オタクと腐女子
――――そして翌日、リシャを待つべく草原へ向かうと、俺より少年の方が先に来ていた。
しかも、数人の子供たちを連れて、である。
「いよっ、少年。今日は友だちと一緒かい?」
「おうにーちゃん! 友達連れてきたぜーっ!」
「こんちわーっ!」
「面白いものが見れるってゆーから、ついてきたのーっ!」
「そっかそっか」
群がる子供たちの頭を撫でてやる。
お客さんが増えて、リシャもやる気になる事だろう。うんうん。
「じゃあ、リシャが来るまで俺と遊んでいようか」
「はーい!」
「はぁーい♪」
「私もよろしいですか?」
子供たちの声に混ざり、背後から聞こえてくるのは聞き覚えのある声。
振り向くとそこにいたのはレティシアだった。
しかも変装をして、である。
帽子を深くかぶり、黒メガネをかけ動きやすいズボンをはいていた。
「んふふふふ、毎日毎日どこへ行っているのかと思えば、こんなところにいたのですねぇ」
「げっ、何やってんだよレティ……」
「カイトさまがこちらにいらっしゃると、爺やに教えてもらいまして」
したやったりといった顔のレティシア。
あーもう、爺やさんなにしてくれてんの。
頭を抱える俺を見て、レティシアがしてやったりとばかりに笑みを浮かべている。
そうこうしているうちにリシャが来た。
「すみませんっ! 遅くなりました……っとと、なんだか今日はお客さんが沢山ですね」
「んふふ、あなたがリシャさんね。私はレティ。カイトさまとはいい仲ですので、そこのところよろしくお願いしますわ♪」
「僕はクルフーっ!」「私はヤヤでーす」
「あ……申し遅れました。私はリシャと申します」
そう言って深々と頭を下げるリシャ。
あ、気づいてないのか。まぁ町娘のリシャは本来のレティシアの姿なんてまともに見た事ないのだろう。
とまぁそれはおいといて……レティシアを捕まえ、小声で話しかける。
「つーか、いいのかよお姫様。こんなところに一人で出てきてよ」
「いいんですのよ。変装してるし、まさか国の姫がこんなところにいるなんて誰も思わないでしょう。そもそもこの国はボケ呼ばわりされるレベルで平和ですし、何より最強の勇者様にボディガードしていただいてますし♪」
「するとは言ってない件について」
全くもって自分勝手である。
爺やさんにはレティシアを甘やかさないように言っておかねば。
「それではカイトさまが夢中になるという、貴女の業前を見せていただこうかしら?」
「お、お手柔らかに……」
レティシアが困惑するリシャに、バリバリと視線を飛ばしている。
なんかごめんな、リシャ。
「ええと、では初めての方も多いですので、今日は最初から」
こほんと咳払いをして、リシャはノートを開き、最初から物語り始める。
……
…………
………………
読み終わってしばらく、静かな余韻があたりを包む。
うーむ、なるほど。そういう展開で来たか……熱いぜ。
「……というわけで、本日はここまでです」
言い結んで、リシャはぺこりと頭を下げる。
しばし緊張を孕んだ沈黙――――の後、ぱちぱちと拍手が送られた。
俺のもの一つだったそれに、少年と、その友人たちが続く。
「……ふん」
だが一人、拍手を送らぬものがいた。
ていうかレティシアである。ったく子供っぽいな。
確かに様々な戯曲を見慣れたレティの好みには合わなかったかもしれんが、社交辞令でも送っとけよ。
咎めようと振り向いた俺だったが――――やめた。
「……中々……っく、や、やるではないですか……ぐすん」
レティシアは両手で次々と零れ落ちる涙を拭いていた。
どうやら、いたく感じ入ったようである。
「……ご視聴、ありがとうございました」
もう一度、頭を下げるリシャ。
感動の涙、リシャにとっては拍手よりうれしい事だろう。
「いよっ! 今日も面白かったぜ!」
「ねーちゃんつづきつづき!」
「ふふ、また明日ね」
「楽しみにしていますわよっ! リシャ」
「はい、レティさん」
ちなみに二人はすっかり仲良くなっていた。
リシャもまさか一国の王女と仲良くなってるとは夢にも思うまい。
ちなみに二人は俺と子供たちが遊んでる間、ずーっとリシャとノートを広げ、不気味に笑いながら語らっていた。
その様子はまさしく向こうの世界で見た腐女子というやつだ。
いやぁ、異世界でも女ってのはフヒヒって笑うんだなぁ。
「すごく楽しかったです。流石カイトさま、見る目がございますね」
「そりゃ、気に入っていただけて何よりで」
「明日もまた、一緒に行きましょうね」
「そしたら俺が連れ出したとか言われて睨まれるだろ。今日みたく変装してこっそり来いよな」
「むぅ、しようがないですわねぇ」
と言いつつ腕を絡めようとするレティシアを躱す。
あぶねえ、こんなところを見られたらどんな噂が立つか困ったもんじゃない。
全くこのお姫様は自分の影響力ってやつを全く考えないからな。
「しかし、あそこまで気に入るとはちょっと意外だったぞ」
「んふふ、わかってないですねぇ。王子と少年のすれ違いながらも熱い、想い。いつしか同じものを追い求める同士、奇妙な友情が芽生えていく。今までと違う気持ちに気付いた二人はついに……あぁんっ!」
両手で顔を覆い、いやいやと頭を振るレティシア。
いやそんな話一ミリもでてねーし。気持ち悪。
「あぁ~生きる楽しみが一つ増えましたわぁ」
気色悪く身体をくねらせるレティシアから3メートルほど離れつつ、俺は城へと戻るのだった。
――――時を同じく、レティシアと同じように気持ち悪い笑みを浮かべながら、リシャは帰途に就いていた。
そんな顔がバレぬよう、ノートで隠してはいたがそれはそれで目立っている。
ダメだダメだと思いながら顔を引き締めるが、すぐに顔がふやけてしまっていた。
(えへへ、初めてだなぁ。あんなに喜んでもらえたの……♪)
また、続きを書かなきゃ。
軽い足取りで帰途につくリシャの足が、不意に止まる。
「あれー? リシャじゃーん」
リシャの正面に現れたのは、彼女の同級生たちである。
彼女らの視線に、リシャは思わず目を伏せる。
「何やってるのよリシャってば、授業休んじゃってさー。もしかしてサボり?」
「いやその、先生に一人で練習してろって言われたから……」
彼女らは、リシャが通う絵の学校の同級生である。
個性的なリシャの絵は殆ど最低に近い評価だ。
こちらの世界では個性というのはむしろ減点につながる。
数日前、叱られて自習を申し付けられたリシャは草原で一人、絵を描いていたのだ。
「それで一人で練習してたんだーこのノートに?」
「あッ!」
ひょいとノートを奪い取る。
「か、返してっ!」
「やーよ。あっ、何か書いてあるわ」
「なになに? 昔々あるところに、とてもきれいなお姫様がいました……ぷっ、昔話じゃないのコレ!」
「画風もガキっぽいけど、頭の中まで子供のまんまなのねぇリシャってば」
「こんなの描いてたらまーた先生に怒られちゃうわよ。あははははははッ!」
嘲笑われ、リシャは俯いてしまった。
その目には涙がじわじわと溜まっていく。
「おや、あなたたち」
「あ、ジェノバ先生」
白髪の初老、ではあるが大柄の男――――彼女らの教師であるジェノバは、ゆっくりと皆を見渡した。
「こんなところで何をしていたんだね?」
「はーい、リシャが何か描いてたんで、見てたんですぅーはいこれ!」
「ちょっ! 何をするのよッ!」
ノートを教師へと手渡そうとする少女に、リシャは掴みかかる。
こんなものを見られたら、何を言われるか分かったものではない。
それはもう、必死の形相だ。
「いやっ! 返してっ! 返してってばっ!」
「ちょっと、痛いわねっ! 離しなさいよっ!」
しかし、力及ばず周りの仲間に押さえられ、ノートは教師の手に渡されてしまった。
「ほう、ちゃんと自習をしていたんだね。感心感心……む」
教師はそれをパラリ、パラリとめくっていく。
そのたびに、優しげだったその顔がみるみる怒りに染まっていく。
我慢できぬといった様子でノートを閉じた教師は、しばらく沈黙した後、冷たい目でリシャを見た。
「……これは、何かね?」
「そ、それは……」
「私は自習を命じたはず。君はそれを承諾したものだと思っていたのだが」
「ぅ……」
鋭い視線でにらまれ、リシャは言葉を失う。
教師はノートを手に取ると、力を込めた。
「あ……」
手を伸ばすのも間に合わず、ノートは破り棄てられる。
ビリビリと、リシャの描いてきた物語が、無残に。
崩れ落ちるリシャを、少女たちは見下ろし、嗤っていた。
「……どうやら、言葉だけでは足りなかったらしい。来なさい」
「う……うぅ……」
そんなリシャを引きずりながら、教師は街の奥へと進むのだった。