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嵐が来たりて

 

「これはグラーフ侯爵殿。貴殿も参加されていたのですね。」


 不機嫌が顔に出ないよう話しながら、さり気なくクレアを背に隠す。

 軍の中将であり侯爵でもあるこの男に大事な友人が見初められでもしたらたまったものではない。しかも人妻だ。


「えぇ。貴女も参加されているとは・・・いつもの軍服姿も凛々しく素敵だが、今宵のドレス姿の貴女もとても魅力的ですね。」

「それは光栄です。」

 まさかこの男に出くわすとは・・・先ほどから例の舐めまわすような視線が本当に気持ちの悪い。


「先ほど殿下と踊っていたようですが、是非私とも踊っていただけませんか?」

 と手を差し出してきた。

 正直この男の手など取りたくはない。

 しかしこの男の言う通り、エド殿下と2回も踊ってしまった手前、他の相手と踊らないとなると厄介なことになりそうだ・・・しかし・・・と思案に耽っているとまた別の所から声がかかった。



「貴女がシャルティア様ですの?!」



 見ると淡いピンク色のドレスに身を包んだ社交界デビューしたばかりのような栗色の髪の少女が腰に手を当て佇んでいた。深い森のような色の大きな瞳は大変可愛らしい。ヴィヴィアナ王女殿下程ではないが。


「いかにも。メンフィス公爵家のシャルティアですわ。」

 と淑女の挨拶をすると少女は「こ、公爵家・・」と少し引いたような感じだったが、すぐに気を持ち直したのか

「ご、ご丁寧に。私はダウンズ伯爵家のメリッサと申しますわ。」

 初々しいカーテシ―を披露した。


 ダウンズ伯爵家?確か軍部に所属している者もいたな・・・

「それでメリッサ嬢とお呼びしても?私に何かご用ですか?」

「ご用も何も!なんで貴女みたいなお母様と同じくらいの歳の方がエドアルド殿下と親しげにお話しして、し、しかも2回もダンスなんて踊っていらっしゃるのよ?!」

「あぁ!」

 これだ。こういう反応を待っていた!いや、これが普通だろう。

 心なしかさっきから聞き耳を立てていた周囲も「よくぞ言ってくれた!」的な雰囲気を感じる。

 しかしこのような少女に言わせて自分たちは保身している状況は非常に気に入らない。


「本当に・・・何故なのでしょう?」

「バ、バカにしていらっしゃるの?!!!」

「そのようなことはありませんよ。私のような者よりメリッサ嬢のような可愛らしい方の方が殿下にも良いと思っているのですよ。」

 初対面なのでこの令嬢の中身はどうか知らんが

「そ、そうよね!当然ね!若くて可愛い私の方が良いに決まっているわよね!お父様も私の方がエドアルド殿下の婚約者に相応しいってそうおっしゃっていたもの!!」

 あ、ダメだった。

 実に見事な()()()()()()だった。

 しかし伯爵家が王族に嫁ぐのは爵位的に難しいのではないだろうか?何を吹き込んでいるんだ父親は・・・

 ちなみに完全に忘れ去られた存在となったグラーフ中将は差し出した手をいまだ彷徨わせている。心なしか表情も険しくなったように見えるが、さすがにこの令嬢が守備範囲外であったことに安堵した。


 得意げに話しをしだしたメリッサ嬢に私とクレアは視線を合わせ苦笑する。

 私たちからして見れば微笑ましい光景にしか映らないのだが


「メ、メリッサ!!何をしているんだ?!!」

 慌てた様子で青ざめた表情の男が周りで傍観している貴族たちの合間をぬって駆け込んできた。

「お父様!いかに私がエドアルド殿下の婚約者に相応しいかお話ししていただけですわ。」

「な・・なんてことを!!メンフィス様、不出来な娘が申し訳ありません!!!」

 お父様と呼ばれた男はメリッサ嬢を庇うかのように後ろにやると、勢いよく私の前で頭を下げた。

 何かすると思われたのだろうか?解せぬ。


「お父様?なぜ頭を下げているのですか?この方に・・」

「黙りなさい。この方を敵に回しては駄目だ・・・」


 酷い言われようだが、この父親の顔を見て士官学校だが軍部の訓練だかで何度か相手をしてその貴族然とした鼻っ柱も折ってやったうちの一人だったような気がしないでもない。


「大変可愛らしいお嬢さんねと今友人と話していたところですよ。」


 私の言葉を聞き父親はますます顔を青白くし―何故だ?―

「む、娘にはきちんと教育しなおしますので・・何卒・・・」

「お父様?」とメリッサ嬢はきょとんという顔をしている。

 正直私もきょとん?だ。

 何を言っても裏目に出てしまう気がしたため、ここは早々に立ち去ろう。うむ。それが良い!


「私は可愛らしいお嬢さんと話せて楽しかったですよ。」

 かなり助かったのは事実だ。

「ですが、少し騒がしくしてしまったので私共は失礼いたしますわ。グラーフ侯爵殿も今回は申し訳ありません。」

「あ、ああ・・」

 私の言葉に父親はその場にグラーフ侯爵もいることにようやく気が付いたのか

「グラーフ侯爵様?!た、大変申し訳ありません!!」

 床に頭が着くのではないかというくらい更に頭を下げる・・なんだか可哀そうになってきたな。

「それでは失礼いたしますわね。行きましょうクレア。」

 3人をその場に残し私たちはその場を離れ、人気の少ないバルコニーへと向かった。



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