異世界という新天地へいざ!
やっとこさ異世界へ。でもまだ入り口の入り口です。
「ルチアさん覚悟はできていますか?」
ルチアの胸に手を当てて女神は心情を確認してくる。
「正直に言えば、不安だらけです。あっちの世界でも無事生きていけるのかとか、日常生活とかお役目のこととか諸々ありすぎて困るくらいです」
「大丈夫ですよ、ルチアさん。貴方が居た世界でも大学生とか新社会人とかになる方も《新しい世界》に飛び込んで、無事なんとかなっているんですから。成せばなります!」
「ノリ軽っ! 重みが違うから、こっちは命掛かってるから! それと全然例えが上手くないからね? これから大学生や新社会人になる人たちに失礼だから⁉」
「……ふふふ。緊張は充分に解れましたね♪」
いや、解れたよりも呆れて緊張の糸が切れただけだと思うんですが、それは……。
とにかく最期の最期まで女神のペースにのせられてはいけない。転移する前に精神を疲弊させられるだけだ。平常心だ、平常心。
やがて自分の胸に触れている女神の手に青白い微かな光が宿り始める。
光は次第に輝きを増していき、ある程度の明るさに達するとルチアの胸に手のひらサイズの魔方陣が展開する。
その光景を目の前でマジマジと眺めていたルチアは、一気にテンションが跳ね上がる。
今までのやり取りの中で、なんか一番それっぽいシチュエーションがきたっ! と。
思春期真っ盛りのお年頃にとってそれは、心躍るイベントであった。
「それではこれからルチアさんに固有能力を授与します。それと餞別として幾つかお役に立つようなものも授けますね」
せめてもの手向けだと言わんばかりに、優しく接してくる女神。
その顔はとても慈愛に満ち溢れていて、声も聴いている者が心地よくなるほどの穏やかなものであった。
いや、今から死ぬ人を送り出すみたいな雰囲気は止めてください。縁起悪いでしょ。
あと急にキャラ変えないで欲しい。惚れちゃうでしょ!
恥ずかしさを紛らわせるため、ルチアは冗談を口にする。
「あのっ。女神様の気持ちは非常に嬉しいんですが。できればあっちの女の子たちからモテる様な能力とか頂きたいなぁー。なんて」
ルチアの口から咄嗟に出た軽口を聞いた女神は、こちらに視線を合わせてにっこりと微笑んだ。
やだ何か怖い。
「えぇ、分かりました。それではルチアさんのご要望にお応えして、持ち物の中に《駆け出し冒険者パック》を入れときますね」
「あ、ありがとうございます……」
冗談1割本音9割のルチアの願望は無かったことにされた。
代わりに便利そうな物を貰ったから良かったと考えよう。本当に嬉しいなぁ……。
「では授与する準備ができたので、少し衝撃に備えてください。ちょっと痛いかもしれません」
「は、はい分かりました」
そう返事をした途端、胸に展開していた魔方陣が一気に縮小を始める。
そして縮小したかと思った瞬間、魔方陣はルチアの胸に溶けるように侵入してくる。
その際、心臓に動悸が起きたような痛みが一瞬訪れたかと思うと全身から熱が込み上げてくる感覚に陥った。
だがそれだけで、痛みも熱もあっと言う間に消えてなくなった。
「気分はどうですか?」
「大丈夫、そうですね。問題ありません」
特に異常もなく無事に固有能力が授与されたようであった。
しかし、確認する方法がないので何を貰ったのか分からないのだけど。
「アビリティは向こうに着いたら確認できるようになりますよ。それまでのお楽しみといことで」
まるでこちらの心を読んだかのように女神が微笑む。そういえばこの女神様は心が読めるんでしたっけね。
「やー、きっと俺のことだから溢れる才能のおかげで優秀なアビリティを手にしましたね、これは」
「えぇ、間違いなく優秀だと思います。使い方によっては転移先である世界、《イベリス》で名を残せるかもしれませんね」
社交辞令なのかそれとも内心軽く笑っているのか分からないが、女神は笑顔のまま答えてくれた。
てか今この場で貴女だけに分かって、俺には分からないとか不公平すぎるでしょ。
「では、次に移りましょうか。《転移門解放》」
今度は半径一メートルほどの朱色の魔方陣がルチアの足元に展開する。
いよいよ、転移する最終段階に入ったのだと理解する。
俺は本当に異世界に転移するんだなと、ルチアはしみじみと思い始める。
足元の魔方陣からは光が溢れ出し、いつでも送り出す準備ができていると告げているようだった。
「それでは数十秒後に転移を開始しますね。それまでに何か聞きたいことはありますか?」
「そういえば、転移先ってどうなっているんですか。どこかの王国とか町から始まるんですか?」
「いえ、ランダムに飛ばされるので場所は分かりません」
「ファッ⁉ 転移先で死ぬ可能性大じゃないですかっ!」
あまりにも予想していない話に、ルチアは変な声を出してしまう。
転移した先が、ドラゴンの棲み処や凶悪な魔物が居る場所だったらどうするつもりなんだ。
某狩り人ゲームのクエスト開始じゃないんだからさ。
「落ち着いてください、大丈夫です。ランダムといっても必ず町や村の近くです。それに出て来る魔物も比較的弱い所に飛ばされますから、安全ですよ!」
「そ、それならいいですけど。でも何でランダムなんですか?」
「それは、お約束だからです!」
あっ、これはダメだ。訊けば訊くほど時間を無駄にする会話だわ。
やっぱこの女神ゲーム脳だったわ。さっさと適当に話し合わせて転移しよ。
「あっ、それと向こうの世界で死んだら当然復活なんてしませんからね? 死亡は死亡です」
「まぁ、なんとなくそれは分かってましたから、別に気にしてませんよ……」
「ですが、ルチアさんの働き次第では特例として何回か蘇生させてあげますから頑張ってくださいね」
「はぁ、そうですか。なら頑張らないとなー」
どうせ無理難題なことを押し付けて、それをクリアしないとダメとか目に見えるですが。
それにどっちにしろ、こちらもそう簡単に死にたくないわっ!
「そろそろ時間になりますね。では最後にルチアさんから私に訊きたいこととかありますか?」
話すことが無くなったのか。女神は質問はないかと尋ねてくる。
別にもう訊きたいことなどはないけれど。
どうせならとルチアは曖昧にされた質問を再びするのだった。
「じゃ、俺が転移者として選ばれた本当の理由を教えてください」
面と向かって尋ねる。どうせ前みたくはぐらかされるのだろう。だったらダメ元で訊いてやろうの精神であった。
すると女神は少し考える素振りをしだす。
その間にも時間は刻々と進み、転移する時間が差し迫りつつある。
――あっ、まさかこの女神⁉
やがて魔方陣から溢れ出す光が、最高潮に達したところで女神はその口を開いた。
「……それはですね。純日本人である貴方の『ルチア』という名前がゲームの主人公っぽいな、と思ったからですよ♪」
ルチアが女神と接した時間は短いものではあったが、そう言って向けた彼女の笑顔は、今までの中で一番ご満悦といった表情であった。
そしてタイミングを狙ったかのように魔方陣が発動し、ルチアは強制的に光の渦へと飲み込まれていく。
「やっぱり碌な理由じゃねぇかっー⁉ あとDQNネームで悪かったなっー!」
女神に文句が聞こえているか分からないが、光に飲み込まれながらも必死に叫び続けるのであった。
次回からようやく異世界編に突入します。