オタクとならずもの
「あーまだ頭いて……」
くそう、しこたま酒飲ませやがって。
おかげで二日酔いだ。
「あんがとなーにいちゃん!」
「道中気をつけろよー!」
「ったく、そっちも何かあったらすぐ連絡しろよ」
「おー、達者でなー」
マルテノ港町に別れを告げ、転移で城へと飛ぶ。
結局歓迎やら見張りやらで、一週間くらいいた事になるか。
リシャのやつも大分書き溜まってるだろうし、帰るのが楽しみだ。
こういうのってまとめて読むと、何だかお得な気分なんだよな。
ワクワク感を胸に城へと帰還する俺を出迎えたのは、血相を変えたレティシアだった。
「大変ですわカイトさま! リシャがいなくなってしまいましたのっ!」
「なんだって!? どういうことだ!」
「カイトさまがマルテノへ行った日、カイトさまがしばらく留守をすると伝えに例の場所へと行きました。ですが、リシャは来なかったのです」
沈んだ顔で、続けるレティシア。
「私もそう時間のある身ではありません。その日は帰りましたが、次の日も、その次の日もリシャは来なかったのです。子供たちも何も知らない様子で、おかしいと思った私はリシャの事を調べ始めたのですわ。その結果……」
「いなくなっていた……か」
「はい。爺やに調べてもらっていたのですが行方が知れず……更に最近町で売れない絵師の失踪事件が多発している事が分かったのですわ」
「何故、絵師が?」
「売れない絵師……というか芸術家というのは、人との繋がりが薄く、いなくなっても気づかれにくいのですわ」
うーむ、売れない漫画家とか小説家はよく失踪すると聞いた事があるけど、それはこちらの世界でも同じようである。切ない。
「……わかった。俺が探しに行く」
「わ、私も行きますわっ! 少々お待ちくださいまし」
ついて来るのかよ。まぁいいか。
レティシアはあれで中々役に立つ。ごそごそと荷物をあさるレティシアを待ちながら、リシャへと思いをはせるのだった。
――――無事でいろよ、と。
城から出てしばらく、街にたどり着く。
「リシャのいそうな場所に心当たりはあるのか?」
「先日聞いたのですが、リシャは美術学校へ通っているらしいです。その練習をしている際にカイト様と出会ったと」
「美術学校ねぇ」
そういうのがこの町にも一つ二つあると聞いたことはある。
「ですがリシャは成績が芳しくなかったらしく、とある教師がその、腕はあるが少々問題の多いという話も……」
「――――リシャ――――」
不意に、耳をリシャという言葉が掠める。
声のした方を見ると、数人の少女たちがお茶をしていた。
「あの娘らの服!件の美術学校のものですわ!」
「よし、聞いてみるか」
俺は彼女たちに歩み寄り、声をかける。
「なぁあんたら。リシャの事を話してたみたいだが、彼女の事を知らないか?行方知れずなんだ」
「何よいきなり。貴方たち、だれ?」
「リシャの友達ですわ」
その言葉に少女たちは顔を見合わせる。
再度俺たちを見て、くすくすと笑った。
「へぇ~え、あの根暗な子にも友達がいたのねぇ」
「でも……くすくす、品のない顔をしているわ」
「類は友を呼ぶというやつかしら。あははははッ!」
この子ら、恐らく貴族の娘ってところだろうか。
全く、無知ってのは恐ろしい。
俺はともかく、レティシアの事を知ったらぶっ飛ぶだろう。
当のレティシアはそれを気にと止めぬ様子で、問いかける。
「……それで貴女たち、リシャの居場所を知っているのかしら?」
「さぁーあ、知らないわぁ?」
「家に帰ってママに泣きついているんじゃあないのかしら? せっかく高い入学金を払ってもらったのに、いつまでも下手でごめんなさい~ってね」
レティシアはにこにこ笑いながら、彼女たちに一歩近づいた。
怖すぎる。その笑顔。
「貴女たち――――」
レティシアが口を開きかけたその時、俺の目の端に紙切れが映った。
それには、リシャの絵が描かれている。
どうやらリシャのノートの残骸のようだ。
俺が拾い上げたのを見て、少女は笑う。
「あら、まだそのゴミ落ちてたのねぇ」
「誰か掃除すればいいのにね。あーあ、リシャのせいで町が汚れるわぁ」
その言葉に思わず、普段抑えている魔力が僅かに、漏れる。
「お前ら……」
僅かにではあるが、その量はそこらの竜数匹クラスのものである。
漏れ出た魔力に混じる殺気に、少女たちは即座に飛び上がった。
「ひ――――ッ!?」
漏れ出た殺気に、少女たちは小さく悲鳴を上げ、へたりこんだ。
俺は改めて、尋ねる。
「リシャは、どこだ?」
「し、知らない……本当に知らないの! そのノートを破ったのも私たちじゃないのよ!」
「だ、だからやめてっ! 何もしないでッ!」
「……何もしねーよ」
ったく、あれだけ大口叩いておいて、手のひら返すの早すぎだろ。
これだから女ってやつは信用できねーんだよな。
「……それで、どうするつもりですの。カイトさま」
「いいさ。こいつに教えてもらおう」
そう言って俺が手にしたのは、リシャのノートの破片である。
それを手に取り念じるのは、時空系統俺流術式、次元回帰。
これはあらゆる傷を回復させる、俺オリジナル回復魔法である。
――――そう、あらゆる傷を完全に、だ。
それは生き物のみならず、無機物にも適応される。
淡い光に包まれたノートは、辺りに散らばった紙を吸収し本の形を成していく。
周囲の切れ端を集め終えたノートは、俺を街の方へと引っ張り始めた。
やはりな。想定通りだ。
作者であるリシャならば、破られても咄嗟に切れ端の数枚くらいは拾ってもおかしくはなかったからな。
「こっちだ。行くぞレティ」
「はいですわ」
導きのままに、俺は足を進める。
後ろから少女たちの声が遠く聞こえる。
「ね、ねぇレティってもしかして……」
「ちょっとレティシア女王に似ていたような……?」
「いやいやいや、ありえないわよ! ていうかあっちゃいけないでしょ常識的に考えてっ!めちゃくちゃ言っちゃったわよ、私!?」
あーあ、あの少女たちが、相当青ざめているだろうな。
まぁはっきり言って同情の余地はない。
ガキっぽいがあえて言わせてもらおう。ざまあ、と。
立ち並ぶ住宅街を抜け、路地裏を抜けた俺たちは、どんどん人気のない場所に向かっていく。
いわゆる貧民街。うーむ、こりゃレティの勘がズバリかもしれんな。
「レティ、そのセンセイとやらの事を教えてもらえるか?」
「えぇと……ジェノバ=ミケランジェロ54歳、国有数の画家であり、教師。様々な画風を操り、その表現力は多才を極める。千の筆を持つ男と言われる鬼才ですわ。郊外に家を構え、そこで執筆に集中する、とか」
「郊外、ねぇ」
どうも執筆には向かなそうな場所だが。
静かというよりは、騒々しいんじゃないだろうか。
「へっへっへ、にいちゃんたち、ちょっといいかい」
呼び止めてきたのは、身なりの悪い男たちである。
……主にこういうのが原因で。
「なんだい。急いでるんだが」
「まぁそう邪険にするなってばよ。俺ら金がなくて困ってるんだよぉ。ちょっとでいいから恵んじゃくれねーかい?」
「げへへ、その女を置いてってもいいぜぇ?」
いわゆるならず者という奴らだ。
俺はため息を吐いて、彼らから視線を切る。
「おいおい無視してるんじゃねぇ!ビビってんのかぁ?」
「呆れてるんだよ」
「何ぃ!?」
言いかけた男の顔面に、俺の拳がめり込んだ。
数メートルふっ飛んだ男を冷たく見下ろす。
「急いでる、っていったよな」
「て、てめぇ!」
「ふざけやがって!ぶち殺してやる!」
「言っておくが、手加減はあまり期待するなよ」
得物を取り出し構える男たちを一瞥し、俺はそう吐き捨てるのだった。