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異世界オタクライフ  作者: 謙虚なサークル
8/11

オタクと下衆野郎

「うーん、中は普通の屋敷のようですわね」

「あぁ、だが誰一人いないってのはありえねぇ。もう少し探索してみるか……風の精霊よ」


 念じるのはシルフサーバント。

 右手に風が集まり、それは次第に小人の姿を形作る。


「いやー、これはこれはカイトさま。ご機嫌麗しゅう」


 もみ手をしながら現れたのは、俺担当風の精霊である、ゲストンだ。


「全く、大勇者であらせられるカイト様に攻撃を仕掛けるとは、風精の風上にも置けぬ奴らですな! その点カイト様は素晴らしい。あのような連中にも情けをかけ、消さずにおいてやるとは! しかも美少女をはべらしちゃって、うらやましいっすねぇ、このこのぉ!」

「いや、そういうのはいいから」


 俺をめいいっぱい持ち上げるゲストンを冷たく見下ろす。

 ゲストンが俺を担当したのは、自分が周りから一目置かれたいというのが理由だ。

 典型的な弱い者には強く、強い者には弱い下衆い奴、それがゲストン。

 ぶっちゃけこういうやつはあまり好きじゃないのだが、俺は他の精霊には嫌われすぎている為、こいつしか担当になってくれなかったのである。つらい。


「へい、申し訳ありません。それで何用でござりましょう?」

「ちょっとこの家の中に隠し扉とかが無いか、調べてくれるか? 恐らく地下辺りに風の通り道があるはずだ」

「流石のご慧眼! お安い御用でさぁ!」


 俺に敬礼をし、ゲストンはすぐに飛び去る。


「それにしても、思ったよりも大事のようですわね。ジェノバがここまでの男だったとは……」

「あぁ、リシャが心配だ」


 屋敷の仕掛けに精霊魔法……ジェノバとやら、どうやらただの絵講師ではなさそうだ。

 待つことしばし、ゲストンが帰ってきた。


「ありやしたぜカイトの旦那! 旦那の予想通りでさぁ!」

「よくやった。さっそく案内してくれるか?」

「了解、ですが……いえ、とにかく行きましょう」

「?」


 顔を曇らせるゲストンについていくと、剥がれた床の下に鋼鉄製の大扉が見える。


「あっしの魔法で破ろうとしたんですが、こいつが硬くて硬くて」

「……どうやらかなり強力な魔法耐性もあるようですね。鍵がなくては開けるのは厳しいかと」

「なるほどな」


 だがそんな時間はない。

 ここは力づくでいくか。

 俺は鋼鉄製の大扉に、右手を突っ込んだ。

 文字通り、分厚い鉄の中にである。

 そしてそのまま無理やり突っ込んだ右手を、強く握りしめた。


「よっと」


 メキメキメキメキベキベキベキベキ!

 力を込めると軋み音を上げながら、鋼鉄製の大扉が持ち上がる。

 レティシアとゲストンがぽかんとした顔でこちらを見ている。


「いやはや、流石っすなぁ……」


 なんだよ、文句あるのか。悪かったな脳筋で。

 俺は扉をひょいと放り投げ、現れた階段を下りていく。

 降りた先は石畳の通路。

 薄暗いランタンが並び、かび臭いニオイが強くなっていく。


「あそこ、のようですわね」


 通路の奥には大きな扉が見えた。

 そこからカリカリと、何かをひっかくような音がかすかに聞こえてくる。


「気をつけてくださいまし」

「おう」


 息を飲むと、一気に扉を開け放つ。

 そこにいたのは――――ひたすら絵を描く人たち、であった。

 彼ら、彼女らは俺たちに視線を向けることなく、ただ一心不乱に絵を描き続ける。


「な、なんですの……これは……?」


 異様な光景に戸惑うレティシア。

 その目にリシャの姿が映る。

 駆け寄り、リシャの方を揺するレティシア。


「リシャ! しっかりなさい! リシャ!」

「……」


 しかしリシャはキャンパスに筆を走らせるのみだ。

 その絵は普段描いているモノとはかけ離れた抽象的な作風の絵。

 虚ろな目のリシャから、魔法の気配が微かに匂う。


「これは……催眠術式か」

「ご明察」


 声の主、部屋の奥から現れたのはジェノバ=ミケランジェロ。

 多くの精霊を従え、強い威圧感を放っている。

 先刻の分身とは明らかに違う。

 どうやらこいつが本人で間違いないようだ。


「ジェノバっ! これは一体何なのですか! 彼女たちに何をさせているのですっ!?」

「ふふ、芸術のお手伝い、ですよ」

「芸術……ですって?」

「えぇ、これを見てください」


 そう言うと、ジェノバはリシャの描くカンバスを指でついとなぞる。


「どうですこの見事な絵。彼女は非常に優れた才能がある。にも拘らず、価値の低い低俗な絵ばかりを描き続けたのですよ!」


 ――――低俗な絵、その言葉を聞いた時俺の昔の記憶が蘇る。

 あれは小学生の頃だ、当時好きだったアニメの絵を描いていた俺を、先生がいきなり怒鳴りつけたのだ。

「そんな低俗な絵を描いて何になる!」「子供なら子供らしい絵を描きなさい!」「ほら、皆はもっと普通の絵を描いているでしょう!?」

 ――――と。


「それを私が救ってあげたのです。価値のない絵ばかりを描く者を導いているのですよ。感謝こそされど、糾弾されるいわれはありませんねぇ」

「彼らの描いている作品……いくつか作風に見覚えがあります。あなたが彼らの作品を自分のものとして出展していたのですね……!」

「芸術家として観衆の目に触れず朽ちていくだけの彼らの絵を、私の名を使い世間に広めているのですよ。いわばゴミの再利用、彼らも皆に見てもらえて、私に感謝しているでしょう」


 カリカリカリとカンバスを走る鉛筆の音が、まるでジェノバに抗議の声を上げているようだ。

 自分の描きたくもないものを、地下室で延々と、評価もされず。

 そんな彼らの声に、胸が痛くなる。


「何という自分勝手な――――」


 言いかけたレティシアの前に、進み出る。


「もういい」

「ですが……」

「いいんだ。彼ら(・・)には見下している者の言葉は届かない」

「……?」


 そう、当時の先生も、こいつも同じだ。

 世間一般で評価されるモノを是とし、それ以外を低俗なゴミと罵る。

 異端者には何をしても許される……そう考えている人間には、他人の言葉など届かない。

 昔の俺が何を言っても、それは覆ることはなかった。

 こいつらに言葉は無用である。


「それにしても全く、無茶苦茶をしてくれましたね。修理費用が大変です」

「心配はする必要はねーぜ。これからお前の家はカビ臭い鉄格子の2畳半になるんだからな」

「ニジョーハン? よくわかりませんが……ここを知られたからにはあなた方、生きては帰れませんよ……ッ!」


 手にした杖を振りかぶると、魔光が鋭く帯を引く。

 精霊魔法、極彩色に煌めく魔力弾が俺目がけ、降り注いだ。


「カイトさまっ!」


 ドゴゴゴゴゴゴゴゴッ!

 炸裂音があたりに響き渡り、土煙がもうもうと広がっていく。


「はっ! 他愛のない事です!」

「オマエ……!」


 俺の言葉にジェノバは目を見開く。


「なんと……あれだけの魔力弾を受け、無傷とは……」

「てめぇ、彼らに当たったらどうするつもりだ」

「ふん、この程度の絵描きなど吐いて捨てるほどいる! 使えなくなったらまた補充すればいいだけの事でしょう!?」

「……そうかい」


 最初から許すつもりはなかったが、堪忍袋の緒が切れた。

 こいつは俺が――――潰す。


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