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悪魔

 絹旗凛は、悪魔である。


 そう言われているのを、先輩の刑事たちからこれまでに何回も聞いた。そしてそれは、概ね正しいことのように思える。

 生物学的な話をすれば、絹旗凛は間違いなく人間である。所謂悪魔と呼ばれる存在ではない。間違っても黒い翼だのツノだのは生えていないし、特に堕天した存在というわけでもないだろう。

 それでも、彼女が悪魔と呼ばれるのには理由がある。

 絹旗凛は、極めて優秀な刑事である。過去に、何件もの難事件や怪事件を解決へと導いている。その手腕は非常に鮮やかであり、真実を見抜く洞察力と推理力に長けている。どんな小さな情報も見逃さないし、それらから組み立てられる論理は聞いていて唸らされるものばかりだ。

 その一方で、彼女が首を突っ込んだことで事態が泥沼と化した例も少なくない。彼女は、見抜きすぎるのだ。本当なら露見しなかったはずの悪意まで表に引きずり出してしまうため、関係者たちの人間関係を破壊してしまうこともしばしばあるのだという。それが事件と関係しているか否かに関わらず。

 その上、彼女はそれを楽しんでいるような節がある。名前とは裏腹にニヤニヤとした気持ちの悪い笑みを浮かべ、相手を逆なでするような言い回しを好む。彼女はわざと他人の人間関係を壊しているのだと、ある先輩刑事は言っていた。真実という極めて強力な武器を用いて、人の絆を断ち切っているのだと。


 そんな彼女と組まされるようになったのは、つい最近のことである。念願の捜査一課に配属されたはいいのだが、まさか女性と組まされることになるとは思っていなかった。


「あなたが涌井涼介巡査ね。どうぞよろしく」


 そう言って右手を差し出した彼女の顔は、すでににやけていた。何がおかしいのだろうと、不審に思ったことをよく覚えている。笑ってさえいなければ、美人で通りそうなものなのに。


「気をつけろよ。あれは悪魔だ」


 別の先輩からそう言われたのも、その日のことだった。その時は意味がわからなかった。その意味を知ったのは、最初の事件を解決させた時だった。

 事件自体は非常にシンプルなもので、痴情のもつれによる殺人事件だった。問題は、第一発見者の男性にあった。彼は仕事でその場所を訪れたと証言していた。それ自体は嘘ではなかったのだが、一部隠されたことがあった。彼は、仕事と同時に、浮気相手とも会っていたのである。この事実は、事件とは何の関係もないことである。しかし、絹旗はこれをすぐに看破すると、事件の真相を語るのと同時に、彼の夫人の前でそれを明らかにしたのである。当然、夫人は激怒。彼らの関係は事件と関係のないところで縺れ、ついには離婚に至ってしまった。

 もちろん、浮気はいけないことである。悪と言ってもよい。そんなこと、小学生だって知っている。しかし、それを関係ない刑事が告発するなど、あっていいものだろうか。俺は絹旗にそう問うた。絹旗は答えた。


「私は可能性を提示しただけ。それで別れるならそれだけの関係だったってことよ」


 底意地の悪い表情に、ゾッとした。こんな人間が自分のバディなのかと恐怖し、嫌悪した。

 

 絹旗凛は、悪魔である。

 真実を盾に、人間を暴いていく。


 俺の前任者は、彼女に耐えきれず精神を病んでしまったらしい。それを聞くと、もしかして俺はスケープゴートなのではないかと、上司たちを疑ってしまう時もある。

 だが、俺は彼女に負けるつもりはない。悪魔だろうがなんだろうが、俺の邪魔はさせない。俺は登りつめるのだから。刑事のトップへと。

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