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異世界オタクライフ  作者: 謙虚なサークル
9/11

オタクと冥皇牙ティルフィング

「流石は国家の犬、分身を倒したのはまぐれではないようだ。……ですがこいつはどうですかな?」


 先刻の杖に、また光が集まっていく。

 あの杖、どこかで見たような……確かあれは。


「――――精霊痕の杖、か」


 精霊文字が刻まれた杖で、それに応じた精霊を従わせる力を持つ魔導具だ。

 奴の杖に刻まれた文字は数百、いや千はあるだろうか。

 数十体の精霊を使役することが出来るだろう。相当のレア物だ。


「ほう、よくご存知で。しかし分かったところでそれがどうだというのですかですッ! 無数の精霊を束ねたこの一撃、避けられるなら避けて見なさいッ!」


 轟、と精霊痕の杖の杖がまばゆく光る。

 風の精霊による速度強化、火の精霊による打撃強化、水の精霊で威力を束ね、土の精霊で硬度を上げる。

 ――――多重精霊集積魔法(エレメントフォーカス)

 うなりを上げて振り下ろされる一撃が、俺の脳天を捉える。


「死ねッ!」


 ごごごん! 衝撃が俺の身体を地面に埋め、床に大きなひびが走った。

 勝ち誇った顔で俺を見下ろすジェノバ。

 ――――だがしかし、ゆっくりと晴れゆく土煙の隙間から見える俺の姿を見て、驚愕に顔を歪める。


「ば、馬鹿な……ッ!?」

「……ま、鍛え方が違うってことで」


 どれ程魔法でバフろうと、所詮は普通の中年の一撃。

 高レベル魔獣の攻撃に比べれば何ということはない。


「く……っ!」

「逃すかよ!」


 たまらず飛びのくジェノバを、即座に追う。

 ぴたりと張り付くようにして追いすがると、その胸ぐらを掴んだ。

 そしてそのまま――――石壁に奴ごと突っ込んだ。

 壁にめり込んだジェノバの周囲に深いヒビが何本も入り、バラバラと石片が落ちる。


「がはぁッ!?」


 血を吐くジェノバに、言い放つ。


「ここだと彼らを巻き込む。場所を変えるぜ」

「――――ッ!?」


 ドガガガガガガガ!!

 石を、岩を、地面を掘り進み、地面を突っ切ってそのまま、地上へと移動した。

 力づくで、土の壁を突破したのだ。


 穴に回復魔法(マミリアム)をかけ、地下室が崩れぬようにしておく。

 これでリシャたちも無事だろう。万が一に備えレティシアとゲストンを残してるしな。

 ――――これであとは、奴を倒すだけだ。

 逆再生のように埋められていく土から、視線をジェノバへと移す。


「貴様……貴様ァァァァァァ!!」

「さて、覚悟はいいか?」

「おのれ……ただでは済まさんッ! ……精霊よ、我に応えよッ!」


 おいおい、敬語はどうした。キャラ壊れてるぞ。

 ジェノバの表情も言葉と共に、随分と険しくなっている。

 どうやらクライマックスか。奴の身体を眩い光が奴を包む。

 先刻より更に密度の濃い光の奔流。


「大精霊、シャニーラミュレスよ……!」


 ジェノバの身体を覆っていた光は次第に鎧を形造っていく。

 光が収まり現れたのは、白銀に輝く鎧をまとうジェノバの姿。


「くくく、精霊の中でも上位の存在である、大精霊の力を借りた造形魔法……最早貴方に勝ち目はありませんよ」


 勝ち誇るジェノバを、俺は鼻で笑う。


「試してみるかい?」

「……望むところッ!」


 一筋の閃光を残し、ジェノバが迫る。

 精霊痕の杖は溢れる光でまるで大鎌のような形をしていた。

 精霊の鎧による身体能力強化、更に凝縮された精霊光の一撃、か。

 素で受けるのは少々痛そうだ。


「久々に、こいつを使うとするか」


 何もない空間に手をかざし、「来い」と命じる。

 空間が歪み、生まれた闇からぬるりと突き出てきたものを、掴んだ。

 メタリックに黒光りする、銀細工があしらわれた黒い剣。

 その鞘の部分で、奴の一撃を受け止めた。


「な……にぃ……!?」


 驚愕の表情を浮かべるジェノバ。その身体をまとう光が鞘に吸収されていく。

 こいつは俺が魔王と戦っていた時に使っていた武器の一つ。

 その中でも光、闇、火、水、土、風を司る神々が持つ武器で、六神器という。

 そのうちの一振り。

 ――――名を冥皇牙、ティルフィング。


 冥王ハデスの宝物庫からパクってきたもので、光を喰らい自らの力とする短剣である。

 あらゆる術式を喰らうその様は、魔導師殺しとの異名を持つ。


 凄まじい勢いでジェノバをまとう光を吸い上げていくティルフィング。

 その鞘に取り付けられていた宝玉が暗く輝く。吸収完了の合図だ。


「ばかな……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!」


 鎧を剥がされ、魔力を吸収されたジェノバにもはや抗うすべはない。

 にも拘らず、破れかぶれで突っ込んでくるジェノバを前に俺は目を閉じる。

 ――――そして一振り、漆黒の閃光が夜闇に閃く。


「貴様……何者……ですか……?」

「通りすがりのオタクだよ」


 俺の言葉を聞いたか聞かずか、ジェノバは地面に倒れ伏した。


「そして案ずるな、峰打ちだ」


 というか鞘打ちとでもいうべきか。鞘のまま奴の後ろ頭を殴打したのである。

 ここまで魔力を吸ったティルフィングを振り抜いたら、スラム街の上半分が吹っ飛んじまうからな。

 それにこいつはクズだが、殺すほどではない。

 何か利用価値があるかもだし。

 ともあれ、ティルフィングを時空の狭間に還していると、知った姿が駆けてくるのが見えた。


「カイトさまぁ~っ! ご無事ですか~っ!」


 屋敷から出てきたレティシアだ。

 肩にリシャを抱えている。

 やれやれ、一件落着といったところか。


「う……ここ、は……?」

「お、目が覚めたようだな」


 やっとこ起きたリシャの目には、理性の光が戻っている。


「えと……一体何があったのでしょうか?なぜ私、カイトさんの腕の中に……?」

「それはこちらのセリフですわ」


 きょとんとした顔のリシャを、鬼の形相で睨みつけるレティシア。

 おいやめたれって、病み上がりだぞ。


「身体は動くか?」

「ええと……は、はい! お世話になりましたっ!」


 慌てて起き上がったリシャは、ぺこりとお辞儀をした。

 その動きに特に不自然なものは見当たらない。

 どうやら後遺症などはないようだ。

 タチの悪い催眠魔法は回復後も相手の身体や精神を蝕んでいる可能性もあるからな。

 よかったよかった。


 ちなみにジェノバはレティシアの手配で杖を没収、牢屋送りである。

 城の牢屋は魔法封じの結界が敷かれており、奴はもう出ることはできないだろう。

 二畳半の鉄格子で一生を過ごすといい。


「それでその、私はいったい今まで何をしていたのでしょう……?」

「悪い夢を見ていたのさ」


 そう、とびっきりの悪夢を。

 自分の夢をいいように利用されるなんて、あっていいことじゃあない。


「カイトさん、それにレティシアさん……あなた方は一体何者なのですか?」

「ただのオタクさ」


 そう言って親指を立てると、リシャはきょとんとした顔をしていた。

 レティシアが文句を言いたげに俺を見る。


「私はオタクじゃないのですが……」

「いや、オタクだろ」


 腐女子のくせに何言ってんだこいつ。


「他の人たちは?」

「地下室で寝ていますわ」

「オーケー、すぐに行こう」


 地下室では、ジェノバに絵を描かされていた人たちが倒れ伏していた。

 死んだように眠っている。相当過酷な労働だったんだろう。

 ゆっくり寝かしてあげたいところだが、こんなところで寝てたら風邪ひいちゃうからな。


「レティ、城の一室を借りていいか? なるべく広いやつ」

「それでしたら今は第八応接間が開いていますが……何をするつもりですの?」

「ちょいと転移をな」


 右手を天にかざすと、巨大な魔法陣が浮かび上がる。

 ――――時空間転移術式(テルディオン)

 ゆっくりと降りてきた魔法陣が俺たちの身体を包み、真っ白な光が視界にあふれる。

 はー疲れた。風呂でも入って早く寝よう。

 光に包まれながら、俺は大きなあくびをするのだった。

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