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第3話 鳥の唐揚げ

「で、その美味いメシ屋ってのはここの事か?」


「ああそうさ! とびっきりに美味いメシ屋さ!」


「ハァーア。よりによってこの店かよ」


「ラル、ごちゃごちゃ言わずに1回入ってみろ。今までの料理なんて料理と呼べないレベルだぞ」


 1日の仕事が終わったので夕食をとるついでに飲みに行こうと2人は店を訪れた。1人はテンションを上げながら、1人はテンションを下げながらドアを開ける。


 チリンチリンという鈴の音と共に、2人は中へと入る。




「いらっしゃいませ」


「店主、俺とコイツにナマビール1杯ずつ、それと俺に鳥の唐揚げを1皿くれ」


 すっかり慣れたという調子でマクラウドはイスに座りつつ注文を飛ばす。


 これから絶品料理が来るであろうことがわかっているのか、目は輝いていた。


「おいマクラウド、ナマビールって何だ? それに鳥の唐揚げなんて……」


「この2つは相性抜群でスゲーうめえぞ。この俺が言うからには間違いはないぞ」


「ふーん。まぁ庶民相手の店ならあるだろうが……何だこりゃ!? この店は鶏のから揚げごときに銅貨25枚も取るのか!?」


 メニューに書かれた値段を見てラルは怒鳴り声に近い声をあげる。




 この世界の鶏肉は、卵を産めなくなるか子種が尽きる程年老いたのを廃棄処分同然で処理したものが普通だ。


 最初から肉をとるために育てられる豚や狩人が取ってくる野生の獣の肉に比べれば味は大きく落ちる。


 同じ理由で固くて臭い「サンダルの底」などと言われる牛肉ほどではないものの、うまいかまずいか。と言われれば間違いなく「まずい」方に入る。




「ラル、騙されたと思って食ってみろ。今まで食ってた鶏肉なんて全部忘れろ。あんなのただのくず肉だぜ?」


「うーむ……そこまでいうなら食ってやろうじゃないか。オイ店主! 俺にも鳥の唐揚げを1皿くれ!」


 マクラウドに続いてラルも注文を飛ばす。


「さて……どんなのが出てくるか楽しみだな」


 不敵な笑みを浮かべながらラルは待つ。まずかったら金は払わないぞ。と思いながら。少し待つと店主がガラス製のジョッキを持って彼らの前にやってくる。


「お待たせいたしました。先にナマビールをお出しします」


「お! 来た来た!」


「ふーん。こりゃエールか?」




 ナマビール……「よく冷えたエール」とだけ書かれたその酒は銅貨で10枚はするという庶民からしたらだいぶ値が張るもの。


 そりゃ初夏の今頃じゃあ冷気の魔法でも使わない限りこんなに冷えたエールを出すのは無理だろう。


 ただ、冷やす手間賃としても高すぎるし、そもそも冷やす意味が分からない……。ラルはそう思った。


「そりゃキンキンに冷えてるけど……手間賃取りすぎなんじゃねぇのか?」


「まぁいい。飲めば分かる。一口飲んでみろ」


「分かったよ……!? 何だ!?」




 一口飲んで驚いたのは、そのうま味。


 材料に混ぜ物が入ってるわけではなく、また水で薄められているわけでもない濃厚なうま味、そして圧倒的なコクとキレ。


 エールとは書いているが今まで飲んでいたエールなんか(かす)んで見える程、別次元のものであった。


 そのただでさえ美味いエールを冷やすことで苦みが抑えられ、のどごしが格段に良くなる!


 今が暖かいというよりは少し暑い位の陽気というのを差し引いても、絶品と言える味だ。


 これだけの酒を前にしたら、やる事はただ一つ。ジョッキをあおり、グビッグビッと音を立てて喉へ流し込んでいき……


「ぷっは~!」


 一気に飲み干した。




「ちょっと待てよ! これがエールか!? これがエールってんなら俺が今まで飲んでたのは牛のションベンだぞ!?」


 こんな美味いエールがこの世にあったのか! という衝撃と共に感想がはじけ飛ぶ。そんな興奮の収まらないラルの前に、ことりと皿が置かれる。


「おまたせいたしました。鳥の唐揚げになります」


 ラルの目の前に出されたのは茶色い塊が5個。


 これだけ美味い酒を出す店だ。メシもまずいわけがない。不安は消え、期待がぐんぐんと高まる。


 フォークで手近な1個をざくりと刺し口の中へと運ぶ。




 そしてラルがから揚げを噛んだ瞬間、じゅわりと肉汁があふれる。いや、はじけ出ると言っていいくらいの勢いだ。


 そしてその肉も、鶏肉とは思えない程柔らかかった。しかも柔らかいと言えどただ軟弱というわけではない。


 柔らかく、それでいてしっかりとした歯ごたえを残すほどの芯の強さも持っていた。


 噛むたびにうま味を秘めた肉汁が口の中に解き放たれ、未知だが美味い事だけは確かな調味料で味付けされた肉、そして衣と共に口の中で踊っていた。


「……うめぇ」


 それだけしか言えなかった。と同時に腹がはしたない音を立てる。


 恐ろしい事に飲み食いして物理的にはある程度腹がふくれたはずだったのだが、むしろ腹が減ったように感じた。


「て、店主! 鶏のから揚げをもう1皿くれ! あとナマビール、とか言ったか? それももう1杯追加だ!」


「はい。お客さんずいぶんと気に入ったようですねぇ。少々お待ちを」




 結局ラルはナマビールをジョッキで3杯、鳥の唐揚げを2皿平らげだ。


「うへぇ~」


 夜の街をラルはちどり足で歩く。あの店のナマビールなるエールは濃厚で美味い。


 普段水や混ぜ物で薄められてるエールを飲んできたラルにとってナマビールはいささかアルコールが強すぎた。


 それで見事に酔いつぶれてしまった。




「なんらこれぇ~? 世界がゆがんでみえるひょ~」


「ったく、しっかりしろ。飲み過ぎだ」


「まくらうひょ~、何いっれるんひゃ~。おれはよっちゃあいねえひょ~」


「分かった分かった。大人しく歩け」


 泥酔した相棒を担いで、マクラウドは夜風に当たりほてりを冷ますのだった。




【次回予告】

乳がんで若くして逝った伯母からもらった魔法の靴。その靴は本当に魔法を秘めていた。


第4話「魔法の靴」

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