十歳くらいになりました
亀さんペースで投稿していく予定。
朝、起きて直ぐに魔法の練習。
昼、ご飯を食べたら直ぐに魔法の練習。
夜、未だ慣れない事務仕事が終わり次第直ぐに魔法の練習。
魔法、魔法、魔法。
俺の生活は魔法を中心として回っていた。
別に強制された訳ではない。ただ、俺の中の何かが『強くなれ』と、シグナルを送る。
暇な時間なんて一切ない。あるのは、必要最低限生きていく上で必要な行動だけ。あとは、全てを魔法へと費やす。
どうして...こうなったのだろうか。いや、その原因は幼心にも理解はしている。
そう、始まりは夢の中の言葉だった。
『今から二十年後、汝らの世界に災厄が訪れるであろう。それは人の形をした悪魔なり。十分に警戒をせよ』
この言葉が一時たりとも脳から離れてくれない。今、この瞬間さえも脳内で繰り返し、繰返し、執拗なまでに反芻される。無意味に囁き続ける。
俺に───『時間がない』と。
△▼
「そういえば...ファイラーよ、もうじきお前も入学式だな」
寝たきり状態の父が、上半身だけ起こして俺に話しかける。
因みに今は父さん直々に、貴族のなんたるかを教えてもらっている。結構面白い。
「入学式...ですか?」
ローリエの許嫁になってから早五年。今...多分十歳だ。いや、なにせ誕生日会とか開いてないもので...ちょっと年齢があやふやになっていることは否定できない。
「それより父さん、本当に具合は大丈夫なんですか?顔、真っ青ですよ?」
「ふん!何のこの程度!儂の若い頃なんか───」
嘘だ。
この前、専属の医者との会話が聞こえた。丁度、病室に入る前だったからな。何?タイミングが良すぎる?知らんな。
父さんに残された命は、もう雀の涙程しかないらしい。
正直、そんな状態になってまで俺に貴族のことを教えなくてもいいのだが。是非とも安静にしてもらいたい所存である。
それにしても...学校か。
行ってみたいとは思うものの、練習時間が削られるのは勘弁してもらいたい。まだ、まだまだ全然錬度が足りない。より鋭く、より精密にしなくては。
もっともっも...もっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっともっと。練習しなくては。魔法の理を理解しなくては。
足りない。足りない。全く全然これっぽっちも足りない。早く、魔法の...真理を........
「────ッ!!」
「お、おい。ファイラー、大丈夫か?」
「え、ええ。大丈夫です」
危ない。この思考に飲まれては駄目だ。もう、元に戻れなくなるところだった。
魔法の練習をやり始めてから、度々このような状態に陥ることがある。この程度なら、まだ自制することは可能だが...一つ、気がかりなことがある。
それは、昔よりも明らかにこうなる回数、時間が長くなっていることだ。
ああ、頭がズキズキと痛む。今日は早く寝よう。
そんな俺を心配してか、父さんから優しい声が掛かる。
「ふむ、お前も色々大変だろう。今日はもう帰ってよいぞ。...帰って、お嬢ちゃんに構ってやれ」
「...では、お言葉に甘えてそうさせてもらいます」
「ああ。お嬢ちゃんを泣かせたらただじゃ置かんぞ?」
「肝に銘じておきます。お大事に」
なるべく音を立てないように木製のドアを閉める。
しっかりと閉まったのを確認して、ドアに背を向ける。そして、素早い動きで可愛い許嫁の元へと帰る。
まぁ、父さんの寝室から近いのでそう急ぐことではない。向かうは......ローリエの部屋だ。
コンコン
「ローリエ、俺だ。偶には一緒に喋らないか?」
噛まずに言えた!
彼女の返事が来る前に自分の服に着いた埃をパパッと払う。前髪も軽く整えて...よし、多分オーケー。
ドキドキワクワクした気持ちで待つが...返事が来ない。
もしかして、留守かな?聞こえていなかったことを考慮してもう一度。
コンコン
「ローリエ、俺だ。偶には一緒に喋らないか?」
すると、満を持したかのようにドアがキキィと開いた。
「...ごめんなさい。今は体調が良くないので、また今度にしてください」
しかし、返ってきたのは拒絶だった。
が、そんなのでめげるほど、俺は女々しくない。
「...それは残念だ。では、明日はどうだ?」
「...ごめんなさい。では」
「お、おいロー........行っちゃったよ」
はぁ、とため息をつき、トボトボと自室に向かう。
自室のドアを開けると、ベッドと机が置いてあるだけの無駄に広い部屋が俺を迎えてくれた。全く生活感のない我が部屋は、本当に寝るためだけに使っているからだ。
ああ、でも最近日記をつけ始めたんだった。
そこには簡単な一日の振り返りと...数字が書いてある。
その数字は、『0』が大半だが、ポツポツと『1』や『2』と書かれている。
今日は『2』だ。
「...君が、俺のことを好んでいないことは分かっている。でも、きっといつか...」
この想いが伝わりますように、そう呟き、ベッドにダイブする。羽毛独特な、包まれるような感触に癒され、早々に意識を落としていく。
「絶対に...負けないから、な...」
沈み行く意識の中、半ば無意識で囁く。
その言葉は、静かな夜に吸い込まれるようにして消え、再び部屋には静寂が訪れるのだった。
...次は三週間後かな(遠い目)