34話 揉め事
俺たちはエラムセス王国王都の街中を通って冒険者ギルド本部に向かっている真っ最中だ、王都住人はなに知らぬ顔で日常を送っていていたって平和だ、まさにさっきまで壊滅の危機にあったとはとても思えない光景だな。
まぁ冒険者ギルドや王宮から避難勧告も出されてないし、不要な不安を住民達に抱かせないようにあえて勧告しなかったのだろう。
リエルの結論でも、直ぐに勧告を出していてもとてもじゃないが避難が間に合わなかったと出ているのでその判断は間違っていないと思うが、それでもやはり滅亡寸前だった都市とは思えないな。
「ソータよアレはなんじゃ?」
因みに俺の隣には俺と手を繋いで歩いているヘルが興味深そうにキョロキョロと周りを見渡しながら歩いている、そしてこの質問は王都に入ってから既に十数回は聞いた気がする。
今更だが、見た目は美少女となっているヘルだがその正体は正真正銘、魔王と同等の古竜だ、そんな存在が普通に街を歩いていて良いのかと思わなくもないが、ダメだと言われても困るので黙っておくことにしよう、何せ俺は古竜を討伐して高位冒険者の仲間入りがほぼ確実とは言え今はまだEランクの新人でなんの権力もない。
まぁ最悪は物理的に黙認させるしかないが、それをすると色々と面倒なことになりそうだし、出来ればやりたくはない最後の手段だしな。
因みにヘルはとても周囲の目を引く、それもそのはず神秘的とさえ言える美貌だけで十分に目立つ、しかも今はマントを羽織っただけの姿なのだから周囲の男どもから熱烈な視線が送られている事は自然の摂理だ。
勿論、俺の仲間に手を出そうとすれば容赦なく叩き潰すが視線を向けただけでそうすれば、それはただの暴行なのでそんな事はしない。
視線を送ってくる輩にはもれなく一時間前後の記憶が消える程度のことはあるかもしれないが、それだけだ。
「すみません、ヘルの服を買ってやりたいのですが、服屋によってもいいですか?」
「そうですね、そうしたほうがいいでしょう」
そう答えるのは俺たちを先導して歩いていたエリナさんだ、その奥で勢いよく頷いているのは補佐役のクラウスと、なんとギルド総師だった爺さんこと、ジークラスさんだ。
因みにクラウスは周囲の奴ら同様の視線をヘルに向けているので敬称をつけて呼んではやらない、俺は仲間にはとことん甘いのだ。
それに加えて、クラスでぼっちを貫いていた俺はこの世界にきて初めて知ったのだが意外と独占欲が強いらしい、なので仲間に手を出すものには容赦しない。
もし、国王が俺の仲間をよこせと要求してきてもその国が地図から物理的になくなる程度のことをする覚悟はある。
まぁ、古竜であるヘルに早々と手出しできる輩がいるとは思えないが…
やってきた服屋は貴族区画にあり、この王都でも屈指の店で品揃え品質ともに評判の店だ、因みにここに着くまでにヘルは串焼き3本に、ハンバーガーみたいなもの4個、その他にもパン、ケーキなどのスイーツ類と怒涛の勢いで様々なものを食している。
その小さい体のどこにその量が入るのかと真剣に思う、因みに人化人は身体構造そのものもその身体に準ずるらしい、つまり本来の巨体ならともかく、ヘルはこの形態でもこれほどの量を買うという事だ、食費が…
まぁ金の蓄えはゲーム時代から通して一国の国家予算10年分は確実にあるので別に大丈夫!
フッフッフ、イベントとかで金を貯めといてよかったぜ、本当に。
「ようこそお越しくださいました」
店に入ると直ぐにそう声をかけられる。
流石は高級店しっかりと教育が行き届いているようで何よりだ。
因みにこの店に入ったのは俺、ヘル、ミラ、リーナの4人とエリナさん計5人だ。
俺たちの姿を見て明らかに店員の顔が歪んだのがわかる。
「失礼ですが、この店にはあなた方がお買い求めになるような物は無いかと」
顔には出していないがその目が雄弁に語っている、ここにお前らが買えるほど安い商品は無いと。
まぁそう思うのも無理はない、何せ俺の見た目も実年齢より下に見られるし、今は冒険者の装備をつけている、他には子供が3人でその内の2人は俺と同じように装備を身につけていた冒険者の格好だし、もう1人はマントを羽織ったぢかの姿。
エリナさんもいるが彼女も俺たちと同じで外壁から直接ここにきたので装備を身につけた格好で冒険者に見える。
エリナさんが身につけている装備も見る人が見ればかなりも価値だとわかるし、俺たちの装備など国宝級だがそれをこの店員にわかれというのは不憫だろう。
「ちょっとあなた失礼じゃない!」
「そうですよ、ソータ様に向かって」
「?そうじゃ、そうじゃ!」
一歩遅かったか、ミラ達が言外に言われた事に言い返す、ヘルはなんのことがわかってないなこれ。
出来れば揉め事は起こしたくなかったんだがな。
「3人とも落ち着くように」
ここは俺が大人の対応で嗜めるしかないようだな!
しかし、俺のそんな淡い期待は思わぬところで打ち砕かれる。
「そうですよ、この方達に対してなんて対応を!」
なんと常に冷静沈着だと思っていたエリナさんがそう言って店員に怒り始めたのだ。
「そうは言われましても、こちらとしても困りますね」
「あなた後悔しますよ!」
店員とエリナさんが結構バチバチと火花を散らして言い合っている、その様子にお子様3人も押し黙って見ているし、俺も唖然とするしかない。
俺たちは店に入って直後に店員に声をかけられたのでここは店の入り口の前で、そんなところで客と店員が言い争っていたら勿論人の目を引く、因みにこの店を使う客層には貴族などの富裕層が多い。
「これは一体何の騒ぎですか!?」
そんな中、以前どこかで聞いたようなセリフとともにキッチリと服を着こなした1人の男が店の奥から出て来た。
「それがですね」
澄ました顔で出てきた男に説明を始める店員、恐らくはこの店の店長だろう。
「成る程、事情は理解しました」
その言葉を聞いて店員の男が軽く笑みを浮かべる、そして奥から出てきた男は俺たちの方に向かって一礼した。
「お客様、申し訳ございません。
この店を預かっておりますマルスと申します、店の者がご迷惑をお掛けしました」
そしてそう丁寧に言った。
この対応には多少なりとも驚いた、まさかこういった対応をされるとは思っていなかったからだ。
店長が店員の肩を持ち俺の財力見て慌てると言うテンプレを成すことができないのは残念といえば残念だが、面倒ごとが解決するならばそれでいい。
「なっ!」
しかしそれに納得の行かないものもいる。
「私に責があるというのですか!?」
そう店員の男が声を上げる。
その声で何事かとさらに店の中にいた客達が集まってくる、こうなるともう完全に見世物だな、ついでにその野次馬の中にもヘルによろしくない視線を向けている者が多数いるが貴族に手を出すと面倒なので特別に許してやる事にするか、まぁ手を出してきたら話は別だが。
「そう言っているのです」
店長が目を鋭くしてそう言った。
「何故ですか!このような、なりをしている者たちに我らが店はふさわしくありません!!」
おっと言ってしまったな、あの店員。
そもそも店長に逆らう時点でダメだと思うのだが、何故あんな奴がここで採用されなのか不思議でならない。
「この方々が身につけていらっしゃる物の価値もわからずに貴方は何を言っているのですか!」
おぉ、すごい圧力があったぞ今の一喝はもしかしたらこの店長は黒古竜よりもすごい人かもしれない。
「それもわからない程度で出しゃばるな!奥で頭を冷やしなさい」
「なっ!お前程度が我が家に楯突いてただで済むと思っているのか!?」
「黙りなさい!」
「くっ、覚えてろよ!」
そう言って踵を返して奥に入っていく店員の男、我が家という事は恐らくは貴族の家の奴だろうか?だとしたらそんな奴が店で働いているという事に疑問が残るがまぁ俺には関係のない事だ。
「お客様方、大変ご迷惑をおかけしました現在ご来店頂いているお客様につきましては今回に限り3割引券をお配りさせて頂きたいと思いますので、どうぞ今後ともご贔屓にお願いします」
その言葉を聞いて店内の客から拍車やら驚きの声が挙がる、それに再び一礼したのち俺たちに向き直った。
「店の者が本当にご迷惑をおかけして申し訳ありません。
あの物は男爵家の三男でして、家を継ぐ事はできないのですが、なにぶん貴族としての意識が強いものでして、こちらからよく言い聞かせておきますのでご容赦ください」
そう言って俺たちに頭を下げる。
「いえいえ、別に気にしていませんのでお気になさらずに」
「もしよろしければ謝罪もしたいので是非お時間いただけないでしょうか」
「すみません今日はこの子達の服を買いに来たのですが、この後も急ぎの用がありまして」
「それは残念です、またご来店頂きましたら是非お声掛けください」
「ええ、ではそうさせて頂きます。
では失礼します」
そう話を区切り早速ヘルの服を探す、ついでにミラとリーナのぶんの服も買ってやろうと思う。
因みに俺たちが離れるまで店長は頭を下げていた、その心構えは素晴らしいと思うよ、本当に。
「じゃあ3人とも好きな服を買って上げるから見ておいで」
「やった!」
「いいのですか?」
「わかったのじゃ」
そう言って3人仲良く服を物色し始める、その様子をエリナさんと2人微笑ましく眺めていた。
エリナさんも好きな服を買ってあげますよ、と言ったら、仕事中ですしそこまでお世話になるわけにはいきません。
とキッパリと断られてしまった。
因みに俺が3人、特にヘルを見てなくていいのはちゃんと3人に殴ったらダメ、蹴ったらダメと言い聞かせているからだ。
流石にヘルが暴れればこの周囲に被害を出してしまう事は確実だからな。
そんな訳で店内にあるアンティーク風のベンチに腰掛けて3人が戻ってくるのを待っていると、事件が起きた。
「離すのじゃ!」
と、ヘルの声が聞こえてきたのだ。
何事かと声のする方に行くと、太ったおっさんがヘルの腕を掴んで引っ張っていた。
「ぐふふ、俺のところに来ればいい暮らしをさせてやってもいいぞ。
お前のような小汚い奴がどうやってこの店に入り込んだのかわ知らんが、俺がどうにかしてやる」
ゲスな笑みを浮かべてデブがそう言って嫌がるヘルの腕を引っ張っている、ヘルは俺の言いつけ通り暴力に頼らずに嫌がっているだけで、ミラとリーナは奴の護衛と思われる男に足止めされている。
「大丈夫かヘル?」
「おお!ソータこやつをどうにかしてくれ」
「なんだ貴様は?俺が誰だかわかっているのか?」
俺が声をかけるとデブがムカついたようにそう言ってくる。
「初対面でお前のことを知ってるはずがないだろ、そんな事もわからないのか?」
「何だと!?無礼な奴め、まぁいい。
俺はノイヤード伯爵家長男のオルバウス様だ、お前の様な薄汚いガキが俺に何の用だ?」
貴族、それも伯爵家か、結局貴族と揉め事を起こしてしまったな、あのスタンピード計画は一体どこへ消えてしまったのやら。
「ヘルは俺の仲間だ、その手を離してもらおうか」
「貴様!平民風情がこの伯爵家の俺に対して何という態度をとるか!」
デブ伯爵がキレるがそんな事は関係ない、俺の仲間に手を出すとどういう目にあうかこいつを見せしめにするのもいいかもしれない。
「はっ、伯爵ごときが俺に指図するな」
そう言ってヘルの腕を掴んでいたデブの手を少し強めに払う。
「き、貴様ぁ!こんな事をしてただで済むと思うなよ!お前らこいつを殺せ!」
ミラとリーナの足止めをしていた護衛にそう怒鳴って命令するデブ。
残念ながらその反応は本日二度目の二番煎じなのだよ!
「ミラ、リーナ」
「了解!」
あの2人に背を向けるなんて自殺行為だ、2人の一撃で護衛の2人が地に沈む。
「ミラもリーナもやりおるな」
一方的に黒古竜をボコしたヘルがそう評価するほどの一撃だ、またしても何事かと集まってきた客達、勿論貴族のデブなんかには何が起きたのかなんて理解できるはずがない、デブには護衛2人がいきなり倒れたように見えたはずだ。
「なっ!何が起きた!?」
案の定、護衛が倒れたことに驚いているようだ。
「で?まだやるか?」
軽く睨みながらそう言うと「く、覚えてろよ!」とまたしても本日二度目の言葉を残して店から逃げるように出て行った。
貴族との揉め事を起こしてしまった。
まぁ俺の仲間に手を出されたんだし仕方ないか、あっちがやる気ならこっちも徹底的にやってやる所存だ。
「あっ、護衛を置いて行くなよな」
地面には倒れ伏した護衛が2人寝息を立てていた。
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新作です!!
異世界暗躍〜最強の勇者様?ただの商人です〜
そこそこ読める作品だと思うので是非読んでみてください。
*ちなみに題名は仮名なので変更するかもしれなれません。