シャルロッテと軍人父
長くなってしまいました
『シャルティエ・メンフィス』
私の名である。
メンフィス公爵家の次女-最も家督はすでに長男である兄が継いでいるが-にして、シュルクーフ王国軍の少将の位に着任している。
我が家は代々軍人家系ではあるが、別に望んでこうなったわけではない。
13年前まで隣国と30年程戦争が続いていた。
幼少の頃より剣術、体術、銃の扱い、戦略、その他いろいろな事を学び-むしろ刺繍など一般的に言われる令嬢の嗜み的な物には興味がなかったのでありがたかった-、この国では15歳から1年通う貴族学校を卒業してからは当たり前のように士官学校に入学した。
士官学校卒業と同時に小隊の隊長として戦場に赴き、「貴族令嬢のお飾り士官としておとなしくしていろ」と馬鹿にする部下の兵たちを力(物理)で従え戦を乗り越えた。
部下たちには止められてはいたが先陣に立つ性分のため、重い傷を負うことも少なくなかった。
その度に身体に刻まれる傷跡に憂いはなく誇りにこそ持っていたが、貴族社会では「顔に傷のある女」「傷物を娶る物好きはいない」として陰で噂されるようになった。
私としては陰で何を言われようと別に関心もなく軟弱な男に嫁ぐ気にもなれず、軍人が性に合っていたこともあり戦後も軍に残り気が付いたからこの地位にいただけの話である。
と、長々と考えているうちに大将の部屋の前まで来たしまっていた・・・
一呼吸おいてから軽くノックをし声をかける
「メンフィス少将参りました!」
「入れ」
すぐに声がかかったため「失礼いたします。」とその部屋の中へ足を踏み入れた。
*****
机で書類整理をしていた男は軽く手を挙げ人払いをした。
顔に皺が薄くはあるが軍人らしい鋭い目つきと貫禄ある姿には憧れるものがあるのだが・・・
「閣下、公私混同はお止め下さいと申し上げたはずですが?」
ジロリと目線をやると、男は顔を綻ばせ
「だってシャルは休みの日も家に帰ってこないし、こうでもしないと顔を合わせないじゃないか~」
と緩んだ声で言った。
「いい歳をした男が「だって」ではありません。それに家督は兄上が継いでいるのです。そう家に帰るのもおかしいというものです。」
はぁと額を抑える。
憧れとか前言撤回である。
「シャルは相変わらず冷たいな~父さんは寂しいぞ!スペルアは頻繁に家に帰ってくるのに・・・」
父。そうこの軍部最高責任者で今緩い声で話しをしている男・・・私の実父だ。
顔立ちは母譲りだが、髪と瞳の色は父譲りなので疑いようもなく実父だ。
ちなみに『スペルア』とは私の姉である。とっくの昔に嫁いでいるのだが・・・
「孫もいる人間が寂しいとか言わないでいただきたいのですが。あと姉上は何をしているのですか?!」
ダメだ。またため息が・・・
「それはそれ。娘はいつまでも娘だよ。」
先ほどの貫禄はどこへやら、ニコニコとした顔で答える声にまたため息が出そうになるのをどうにか堪える。
「それで、ご用件は何ですか?」
すると入室した際までだった鋭い目つきに変えると私を見つめる。
その視線に無意識に背筋が伸びる気さえしたが、次の言葉は予想外のものだった。
「お前に婚約の話が来ている。」
・・・は?
「3日後に家に来ていただくことになったから、お前は明後日の仕事が終わったら家に帰ってくるように」
・・・え?ちょっと待て。今何と言った?
「婚約?誰がですか?」
「だからシャルに婚約の話が来ているんだって」
「ちょ、ちょっと待ってください!甥か姪の話では?」
「うちにシャルは1人しかいないじゃないか」ニコニコ
・・・婚約?私が?なんの冗談だ?!
「ち、父上!正気ですか?!!」
私の動揺を他所に「シャルから父上って久しぶりに聞けたな~」など呑気にほざ・・言っている。
貴族社会では行き遅れもいいところの私だ、まさか後妻か?冗談ではない!
私の表情から察したのか
「もちろん後妻などではないよ。お相手はきちんとされた方だ。可愛い娘にそんな酷い縁談を持ってくるはずがないだろう?」
尚更に理解できない。
「私を幾つだとお思いですか?!それでなくとも陰で何を言われているか理解されているはずです。その私に良縁などありえません!」
「シャルティア・・・私はね、後悔しているのだよ」
後悔?父が後悔することなどあっただろうか?
唐突に真面目な声で話し始めた父の顔をじっと見つめる
「お前が生まれたのは先の戦時中だ。我が家は代々軍人の家系だから子供たちにも多くの訓練を強いてきた。その中でもお前は兄弟たちの中で抜きんでた才能だったから――戦時中ということもあって訓練にも力を入れた。お前もめきめきと力をつけ・・・その結果前線へと向かったな。その時の私は我が娘ながら誇らしく思ったものだ」
はぁと一呼吸おいて父は話を続ける
「だが戦争が終わり国も安定してきた頃、お前の顔の傷跡を見て思ったのだよ「私は父親として間違ったことをしたのではないか?」と。戦ごとばかりにかまけ我が娘を傷物にしてしまったと。いくら公爵家といえど貴族内では『傷物の女性』という扱いを受け、お前に合う良い縁談という道を閉ざしてしまったと・・・」
驚いた。正直とても驚いた。
いつもおちゃらけ・・家ではのんびりしている父がそんなことを考えていたなど。
「私自身この傷は名誉によるものと思っております。後悔など1度もしておりません!それにお言葉ですが、そんな考えの貴族共の軟弱な子息などこちらから願い下げです。私には今の軍にいることが天職と思っておりますので、父上がそのようにお考えになる必要はありません。」
それでもなぁ~とため息交じりに
「結婚することだけが幸せとはもちろん言えないが、お前にも他の兄弟たちのように幸せになって欲しいのだよ」
「私は今でも十分幸せです」
「シャル・・・」
まさかここまで心配されていたのか。
だが現実は変えられない。
「ですから此度の婚約の話は――」
「あ、それはそれだからね!」
かぶせてきやがったーーーーーー!
「とりあえず明後日にはちゃんと帰って来るんだよ。来ないと兵たちに命じて無理やりにでも連れて帰るからね!」
「だから公私混同はやめろと言っているでしょーーーーーーー!!」
部屋の中では私の声がむなしく響くだけであった。