オタクと絵描きの少女
その翌日、また草原で待っているとリシャが来た。
ほぼ同じ時間である。リシャは急いでいたのか、少々息を切らしていた。
「はぁ、はぁ、はぁ……お、お待たせしました」
「いよっ! リシャ先生! 待ってたぜ」
「もう、カイトさんたら……そんなんじゃないですよぅ」
と言いつつリシャはめちゃめちゃ嬉しそうだ。
意外と満更でもなさそうである。
「おほん……そ、それではお話の続きを、どうぞ」
「待ってましたぁ!」
リシャの差し出したノートを受け取ると、早速ページをめくる。
貪るように読み進めていくとページはすぐに終わりを迎え……続く、の言葉でノートは切れてしまった。
「んがっ! また続くかよー」
「う……す、すみません……」
「いやいや、続きが読みたいくらい面白いってことだよ」
うんうんと頷く俺を見て、リシャは顔を赤らめている。
意外とテレ屋だな。
「ねぇねぇ、お兄ちゃんたち何やってるの?」
いつの間に近くにいたのか、男の子が声をかけてきた。
この子は俺が暇な時、よく遊び相手になっていた子供だ。
「このお姉ちゃんが描いた本をな、読んでたんだよ」
「ちょ! カイトさんっ!?」
慌ててノートを取り戻そうとするリシャだが、ひょいとそれを躱す。
「まぁまぁ、いいじゃないか」
「か、返してください~」
リシャは涙目になりながら、俺に絡みつくようにして手を伸ばす。
色々なところが当たっているぞリシャ。そこまでに必死に並んでも。ちょっと可哀想になってくる。
「そんなに嫌なのか?」
「うぅ……」
「……わかったよ。そういう事だ、悪いな少年」
「え~兄ちゃんのケチー!」
「ふっ、大人はずるいし、意外とケチなのなのさ」
ぶーたれる少年の頭をなでながら、俺はリシャにノートを返す。
「悪かったな。リシャ」
ノートを受け取り安堵の息を吐くリシャだが、不意に自分を見つめる視線に気づく。
目を潤ませながら、リシャをじっと見ていた。
「お姉ちゃん……ダメ……?」
「えぇと……うぅ……」
ちらりと少年を見やるリシャ。
そのつぶらな瞳に、タジタジになっている。
しばしの後、諦めたようにため息を吐いた。
「……わかりました。いいですよ」
「やったぁ!!」
ガッツポーズをしてノートをひったくる少年に、信じられないといった顔を向けるリシャ。
うーむ、逞しい。
リシャがあうあうと唸るのも構わず、ノートをめくる少年……だがその手が止まる。
「にーちゃん。これ、何て書いてあるの?」
「何だ。お前字が読めないのか」
そういやこの世界での識字率は高くないんだっけ。
レティシアとか爺やさんとか、周りが読める奴らばかりだったから、麻痺してたな。
「ねー読んでよにいちゃん」
「ハイハイ」
しゃーねえなとばかりにノートを受け取った俺だが、ふといい考えが浮かんだ。
こほんと咳払いをすると、ノートを広げ少年の方を向き直る。
「えー、とあるところに一人のお姫様がいました。髪は絹のようにしとやかで、肌も白磁のような……」
「にーちゃん、はくじって何ー?」
「ええと……まぁとにかくカワイイお姫様がいました。ってことよ」
よく考えたら、ラノベとかでよく見る字ではあるが、意味は知らないんだった。
勢いでごまかしつつ、適当なアレンジを加えながら読み進めていく。
「姫、なにとぞ私と結婚していただけませんか!?」
「ええい! その程度でわらわの婿になろうなど、百万年早いぞよ!」
「なれば私と!」「いいえ、私と!」
「くどい! 貴様らのような雑魚にはほとほと愛想が尽きたわ! はぁ、全くどこかにまともな者はおらんのか……」
一人二役、俺は作中人物になり切って会話劇を演じる。
「あははははっ! にーちゃんおもしれー!」
少年は俺が裏声でやる姫の声が気に入ったらしく、ケラケラと笑っていた。
よし、ウケてるウケてる。
元の世界での朗読でも、俺は感情を込めて読むことで皆にバカウケしていたのだよ。
「うぅ、私のお姫様はそんな嫌な人じゃないですぅ……」
リシャは若干不満げだが、姫の我の強さがこの作品の面白さだと思うんだがなぁ。
それにウケてるし、許してほしい。
「ってなわけで、攫われたお姫様を助けるべく、馬車に忍び込んだ少年! 幌を上げるとそこにいたのは……と、いうところで、終わりでーす。さあてどうなる次回!? 続くッ!」
「えーーーーっ!」
すごく不満げに声を上げる少年。
「なんでだよーっ! 続きはどうなんの!? ねーねーねーってばーっ!」
「しらねーよ。しょーがないだろ。まだないんだから!」
「ぶーぶー! じゃあ続き考えてよ! 今すぐねぇすぐーっ」
「……だとよ、先生?」
「えぇぇ……」
先生に話を振ると、困惑気味に声を上げる。
でもめっちゃ嬉しそうだ。
ニヤニヤしながらその様子を見ていると、リシャは目をつむり唇を尖らせる。
「……もう、仕方ないですね。明日また描いてきますから、今日は我慢してください!」
「だってさ、少年」
「むぅ……わかったよ」
渋々といった様子で、少年は立ち上がる。
「じゃー明日な!」
「おー! 転ぶなよーっ!」
「またねーっ!」
街へと降りていく少年を、俺とリシャはずっと見送っていた。
少年の姿が消えてなお、手を振っていたリシャだったがはたと何か思い出したように口に手を当てる。
「あ、そういえば私もお母さんの手伝いをしないといけないんでした」
「おう、そうか。じゃあ俺も帰るとするぜ。また明日な」
「はい!」
「俺も続き、楽しみにしてるからな」
「――――はいっ!」
元気よく、そう答えたリシャは満面の笑みを浮かべていた。
街にまでリシャを見送ると、俺は城へと足を向ける。
と、その前に……柱の陰から気配が向けられているんだよな。
つーか今日ずっと、付けられてたのには気づいてたけど。
「おっす爺やさん」
「……これはこれはカイト様。奇遇ですな」
出てきたのはレティシアの執事、爺やさんである。
「奇遇……ね。ったくボケるような歳でもないだろ? レティの命令かい?」
「いえ、私の独断です。最近カイト様の様子が少しおかしかったので」
「そりゃ心配かけたね。まぁ見てのとーりさ。大したことじゃない」
「そのようでございますな」
「あぁ」
心配症だな。爺やさんは。
「しかし少々安心しました。カイト様は女性に興味がないのかと思っていましたので」
「はぁ!? んなわけねーし! どうしてそう思うよ!?」
「レティシア様にも興味を示しておられぬ様子でしたので」
「……あんたもたいがい、親ばかだな」
そんなんだからレティシアがわがままなんだって。
やれやれとため息を吐きながら、俺は爺やさんと城へ帰るのだった。