オタクと精霊魔法
「ぐ……つ、強すぎる……」
「化け物か……」
倒れ伏すチンピラたちを睨み威圧する。
「今度から絡む相手は選べよな」
「カイトさま、絡ませてはダメですよっ!」
「そういやそうか。これからまっとうに生きろよな」
「へ、へいっ!」
俺とレティシアはスラム街を奥へ奥へ進んでいく。
道中に何度か出てきたちんぴらは、同様に瞬殺だ。
つーかこいつら、俺との力量差がわからないのだろうか。
危険な場所に身を置く者は危機察知能力が高いとかなんとか漫画で呼んだが、意外と眉唾だな。
ともあれ走ることしばし、辿り着いたのは小綺麗な館である。
白塗りの壁に、赤い屋根。
庭も綺麗に手入れされており、白い柵が周りに巡らせてある。
こんな場所には似合わぬ程の小綺麗さ。逆に不気味である。
「どうやらここで間違いなさそうだな」
「あらくれ者たちもこの辺りには全くいませんわね。……理由は恐らく、この結界」
レティシアが近くの石を拾って投げる。
石が柵の中に入ると、バリバリと音を立て真っ黒焦げになってしまった。
白い煙を上げ、地面に落ちる石。
典型的な侵入者除けの結界である。
「……お気をつけ下さいませ」
「うん」
そう言って柵を無造作に握ると、俺の身体に電撃が走る。
いきなり握るとは思わなかったのか、レティシアが驚き声を上げる。
「か、カイトさま!?」
その間も、電撃は俺の手を焼く。
おおう、こいつは中々強力な結界だ。
普通の人間なら死ぬかもしれないレベルではある、が堕雷谷に住む黄竜の電撃ブレスに比べれば、スーパー銭湯にある電気湯船みたいなもんだ。
そのまま柵を引っこ抜き、投げ捨てた。
呆然とその様子を眺めながら、レティシアは呟く。
「お、お見事ですわ……」
「行くぞ」
おっかなびっくりで柵を避けながら、ついてくるレティシアを尻目に、俺は扉を蹴り破った。
がらんがらんと床を転がる扉。次第に静けさが帰ってくる。
耳を澄ますと微かな音が聞こえてきた。
カリカリと何かをひっかくような音。いったい何の音だろうか。
俺がそれに気を取られていた一瞬、目の前に何か気配が生まれる。
「おやおや、騒がしいと思ったら……侵入者ですかな」
緩やかな風が大柄の老人の姿を形造る。
「ジェノバ!」
どうやらこいつがジェノバのようだ。
幽体離脱……? ――――いや、これは精霊魔法か。
恐らくだが、シルフサーバントで、風の精霊を集めて人の形を作っているのだろう。
只の絵師かと思ったが、魔術の心得もあるようだ。
「人の家に土足で踏み入って、一体何者です? ただではおきませんよ」
「ただでおかないのはこちらです!」
そう言ってレティシアが取り出したのは、一枚の羊皮紙。
王家の紋章の下に、つらつらと長文が綴ってある。
「ジェノバ=ミケランジェロですね。貴方に誘拐の疑いがかけられています。捜査協力をお願いします」
これは国のいわゆる警察機構で使われる捜査令状。
出る時に何かゴソゴソしてたと思ったら、これを用意してたのか。
うーむ、流石レティシア。抜け目がない。
「これくらいは当然ですわ。それなりに分かっている相手なら、下手に踏み込めば逆にやられてしまいますわよ」
「頼りになりますこって」
「惚れ直しました?」
「まず惚れてねーよ」
そういうところが恐ろしくて安易に惚れられぬ事になぜ気づかない。
意外と抜けているのがせめてもの救いだ。
だが、ジェノバはそれを見て不敵に笑う。
「ほうほう、それにしても少々横暴が過ぎるのではないですかねぇ」
「それだけ強い疑いがかけられているのですよ。御託は結構、今すぐ中を改めさせて貰います」
「嫌だ、と言ったら?」
言葉とともに、俺たちの周囲に生まれる気配。
風の精霊の集合体が五つ、威圧するように俺たちを囲んでいた。
「「周囲を確認しましたが、どうやら貴方たちだけのようですねぇ。くっくっ……」」
「何がおかしいのです?」
「いえね、そこまで強い疑いを持っていながら、たった二人でここへ乗り込んで来たその愚かさが……おかしかったのですよォ!!」
五人のジェノバが、全く同じ動作で殴りかかってきた。
「「前ッ! 後ッ! 左ッ! 右ッ! 全方向からの攻撃に逃げ場などないのですよッ!」」
「確かに、逃げ場はないようだ。……尤も、逃げる必要などないわけだが」
「減らず口をッ!」
ジェノバの拳が、俺の身体に無数に降り注ぐ。
「カイトサマっ!?」
「「はーっはっはっはァ! 女性を庇って自分が攻撃を受けるとは! いい心がけですねッ!」」
咄嗟に突き飛ばしたレティシアの悲痛な声。
勝ち誇りながら、更に連打を繰り出すジェノバ――――だが、その表情が驚愕に歪む。
「「な……ッ!?」」
そう、連打を繰り出していたはずの奴の腕が、ボロボロと崩壊を始めていたからだ。
「や〜悪いね。俺ってば精霊に結構好かれるタチなもんで。どうやら彼らは俺とは戦いたくないらしいぜ?」
好かれる、と言えば若干の語弊はあるのだが。
まぁ昔、精霊の国で王様と素手でぶん殴りあって、仲良くなったのは事実だ。
それ以来、精霊の類からはやたらビビられて、精霊魔法ではダメージを受けなくなったのである。
ちなみに俺が精霊魔法を使うと、精霊たちは脅されてるかの如くビビりまくりなのだ。
ていうか嫌われてるよなこれ。語弊どころか完全真逆だったわ。すまん。
「「馬鹿な……馬鹿な馬鹿な馬鹿な馬鹿なッ!」」
「つーわけだ。通してもらおうか」
そう言って腕を振るうと、ジェノバたちは宙に霧散してしまった。
ふん、相変わらずビビりだな。特にシルフ共は。
「さて、行くとするか。俺から離れるなよ。レティ」
「はいっ、流石カイトさまですわっ!」
「っこら、抱きつくなっての」
「んふふー、離れるなと言ったのはカイトさまですわ。それに誰も見ていないのですし、いいではありませんか♪」
「まぁいいけどよ……戦闘になったらすぐ離れろよな」
「大丈夫ですわ。私、足手まといになるようなお馬鹿な真似はいたしませんから」
「はぁ……ならいいけどさ」
まぁ腕に抱きついていれば、不意打ちを食らってもガードできるか。
下手に離れているよりマシかもしれない。
ため息を吐きながら、俺は屋敷の奥へ進むのだった。