オタクと船
「カイトさま、少しよろしいでしょうか?」
「ん? どした」
翌日、リシャの元へ行こうとした俺だったが、レティシアに呼び止められる。
いつもとは少し様子が違う。俺は足を止めた。
「実は困ったことになりまして……隣国ダルニアがうちの近海で違法に漁をしているのをご存知ですか?」
「おう、前チラッと聞いたな」
「それでしたら話が早い。迎撃を命じたのですが、どうも彼ら凄腕の傭兵を用意しているらしく、迎撃が上手くいっていないようなのです。よろしければカイトさまにその排除をお願いしたいのですが……」
「ふむ……」
なる程な。相手が使い手であれば、下手な戦力を集めても無意味だ。
そして、それなりの使い手を用意している間にも、迎撃隊の被害は大きくなっていく。
「すでに死者も出ております。もしカイトさまがよろしければ……」
「まぁ俺なら転移もできるし、戦闘力も申し分ないしな」
「心苦しいのですが」
「……しゃーない、行ってくるか」
「本当ですかっ!?」
ぱあっ、とレティシアの顔が明るくなった。
「ま、城で世話になってるしな。俺が行けば速攻で終わる問題だろう」
「本当に申し訳ありません。リシャのところへ行きたいでしょうに」
「なに、楽しみが増えるってもんさ」
そう言ってレティシアの頭をぽんと撫でると、その頬が赤く染まった。
しばらく溜めてから見るのも、それはそれで乙である。
「で、場所は?」
「あ……マルテノ港町です」
「了解」
マルテノマルテノ……あーあそこか。
俺は転移を念じ、マルテノ港町へと飛ぶのだった。
「こ……こは……?」
目を覚ましたリシャが起き上がると、そこはベッドの上だった。
周りにも並ぶ無数のベッドには、蒼い顔をした人間が死んだように眠っている。
その様子はまるで戦場病院であった。
(確か自分は、ジェノバ先生に連れて行かれて、何故か途中で意識を失って……つっ)
リシャが曖昧な記憶を辿ろうとしていると、すぐ横から声をかけられる。
「起きたかね」
「ジェノバせんせ……ッ!?」
振り向くとそこにいたのは、半透明のジェノバその人であった。
驚き逃げようとしたリシャを捕まえたのは、新たな半透明のジェノバである。
リシャは戸惑い、狼狽えるのみだ。
「驚くことはないよ。リシャくん」
数体のジェノバのようなものたち、その奥から現れたのは今度は紛れもなくジェノバ本人だった。
「これはいわゆる精霊魔法の一種でね。使役した精霊で私の分身を作り出しているのだよ」
見れば確かに、半透明なジェノバの身体は、人型の浮遊体が大量に入り混じったような形をしていた。
――――精霊魔法、サーバントシルフ。
大量の風の精霊を呼び出し、意のままに操る魔法である。
何が起こっているのか理解できぬリシャに、ジェノバは優しく微笑んだ。
「あぁ、両親への連絡なら既に入れてあるから必要ない。合宿という事になっているからね」
「そんなっ! 何を勝手に――――」
言い終わらぬうちに、リシャの口はジェノバの分身の手に塞がれる。
暴れるリシャだが、両手を捕まえられ動くこともできない。
そのまま強制的に立ち上がらされ、ジェノバの後を付き従わされる。
「それじゃあ行こうか」
「――――ッ! ――――ッ!」
涙ぐみ、暴れるリシャだが分身に押さえられついていくしかない。
石畳の床を進んでいくと、大扉の前にたどり着いた。
「ここが君の、勉強の間だよ」
カリカリカリカリと、鉛筆の走る音が聞こえてくる。
並ぶキャンパス、机、椅子……
開かれた扉の中では、多くの人間がただひたすら、絵を描き続けていた。
「おっ、やってるやってる」
マルテノ港町へ辿り着くと、早速海上でドンパチやっている。
やたらごっつい漁船に向けて、こちらの船団は魔法を放っている。
しかし、敵側の船に乗っている魔導師に打ち消されているようだ。
更に反撃で、こちらの船が沈みそうになっている。
よっしゃ、いっちょやったるかい。
とん、と地面を蹴り、跳躍する。
更に空中で、風系統術式による足場を形成。それを蹴る。
何度か繰り返した後、近くの船に着船すると、衝撃でぐらりと傾いた。
「っとと、到着ってとこかな」
崩しかけたバランスを立て直し、ぐるりと見渡す。
船に降り立った俺に、船員たちの注目が集まっている。
「危ねえ!」
「ん?」
否、船員の注目が集まっていたのは、俺にではなかった。
俺の背後から迫り来る、巨大な火球である。
ごごおおおおおおおん!!
すぐ後ろで炸裂する火球に、船員たちは目を瞑る。
恐る恐る目を開けた彼らが見たのは、無傷の俺だ。
「あ、あんた……何で……?」
「あの程度の魔法で俺にダメージは入らんよ。ふっふっふ」
俺の背後に展開している光の盾は、結界魔法シールドウィル。
こいつは魔法、物理、あらゆる衝撃を受け止める効果を持つ。
現在は盾形態として展開しているが、普段は俺の周囲に薄く展開し、不意打ちなどを防いでくれているのだ。
「はっはー! 命中ゥ! また1隻沈んだぜー!」
「いやー大して反撃もしてこない船を落として金貰えるなんて、ボロい商売だな」
向こうの船で、はしゃぎ立てる声。
煙が晴れ、奴らの姿が見えた。
俺たちの無事を確認し、驚いている様子だ。
「おいおい、外してんじゃねえかよ。このど下手くそ!」
「あれー? おっかしいなぁ。当たったと思ったんだが……」
「手本を見せてやるっつの……おらよッ! グリムランスッ!」
巨大な炎の槍がこの船めがけ、放たれる。
――――火系統中等術式、炎牙槍
炎の槍で相手を穿つ魔法だ。
通常の三倍のサイズはあるだろうか。かなり使い手である証拠である。
こいつは確かに苦戦しそうだな。――――尤も、俺が相手でなければの話だが。
「盾よ」
俺の声に従い、光の盾は鋭く回転しながら螺旋を描く。
曲がりくねった滑り台を形作った盾へ命中した炎の槍は、その形状に沿うように導かれ、進路を狂わせる。
ぐるりぐるりと俺の周りを回転し、抜けた方角は――――槍を放った相手の方だ。
「ぬなっ!? か、返ってきた!?」
「テメェの方がど下手くそじゃ――――」
言いかけた男たちの船に、炎の槍が突き刺さり爆発炎上する。
たまやーかぎやー。
「あ、アンタはいったい……?」
「通りすがりのオタクだよ」
「オタク……? なんだかわからねぇが、ありがてぇ!」
一応名は名乗らないでおく。
レティシアの使いだと知れたら面倒なことになるからな。
国同士の問題だし、第三者の仕業という事にしておいた方が気が楽だ。
「さて、俺も暇じゃあないんでね。とっとと終わらせてもらおうか――――盾よ、奴らを絡みとれ」
盾へ更に、形状変化を命じ、広く、広く伸ばしていく。
そのままでは形状を維持出来ないため、穴がぽつぽつと開き始めた。
次第に、光の盾は網の形へと形状を変える。
「……そして、縮め!」
相手側の船を取り囲むようにして広げた網を一気に狭める。
ガシャン、ガシャンと音を立てぶつかる船と船、乗っている者たちは落ちぬよう必死だ。
更に命じると、盾は絡みとった船ごと遠く沿岸の方へと押し戻していく。
どんどん遠く、船の姿が見えなくなると俺はくるりと背を向ける。
「国へ帰るんだな。お前らにも家族がいるだろう」
勝ちセリフを言って俺は船員の皆に手を振った。
「うおおおお! すげえよあんた!」
「やるじゃねえか! オタクの人!」
「オタク! オタク!」
巻き起こるオタクコールに少々複雑な気分である。
まぁ悪い気はしないけど。
「本当に助かったぜにーちゃん! 港に帰ったらぱーっと宴でも開こうや!」
「いやしかし……」
「帰る、なんて言わないでくれよ? 礼の一つもせずに帰したら海の男の名折れだ。 それに奴ら、また来るかもしれねぇ。しばらくはいてくれよ! な!」
「んー……確かにそうかも」
そりゃま、そうだよなぁ。
追い返しただけだし。もっと強いのが来る可能性もある。
だから、ここで歓迎を受けてもいいよな?
「……わかったよ。ちょっとだけ」
「おおよ! ちょっとだけちょっとだけ! がっはっは!」
和気藹々、歌を歌いながら船は港へと戻っていく。
すぐに宴が開かれ、主役である俺はどうぞどうぞと酒を飲まされまくった。
「うぅ……もう、だめ……」
「にーちゃん情けねえなぁ。ひっく」
そして俺は二日酔いで寝込んでしまったのである。
情けねえ。