながら入り口から入り、個室を一つ一つ覗きましたが、誰もいませんでした。
「今いたのに」
女の子たちは不思議そうな顔をしていました。
きっと、私を呼びに来た間に出ていったんだよ、と笑ってその場を済ませました。
けれどそれからも「トイレに若い男の人がいた」「中学生くらいの男の子がトイレの個室から出てきた」という利用者の、それもお母さんたちからのクレームが相次ぎ、とうとう警察も来て児童コーナーを調べる騒ぎになりました。
最初の、おじいさんがいた、の一件の時から不思議だったのですが、児童コーナーは土日以外はほとんど小学生か、小さな子供を連れたお母さん、といった人しか来館せず、異質な人が来ればすぐに目につくはずでした。なのに職員はクレームを聞くまで誰一人そういった侵入者の姿を見ていないのでした。
警察も児童コーナーの入り口は一か所しかないことを確かめると帰っていきました。
「ねえ、山田さん」その警察を見送った後、私の同僚のA子が思いついたように言いました。「これってだれかが都市伝説を広めようとしてるんじゃないの?」
考えてみれば小学生たちが夢中になっている本は不思議系のものばかり。そういったものを読んでいるうちに想像力が高まって、そんな遊びを始めたのではないの、とA子は言いました。
「でも、大人は?」私は中学生を見た、と言ってきた母親の顔を思い出しました。
「もしかしたら自分の子供が言ったことを何か勘違いしたんじゃないの?」
そう言うA子に、私も、そうかもしれないな、と思いました。
いえ。そうであってほしいと思っていたのかもしれません。
ある雨の日にカウンター内で貸し出し業務についていた私に、年配の女性から書庫にある本を利用したいと言われました。私は書庫に入りその本を探しに行きました。
目的の本は書庫の一番奥の棚にある番号だったので私は奥深く進みました。
そこは、ほとんど誰にも思い出されることも求められることもない本たちが眠っている場所でした。書庫は広く、薄暗く、そして寒く、ほかに誰もいません。
「えっと……あった、これだ。英国式作……」
そのときもうすぐ閉館時間であることを告げる音楽とアナウンスがいつも通り館内に流れ始めました。
――皆様、本日は閉館となります。本を貸し出しご希望の方はお早めにカウンターにお越しください――
その時私の頭のすぐそばではっきりと声が聞こえました。誰もいないはずの、そう私一人の書庫の奥で。
「え、もう終わり?」
後に、そういった方面に詳しい方に聞いた話なのですが、学校などでたびたび怪奇現象が目撃されるのは、すでに亡くなった方々の魂がさまよっている、というばかりではなく、「あそこに行きたい」と思う、生きてある人々の思いが体を抜け出しその場所を漂っているからだということです。図書館などの公共施設もそういった人の思いが集まる場所なのかもしれません。
お読みくださってありがとうございました。