オタクと下衆野郎
「うーん、中は普通の屋敷のようですわね」
「あぁ、だが誰一人いないってのはありえねぇ。もう少し探索してみるか……風の精霊よ」
念じるのはシルフサーバント。
右手に風が集まり、それは次第に小人の姿を形作る。
「いやー、これはこれはカイトさま。ご機嫌麗しゅう」
もみ手をしながら現れたのは、俺担当風の精霊である、ゲストンだ。
「全く、大勇者であらせられるカイト様に攻撃を仕掛けるとは、風精の風上にも置けぬ奴らですな! その点カイト様は素晴らしい。あのような連中にも情けをかけ、消さずにおいてやるとは! しかも美少女をはべらしちゃって、うらやましいっすねぇ、このこのぉ!」
「いや、そういうのはいいから」
俺をめいいっぱい持ち上げるゲストンを冷たく見下ろす。
ゲストンが俺を担当したのは、自分が周りから一目置かれたいというのが理由だ。
典型的な弱い者には強く、強い者には弱い下衆い奴、それがゲストン。
ぶっちゃけこういうやつはあまり好きじゃないのだが、俺は他の精霊には嫌われすぎている為、こいつしか担当になってくれなかったのである。つらい。
「へい、申し訳ありません。それで何用でござりましょう?」
「ちょっとこの家の中に隠し扉とかが無いか、調べてくれるか? 恐らく地下辺りに風の通り道があるはずだ」
「流石のご慧眼! お安い御用でさぁ!」
俺に敬礼をし、ゲストンはすぐに飛び去る。
「それにしても、思ったよりも大事のようですわね。ジェノバがここまでの男だったとは……」
「あぁ、リシャが心配だ」
屋敷の仕掛けに精霊魔法……ジェノバとやら、どうやらただの絵講師ではなさそうだ。
待つことしばし、ゲストンが帰ってきた。
「ありやしたぜカイトの旦那! 旦那の予想通りでさぁ!」
「よくやった。さっそく案内してくれるか?」
「了解、ですが……いえ、とにかく行きましょう」
「?」
顔を曇らせるゲストンについていくと、剥がれた床の下に鋼鉄製の大扉が見える。
「あっしの魔法で破ろうとしたんですが、こいつが硬くて硬くて」
「……どうやらかなり強力な魔法耐性もあるようですね。鍵がなくては開けるのは厳しいかと」
「なるほどな」
だがそんな時間はない。
ここは力づくでいくか。
俺は鋼鉄製の大扉に、右手を突っ込んだ。
文字通り、分厚い鉄の中にである。
そしてそのまま無理やり突っ込んだ右手を、強く握りしめた。
「よっと」
メキメキメキメキベキベキベキベキ!
力を込めると軋み音を上げながら、鋼鉄製の大扉が持ち上がる。
レティシアとゲストンがぽかんとした顔でこちらを見ている。
「いやはや、流石っすなぁ……」
なんだよ、文句あるのか。悪かったな脳筋で。
俺は扉をひょいと放り投げ、現れた階段を下りていく。
降りた先は石畳の通路。
薄暗いランタンが並び、かび臭いニオイが強くなっていく。
「あそこ、のようですわね」
通路の奥には大きな扉が見えた。
そこからカリカリと、何かをひっかくような音がかすかに聞こえてくる。
「気をつけてくださいまし」
「おう」
息を飲むと、一気に扉を開け放つ。
そこにいたのは――――ひたすら絵を描く人たち、であった。
彼ら、彼女らは俺たちに視線を向けることなく、ただ一心不乱に絵を描き続ける。
「な、なんですの……これは……?」
異様な光景に戸惑うレティシア。
その目にリシャの姿が映る。
駆け寄り、リシャの方を揺するレティシア。
「リシャ! しっかりなさい! リシャ!」
「……」
しかしリシャはキャンパスに筆を走らせるのみだ。
その絵は普段描いているモノとはかけ離れた抽象的な作風の絵。
虚ろな目のリシャから、魔法の気配が微かに匂う。
「これは……催眠術式か」
「ご明察」
声の主、部屋の奥から現れたのはジェノバ=ミケランジェロ。
多くの精霊を従え、強い威圧感を放っている。
先刻の分身とは明らかに違う。
どうやらこいつが本人で間違いないようだ。
「ジェノバっ! これは一体何なのですか! 彼女たちに何をさせているのですっ!?」
「ふふ、芸術のお手伝い、ですよ」
「芸術……ですって?」
「えぇ、これを見てください」
そう言うと、ジェノバはリシャの描くカンバスを指でついとなぞる。
「どうですこの見事な絵。彼女は非常に優れた才能がある。にも拘らず、価値の低い低俗な絵ばかりを描き続けたのですよ!」
――――低俗な絵、その言葉を聞いた時俺の昔の記憶が蘇る。
あれは小学生の頃だ、当時好きだったアニメの絵を描いていた俺を、先生がいきなり怒鳴りつけたのだ。
「そんな低俗な絵を描いて何になる!」「子供なら子供らしい絵を描きなさい!」「ほら、皆はもっと普通の絵を描いているでしょう!?」
――――と。
「それを私が救ってあげたのです。価値のない絵ばかりを描く者を導いているのですよ。感謝こそされど、糾弾されるいわれはありませんねぇ」
「彼らの描いている作品……いくつか作風に見覚えがあります。あなたが彼らの作品を自分のものとして出展していたのですね……!」
「芸術家として観衆の目に触れず朽ちていくだけの彼らの絵を、私の名を使い世間に広めているのですよ。いわばゴミの再利用、彼らも皆に見てもらえて、私に感謝しているでしょう」
カリカリカリとカンバスを走る鉛筆の音が、まるでジェノバに抗議の声を上げているようだ。
自分の描きたくもないものを、地下室で延々と、評価もされず。
そんな彼らの声に、胸が痛くなる。
「何という自分勝手な――――」
言いかけたレティシアの前に、進み出る。
「もういい」
「ですが……」
「いいんだ。彼らには見下している者の言葉は届かない」
「……?」
そう、当時の先生も、こいつも同じだ。
世間一般で評価されるモノを是とし、それ以外を低俗なゴミと罵る。
異端者には何をしても許される……そう考えている人間には、他人の言葉など届かない。
昔の俺が何を言っても、それは覆ることはなかった。
こいつらに言葉は無用である。
「それにしても全く、無茶苦茶をしてくれましたね。修理費用が大変です」
「心配はする必要はねーぜ。これからお前の家はカビ臭い鉄格子の2畳半になるんだからな」
「ニジョーハン? よくわかりませんが……ここを知られたからにはあなた方、生きては帰れませんよ……ッ!」
手にした杖を振りかぶると、魔光が鋭く帯を引く。
精霊魔法、極彩色に煌めく魔力弾が俺目がけ、降り注いだ。
「カイトさまっ!」
ドゴゴゴゴゴゴゴゴッ!
炸裂音があたりに響き渡り、土煙がもうもうと広がっていく。
「はっ! 他愛のない事です!」
「オマエ……!」
俺の言葉にジェノバは目を見開く。
「なんと……あれだけの魔力弾を受け、無傷とは……」
「てめぇ、彼らに当たったらどうするつもりだ」
「ふん、この程度の絵描きなど吐いて捨てるほどいる! 使えなくなったらまた補充すればいいだけの事でしょう!?」
「……そうかい」
最初から許すつもりはなかったが、堪忍袋の緒が切れた。
こいつは俺が――――潰す。