一章
べたべた恋愛同好会第三回企画・クリスマススペシャル参加作品です。
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夜十一時近く。
街中では、人の往来がほとんどなくなる時間。
夜が深くなって行く中で――俺はホテルの壁に寄り掛かり、街路樹を飾るささやかなイルミネーションを眺めていた。
「寒くなったね」
隣りから、そんな声がする。
すぐそばで同じ様に寄り掛かって、和泉は――多分同じ所を――ぼんやり眺めている。
「あぁ……。んじゃ、帰るか? 話すのは帰りながら、」
「え? あ、ま、まだダメっ! もう少し! もう、少し……」
寒さに当てられて、赤い顔でそう言う。その言葉尻は、周囲の静寂に霞んでに消えていた。
そして、うつむいてしまう。
つくづく珍しいな、和泉にしては。
「……そんじゃ。もう少し、な」
俺も出す言葉に迷って、そう言ったっきりまたイルミネーションを眺め出した。
何故。
何故、俺はこんなことになっているんだろう。
その時、俺は少なからずそう思っていた。
寒風が通り抜ける街の片隅。
電飾の光にぼやけた頭で、俺はこの数時間を思い返してみる。
思い返してみると――やはり。
あのメールが、一つのサプライズの始まりだったのかも、しれない。
〜真夜中に 君の声
「ふたりの雪が見たい」
なんて
少し とまどっていたんだ
本当は
その時――例のメールがやって来た時の俺は、これから始まる永い夜の時間に十二分過ぎるぐらいの暇を持て余していた訳で。
いや、暇だったと言えば正しくなくなる。かと言って、『空白な時間』と言ってみると変に格好を付けた表現に思える。
ただ、その時、その夜の俺にとっては、そんな言葉で表すのが丁度よかった。
薄く埃を被った笠の内側で、褐色の灯を机の上に投げ掛ける卓上灯。
その灯の下には、塀のように積み上げられた参考書、そして余ったスペース一杯に広げられたテキスト類。
夜寒の続く部屋は、元からせせこましいのがやたら狭く感じる。
そんな自室の薄暗がりに背を向けて、体を丸めて、いそいそとテキストにペンを走らせ、ようと努力する。
つまりは俺は、夜学の真っ最中、それも受験勉強の途中、と来ていた。
しかも、悪いことにはかなり進み具合が落ちた状態で。
「……煮詰まった、か、」
俺は何と言うでもなく、シャーペンを置いて自然にそう思った。
何せ、今日だけで連続十時間弱机に向かっていた。昼飯なんていうものは食ったかどうかすらもあやふやだ。
それだけ続ければ、最初万全にあったやる気も失せるというものだし、機械的に次から次へ過去問をこなす作業も、いい加減肩と腕に乳酸を溜めるだけだった。嫌気がさしていた。
もちろん、嫌気がさした所で『受験生』っていう肩書きが休ませてくれようとはしない。と言うよりむしろ、脅迫まがいのプレッシャーを音もなくかけ続けている。
もう、それにも俺は疲れていた。
「……死ねるな、これ」
冗談かそうでないのか分からないようなことを呟いてみる。ガクン、と机に突っ伏した。
俺は別段、成績が上中下の下以下、なんてことはない。中の……中か下か。地方国立なら合格圏に一応、入ってはいる。
けれども勝負の場が違う。全国に数ヶ所の旧帝国大っていう場所では俺の成績など赤ん坊同然だった。
去年受けてイタイ目を見たリベンジに、なんて理由で予備校の国立文系クラスに入った俺は、一と月立たない内に後悔した。
後は言うまでもない。
諦めて地方国立大、ましてやレベル下の私立なんて行こうもんなら、それは花咲く春に、予備校教職員の方々などからの無言の蔑みと冷笑が待っていることを意味する。
……何だろう、愚痴が過ぎたか。
ともかく受験は半端なく、体以上に神経を磨り減らす生存競争……と、誰かが言っていた。よく言ったもんだ。
だからこそ自分に鞭打ってペンを取る。けれども、もう一題分の気力もなかった。
「連続何時間勉強したんだ……俺」
すぐそれは、考えるのをよした。
ここまで、そんな溜息のような感想を呟いただけでもった。それだけでもよしとしたいものなのに。
言い訳代わりに、背伸びの一つでもする。頭が軽く麻痺でもしているのか。薄ぼんやり、痛い。
「……寒っ」
当たり前だ。十二月ももう暮れになる。
さっきから、部屋のカーテンの陰で窓の硝子がガタピシ悲鳴を上げている。ここの所、寒気が一層勢力を増したらしい。
何はともあれ、この町はもう十二月も暮れの雰囲気で満ちている。
そう、もう十二月も、終わりの方。
窓から壁のカレンダーに視線を移して、俺は一つ背伸びをした。首をから背中にかけてが酷くコキコキ言う。
着慣れた黒のとっくりのセーターが擦れて、微かに乾いた音を立てる。
「……どんな日だろうが関係ないか」
そう、どんな日でも。どんな夜でも。
一人の部屋に、独言は空しく響く。
哀愁漂ってるねぇ。
なんて、自分で言ってみたくもなる。
そんな時だったか。例のメールが届いたのは。
『和泉未歩』
送信者欄には、その四文字が並んでいた。
「和泉か……」
何だろう。和泉からのメール、か。こんな時間にメールを寄越して来るなんて……な。
俺は、少し眉をひそめて受信ボックスを開く。デジャビュ、そう思えて仕方がなかったが。
《To ひーちゃん
お久し振り。
元気にしてた?
突然でゴメン。
今、外に出れるかな?
それだけ聞かせて 》
案の定、と言おうか。俺は少しだけ苦笑した。
ほぼ用件だけをドンと並べ立てた文面。ストレート、真っ直ぐな、正直な、なんていう言葉が似合いそうな文章が液晶画面に短く示されている。
アイツらしい。
俺は、苦笑も全て消えた後、やおら返信のメールを打ち始める。
コイツはまぁ、何と言うかな。
俺が今置かれている状況を分かってこうメールをするんだろうか。
いや、和泉のことだ、自分が大学に受かったもんだからってポヤポヤと浮かれ気分でメール打ったんじゃないだろか。
と言いつつも、さっきまで置いたり持ったりしていたペンなどはとっくに机の上に放っている。
《 何で? 》
送信。
前々からだったが、俺は、送った言葉に和泉がどう返信するかを予想できたことは一度もない。
それくらい、和泉は分かるようで皆目分からない存在な訳だ。
それだけに、その時も不安は募った。いやむしろ、いつもより胸が騒いだ。
実を言えば、さっきのイヤミで言った内容なんかはどうでもよかった。
イヤミでその『不安』を、自分を騙そうとしていたんだから。
ただ、そうしてポツリと浮かんで来たある予感が、当たらないことだけを脳裏で何とはなしに望み始める。
俺が表情を神妙にする原因は……別にあった。
俺はいよいよ背中を丸くして、携帯電話の画面に目を集中する。
いつしか、背中が嫌に寒かった。
――ピピッ、ピピッ、ピピッ――しばらくしない内に、そんな電子音がする。
聞こえて、すぐ受信メールボックスを開く。
一番上、『Re:』の欄をクリックする……。
今思えば。
その時の俺は妙に急いでいたように思う、そして、内心冷静でいられたのもそこまで、だったと思う。
その時、目の前に現われたのは――たった一文で。
《 今、会いたい 》
だけ、だったから。
キーを打つ指が刹那、止まる。
……この一行は、すっかり俺から言葉を奪ってしまった。
今まで――あの時だってこんなメールを受け取ったことはない。
周りの空間が急に音を失くしたように思えた。
そして、冴えない電子音と共にもう一通のメールが、届く。
《もし、ひーちゃんが
いいのなら、
駅前のホテルに
来てね。
この街で一番早くつく
イルミネーションの
下にいるから 》
……何なんだ?
そのメールを全文確かめた時には、俺は視線が固まっていて、机の前から一センチだって動けはしなかった。
『和泉未歩』というヤツは、俺にとって分からない存在ではあった。だけれどもこのメールで、更に分からなくなってしまっていた。
そして、こんなに驚きを隠せないでいる自分も分からない。
この高々数行のメールは、俺の脳の、どこか深くに放って置かれていたスイッチをいじくってしまったらしい。
肋骨の奥辺りが妙に落ち着かない。心臓がざわつくのがハッキリと感じられた。
椅子に腰掛けている腰の辺りが薄ら寒くなり始める……。
次に正気付いた時、俺はいつの間にか玄関にいた。
着古した黒紺のベンチコートを羽織って、ポケットには財布と自転車の鍵を突っ込んで。
何の逡巡なく、次の瞬間俺は家を飛び出していた。
思うに、さっき入ったのは爆弾のスイッチだったのかもしれない。
家を出る瞬間は、全く受験どうこうが思考になかった。吹っ飛んだ、ってことだ。
そんなことして、少なからず普通じゃ平気でいられない。普通、じゃ。
駐輪場の自転車にまたがる。そして間髪置かずにペダルをギュイッと踏み込んだ。
……また、アイツのせいでなぁ。
そんな、イヤミ二つ目をペダルを踏み込みながらこぼす。脳内で。
だけども、進まない受験勉強と負け見え見えの格闘をするよりは遥かに大切なことがあった。少なくともその時は、そう感じていた。
もっと言うと、背後で何かが追い立てていた訳だ。まさしく背後霊のような、漠然とした、それでいて忘られない、『何か』が。
……ふん、まるでバカだな。
後ろで、がらんどうの家がどんどん遠ざかる。
両親への体裁はいいのか。そんなこと気にもならなかった。と言うよりその日、母さんは帰りが深夜になる、なんて言っていたし、父さんに到っては出張中だ。
受験をそっちのけにするようなバカである俺だったけれども、そんな俺にも、それぐらいの加勢は神様もしてくれたらしい。
もっとも、思い出してみると、あぁそうだったという偶然の代物かどうか分からない符合だったけれども。
いずれにしても実に助かった。
俺はそう思って更にペダルを漕ぎまくった。
その時の俺は、何につき動かされていたか正直分からない。
ただ、そのつき動かしたヤツはあの既視感を感じた頃には既に忍び寄っていたんだと思う。
それで二通目のメールで、手を変えて俺の背中を押した。
そして家を出て自転車に飛び乗った俺は、街の坂道でこうしてギリギリと自転車を漕ぎ進めている。
時間は十時少し過ぎ。
幹線道の坂道はもう人気などさらさら失せて、背高の街灯だけが白く皓々と点いて続いている。
広い坂道の両側は寺町で、寺と民家とマンションが整然と立ち並んで静まっている。
そしてその全てを覆い尽くして冬の夜闇が音もなく広がっている。
風はやや弱まったらしい。けれども、空は晴れているとは言え薄曇り、いつまた気を変えてくるか分からなかった。
ついでに言えば夜中いきなりの坂道はしんどかった。
タイヤが、歩道にへばり付いた濡れ落葉で何度も滑りそうになる。加えて、坂道はそんな感じで一キロ弱はある。今はその三分の一ぐらいを駆け上がったばかりだ。
「…………」
俺は、いずれにしても黙ってペダルを漕ぐ。
暖房の利いた部屋を飛び出して来たばかりの身には、それは夜寒の空気が身を切るように感じられた。
けれども勢いを緩めはしない。もちろん、参考書と睨めっこしてた方がよかった、なんてことも浮かんで来ない。
ただ暗い道を走って行く。
あの日も確か、今日と同じ様にメールで誘われて出て来た覚えがある。しかも限り無く似通った中身のメールで。
もしかしたら……もしかしたら。
あの日のことを思い出して、俺はそんな出所も知れない感情に駆られている。それでこんなに急いでいる、というのもあった。
ただ――それとは全く別な思いが湧き上がっているのも確かで、俺はそのせいだろうか、無性に和泉に会いたかった。前よりも。
俺は自転車を漕ぎながらそう思った。
思うにつけて、あの二通目のたった数行が頭の中でぼやけた像を大きくして行く。
だから俺は、その自分でも正体を掴めないその『思い』を、長い勉強後のストレスが憂さ晴らしを求めているんだ……と思い込むことにした。
十数分後、長ったらしい坂道と寺町はようやく終わった。
ここからは街の中心部で、マンションや、それにもましてビジネスビルが林立しているのが見え出す。その谷間を走る。
無論、ガソリンスタンドも閉まっているような夜更け、道に人の影は一つとしてない。
俺は漕ぐスピードを速めた。ここまで来ればもう、後はそんなにかからない。
道は細くなって、新幹線のガード下に差し掛かる。
目に痛いくらいに明るい、そのガード下のトンネルをやっと抜ける。
……と、目の前はもう景色が変わっていた。
ガード下を抜けた先はビジネス街。ガラス張りの高層ビルや、中背で灰白の小さなビルが、褪せ切った姿でひしめき合っている。
俺は、そっちの方には行かない。目の前を横に貫いている、駅前通りを北へ行くのみだ。
最後の数百メーターに力を入れる。
……すると、見えて来る。
――ホテル・モントレー、駅前通り。
冷め切った色合いのビル群の中で、イギリス風か、フランス風か、異国欧風の雰囲気を漂わせたホテルの高層ビルが浮き立っている。
俺は、歩道を散々走って来たスピードのまま、道を挟んでその向かいの駐輪場に滑り込んだ。そこから自転車を止めて、カギをかける。それさえもがもどかしい。
やっとのことで横断歩道の前に立つ。荒い息を吐きながら、向かい側を見渡した。
ホテルは通りの丁字路の角に立っているから、誰かがいれば見えやすいはずだった。
ふらつく視界を精一杯凝らして、ホテルの一階辺りをくまなく見る。
すると。
「あ……あれ、か?」
〜すれ違う毎日に
はぐれてしまわないように
きらめく 想い出の場所へ
連れてって
――頃は、夜十時半近く。
車道さえ通る影がまばらになって、両側にひしめき合うビルからネオンサインの派手な光だけがその路上に投げ掛けられている。
そんな街の谷間の片隅に、だ。
ホテルの角の、半二階に開けたエントランスの大きなドア。
そこから、まるでチャペルのような大階段が延びている。
その石造りの欄干の向こう側――そこに覗いている、小さな人影。
横断歩道の白黒が伸びて行く先に、俺はそれを見付けた。
青のコートに、白の毛糸帽が見えている。間違いない。
……信号が、何分もかかったように思える程ゆっくりと青へ変わる。
「和泉ーーっ!」
俺はそれまでで息を切らしていた。でもそんなことはどうでもいい。
自然と体の奥からそんな声が湧き上がった。
信号が変わってすぐ、俺は向かい側へと走り出す。
気が付いたんだろう、その人影も――和泉も、こっちを振り向いた。
そしてポヤリとした目を見開く。
「……ひー……ちゃん?」
僅かな風に乗ってそんな声が聞こえた気がした。
俺はますます、弾むように走る。道路を一気に横切る。
オレンジと白と、薄い青。ホテルの周りの街路樹は、すっかり葉を落とした枯木のような所に、綺羅星を散りばめられて光の樹々になっていた。
その下へ俺は飛び込んだ。
「……ひー、ちゃん?」
そして、ようやく足を止めて、ひたすら呼吸して。その和泉の微かな声を聞いた時には――一時、今まで考えていたことなどどこか遠くに行ってしまった気がした。
「……ま、待たせた、な」
俺のすべきことは決まっている。そんな一言の後に、ニッ、と一つ笑い顔を見せてやることだ。
逆光でよく見えなかったけれども、表情が、イルミネーションのようにパッと輝き出したのが分かった。
「ひーちゃん……来てくれたんだぁ……」
独り言にも取れてしまうような、そんな掠れた高い声で和泉は言う。
「……ま、待った……か?」
俺はというと、両膝に手をついて、前のめりになって荒い息をしている。当然だが、まだ治まりはしない。息の合間に呟くだけだ。
和泉は、そんな俺に、
「う、ううん! 全然待ってないよ」
なんて、少し慌てた声で返す。
そうか、今回ばかりは……。
俺は、急いで駆け付けた疲れが出たのと、そう分かって安堵したので、ホッと力が抜けた。
それが、だ。
顔を上げて、和泉を見る。待ってないならいいんだ、よかった、なんて言うつもりで。
でもそれで、刹那、俺の背中に嫌な寒気が這い上がった。
顔を見て、一瞬で悟った。
自分の表情が険しくなって行くのが自然に分かる。
あぁ……今夜もまた、コイツは。
「いや……ハァ、ハァ……待ったんじゃ、ないのか?」
俺は、前のめりのまま荒げた声を洩らす。
「え、う、そ、そんなことないよ!? 少し前に来たんだから」
「ウソつけ、」
ここは本音を言うべきだろうな。
俺は、膝を押してガバッと身を起こす。やっぱり和泉は面食らった顔でまごついていた。
そして俺は、ポケットに両手を突っ込んで言ってやる。
「なら何で……顔、真っ赤なんだよ」
そう指摘された当の和泉は、あっ、と小さな声を洩らすなりシュンと小さくなってしまう。
和泉の性格ならまたやりかねない、とメールの時点から予感はしていたが……やっぱりそうだったのか。
ホテル前に来るそれまでは、和泉に会える、と思っていたので忘れかけていたけれども。
実際は、忘れてはいない、そして忘れられもしない。
少し待っていただけじゃ、そうならないくらいに和泉は顔を赤くしていた。それが何よりの証拠だった。
「……何時くらいから、いたんだよ」
息はまだ治まらない。声は途切れ途切れになる。
「…………九時半、過ぎ頃……から」
すっかり申し訳なさげな声色になってしまった和泉の言。
九時半過ぎ頃? それなら、メールを送った時にはもう家出てたんじゃないか。
和泉の家は、ホテルの辺りからは近い。
俺の家からは自転車でも三十分もかかるのに対して、和泉の家からでは歩いて十分かかるかかからないかの距離だ。
が、そんなことはこの際どうでもいい。頭の中には――家を出て来て独り、寒い灯の照らす階段の影で、淋しそうにメールを打つ和泉の姿がありありと浮かぶ。
俺は溜め息をついた。
「んじゃ、どっか具合悪いとことかないか? 頭がボ〜ッとするとか、手足がふらつくとか」
腰をかがめて、伏せている和泉の顔を覗こうとする。かえって更にうつむいたが。
「寒い中立ちっぱで」
まさに俺は、無茶をやらかした子供を叱る親同然だった。
昔っから。昔っからこういうヤツだ。
俺は十二分に知っている。コイツは、人に心配かけるのが大嫌いで、それでいて誤魔化すのが大の下手な性格だった。
和泉は、フルフルと首を横に振る。
「……ごめん……なさい」
返事に具合を言う代わり、小さな声が返って来る。
さして、問題はないのか。それならよかったけど、な。
俺は……和泉のこういう所が苦手だった。
いつも見ててやらなけりゃ、他人の為に何をしでかすか分からない。
前だって……。
それから数分間。
和泉と俺はいたたまれないまま二人並んで立っていた。
灯がまだともるホテルの脇、イルミネーションの下を、さっきから風が吹いている。
和泉は和泉で、お仕置をされた仔犬のように何も言わないで縮こまっている。
で。
俺は、と言えば平然でいられる訳がない。
さっきも言った通り俺は、和泉のこの性格の処理に未だに困り切っているし、どうにも、そんな態度をされたってこっちは…………。
で、平然なでいられる訳なんてあるワケない。
どうにも……俺はやり過ぎたのか。そう、なのか?
この目の前でしょげ返っているヤツを見ていると、何だか。こっちが申し訳なくなって来る。
俺は困って困り果てて夜空に視線を移した。
イルミネーションとビル群の遥か上に、やや薄らぼんやり曇っているけれども、綺麗に晴れた夜十時台の空が広がっている。
チラチラと、薄雲の合間合間に幾つか星も覗いている。
それをまたぼんやり眺めている内に、その夜空から吹き下ろした風が襟元を揺さぶって過ぎた。
俺は、首をすくめてまた和泉に向き直る。
……その、何だ。
やっぱり、俺が悪かったらしい。
和泉は、誰の為に待っていた? 俺の為か。矢も盾も止まらず家を出て来て、このホテルのイルミネーションの下で。
俺の方が、胸の辺りがシュンと萎むのを感じていた。
どうにも神経質過ぎたらしい。昔の傷が痛んで癇癪を起こしていただけだった。
何にしても、仕方がない。
俺は、後ろ暗い気持ちを押し隠す。それで、折角の聖夜の灯の下で影を作っている和泉に手を差し出す。
ヒッ、なんて、和泉は小さな声を上げた。おいおい、もう、何をする訳じゃないのに。
「……え?」
そのまま、和泉の頭を優しく撫でてやる。
「……泣くなよ」
本人は、何が起こったのか分からない、といった顔でポカンと俺を見上げている。
さっきまでうつむいて見えなかったけれども、やっぱり和泉は涙目だった。
それは、こんな聖なる夜に女の子を泣かしたなんていったら、天罰が落ち兼ねない。
「ごめんな。さっきは……悪かった。だから泣くなよ。俺を待たせない為に早く来て待っててくれるのは分かるから」
「……、……」
「悪かったよ……ほんとに。ただな、和泉も自分の身を少しは心配しろ。そしたら待ち過ぎてたことは許してやるから。
な?」
「……ひー、ちゃん……」
俺はもう一度、決まり悪いけれども、ニッ、と笑顔を見せる。
「折角の、クリスマスイブなんだからよ」
そしたら。
どうだい、表情が一気に、元より明るくなって輝き出した。
「……うんっ、クリスマスイブ!」
聖なる夜の、きらびやかなイルミネーションの下で。
和泉は、目を赤くしたまま、俺に抱き付いて来た。
俺は、和泉の性格が、苦手だなと思う反面こういう所が好きでもある。
『カズン』という二人組を、皆さんご存じでしょうか。
その名の通り、従姉弟同士である古賀いずみさんと漆戸啓さんの二人で1995年にデビューしたポップスデュオです。そのカズンが同年にリリースして大ヒットした3rdシングル、『冬のファンタジー』。実は今回の話は、その一曲を元に書いた、と言いますか、っていうか作中に歌詞出てるんです……ハイ。
元々は自分が好きな曲で、冬になったらこの曲の世界を書いてみたいな〜、なんて考えてたんです。
それがまさか、こんな形で実現するとは……。いかがだったでしょうか。
そういえば、言うまでもなく。
ここの登場人物の和泉ちゃんとひーちゃん(本名は『啓久〈ひらく〉』っていいます)は、カズンのお二人から取ってるんですが、モデルにしたのは名前だけなんで。あしからず。
ま、そんな今回の話ですが。
皆さんに、少しでもクリスマスの甘い恋物語の雰囲気を感じていただければ幸いです。
では、長くなりました。二章目、それ以降……どうぞよければお付き合い下さい。