ダンスと情報とむずむず感
「それではシャルティア様、ダンスにお誘いしても?」
「は?」
「じゃあ私も学友たちに挨拶回りでも行こうかな。」
「お兄様たちだけズルいですわ!」
「ヴィヴィは社交デビューはまだだしね。あと2年の我慢だね。」
不満そうに頬を膨らませるヴィヴィアナ様も可愛らしい。
王族とはいえ社交デビュー前の女性が会場を周るのはご法度だ。
この国でのデビューは14歳からなので、現在12歳のヴィヴィアナ様は殿下たちの言う通りあと2年の我慢になる。
「というか、エド殿下?今、ダンスとおっしゃいました?」
「うん。言いましたよ。」
「まさか王族席からエスコートとかしませんよね?」
「何か問題でも?」
問題しかないわぁぁぁぁ!!!
まだ殿下たちが王族席にいることで、自分の家の令嬢を紹介しようという貴族たちがわんさか並んでいるではないか!
気付いて・・いるよなぁ。その相手をするのが面倒なことも分かる。
だが私を巻き込まないで欲しい。
「ふふ。エド殿下、分かっておっしゃっているのですか?」
少し鋭い目つきで皮肉気に言うも
「貴女と踊れることをとても楽しみにしていたんですよ。どうかこの私と踊ってはいただけませんでしょうか?」
あ、これは梃子でも話し聞かないやつではないか?
それに王族主催の夜会で王族からの誘いを断れるはずもない。・・・コノヤロウ
「ダンスなんて何年振りでしょうか・・・足を踏んでしまうかもしれません。」
「貴女に踏まれたとて問題ありませんよ。」
実に良い笑顔で言うと、腕を差し出してきたので仕方なくそこに手を回す。
ざわっ
あぁ・・ほらみろ。会場が俄かにどよめいたではないか・・・
「では参りましょう。」
周りの事など全く気にした様子もなく、エド殿下はそう言うと陛下に軽く声をかけダンスフロアの方へ歩き始める。もちろんエスコートされている私も必然的に動くことになる。
会場の突き刺さるような視線と我が家族の生温かい視線を一身に受けながらフロアへと降り立った。
精神的な拷問である。
曲の合間にダンスの輪の中へ入り踊り始めると更に視線が突き刺さる。
私のミスを見逃さんというばかりだな・・・どうせ「軍事ばかりでダンスはお苦手のようですわね」とか言いたいのだろう!分かっているわ!
「本当にブランクがあるのですか?とてもお上手ですよ。」
エド殿下はそう声をかけてくれたが
「今話しかけるな。記憶を辿るので必死だ。」
「身体は動きを覚えているようですけどね。流石です。」
必死のあまりついいつもの口調に戻ってしまったが、音楽や周りの音で他には聞こえないだろう。
エド殿下の余裕そうな態度でリードするのが気に入らん。
しかしこうダンスで近くにいることで気付いたのだが、いつの間にか私より身長が高くなっており日頃から軍部で扱いているので服の上からでも均整の取れた体つきと分かるうえに整った顔を見上げる形―これが令嬢だったら即落ちだろう―幼い頃から知っている為か、王族として立派に育っているな。と感慨深いものもある。
もし私がもう10歳・・いや、もう少し歳が近かったら婚約を素直に受け入れられたのだろうか?
・・らしくもないことを考えてしまったな。今はダンスに集中しよう。
*****
途中からは感覚が戻ってきたのか、エド殿下のリードが上手いのか、滞りなくダンスを終えることが出来た。
お辞儀をしてダンスの輪から外れようとするも、手を取られ「もう1曲踊っていただけませんか?」と手の甲へのキスと共に投げかけられた言葉には流石に困惑してしまった。
と同時にふと既視感も生まれた。
以前にもエド殿下から手の甲へのキスがあったような・・
「連続で踊るなど、それは私との婚約を周知させたいということでしょうか?お断りしているはずですが」
「そんなに深く考えないで下さい。ダンスの感覚も戻ってきたようですし、もう少しお話しがしたいだけですよ。」
本当か?だが下手にバルコニーや用意されている休憩部屋に移動して話すとなると、それこそ周囲に変に勘繰られる。ダンスならば殿下の気まぐれで済むのかもしれない・・・と悩んでいるとエド殿下は耳元に顔を寄せ「ダイアスに行かれるそうですね?」と小声で囁いた。
私は思わず顔を上げ、殿下を見るも満面の笑みで返された。
そうこうしているうちに次の曲が始まってしまったので、結局連続で踊る羽目になってしまった。
この私を翻弄するとは、なかなか良い育ち方をしたではないか。
「なぜダイアス行きを知っている?」
踊りながらも先ほどの言葉に疑問をぶつけた。
「耳にしましたので。」
と、しれっとした答えが返ってきた。
そんなはずはないだろう。この事は極秘だ。数名しか知らないことだし信用のおけるその者たちから漏れるということは決してないはず。
ということは王族直轄の暗部でも潜ませているのだろうか?
「どいつもこいつも人のプライバシーを何だと思っているんだ」
憎々しげに独り言のように呟くも「貴女の事を尊敬信頼していますが、心配もしているのですよ。」と悪気もなさそうに笑顔で言う。実に質が悪い。
「それで?私の動きに何か思うところがあるのか?」
まさかダイアス行きだけのことを言いたかったわけではないだろう
「それですが・・・」
すると音楽に合わせダンス中の動きという体で再び私の耳元に顔を近づけ―いちいち距離が近いわ!―「ダイアスから提出された書類で、鉱山からの採掘量と加工物、保管量の数字が巧妙に誤魔化されているようです。」とだけ言い元の姿勢へと戻った。
この短期間でいつの間にそこまで調べたのだ?
正直とても驚いた。
他領の書類を見るとなると結構なリスクがある為、この情報はとてもありがたいのは事実だ。
思わずまじまじとエド殿下の顔を見てしまったが
「お役に立てましたか?」
と嬉しそうな顔をされてしまい私は視線を逸らしてしまった。
屈辱だが
「驚いた。だが助かる。有益な情報に感謝する。」
素直に礼を述べた。
「私共も少し不穏な情報を耳にしてまして、そこで貴女が動いていることも知り少しでもお役立て出来ればと。」続けて「ぜひ私を頼りにしてください。」と。
感心した。まだまだひよこだと思っていたのだが、私の認識不足だったらしい。
「いつの間にそのように成長されたのだ?」
つい思っていたことが口から出てしまった。
「貴方との約束を全うすべく頑張っておりますので。貴女に認めらる信頼できる人間になりたいのです。」
エド殿下は今までより破綻と言って良いほどの笑顔に胸のあたりが少しむずむずした。
―約束―
「先日も約束と言っていたが・・」
「貴女は忘れてしまっているようですが、私にとってはとても大切なことなのです。」
殿下にとって大切なことを私は忘れているのか?
少し寂しそうな表情を見て、先ほどとは違うむずむず感が胸に広がった。