オタクと夢の一歩
こうしてアギバコーポレーションは、ある程度国の資金援助は受けつつも、大半は俺が今までの冒険で稼いだ金で発足した。
俺は図らずしも社長になっちまったというわけだ。
「あ……ふぁ……」
大あくびをしながら会社へ向かう。
ずっと好きな時に起きて好きな時に寝るグータラ生活だったから、身体がなまっちまってるな。
先日のバトルで若干筋肉痛&魔力線痛だし。
だが社長となったからにはグータラ生活も終了だ。
やることはたくさんある。
社屋はレティシアから使わなくなった別荘を購入した。
1k㎡ほどの敷地内には綺麗な川が流れ、公園もすぐ近くにある。
天気が良ければ外でも作業できるように机なども置かれ、運動も出来るスペースもある。
環境は抜群によく、皆からも評判だ。
快適過ぎてここに住むものまで出てくる始末である。
というかそういう人たちはまともな家がないんだよな。
ぜひここで稼いで、家を買ってほしいものだ。
「おはようございます」
門をくぐると、後ろから来たリシャに声をかけられる。
「おはようリシャ。調子はどうだい?」
「すごくいいです。ここだといいアイデアもう浮かぶんですよ」
「そりゃよかった」
「これもカイト社長のおかげです」
可愛らしくウインクをするリシャだが、社長と呼ばれるのは何ともこそばゆい。
「社長はやめてくれよ。なんか恥ずかしいんだが」
「でもみなさん社長と呼んでますし、私だけというのも…………」
困った顔で首を傾げるリシャ。
確かに、名前で呼ばせて下手に俺とリシャの仲を勘繰られたら面倒なことになる。
特別扱いは皆の士気を下げるもんな。
しゃーない我慢するか。
そんなことを考えていると、リシャは子供が新しい悪戯を思いついたような顔で笑う。
「……じゃあ、二人の時だけカイトさんと呼びますね」
俺の耳元でささやくと、小走りで駆けて行く。
そして振り返り、大きく手を振る。
「ふふっ、じゃあ今日も頑張りましょうね。カイト社長♪」
何だかリシャの奴、変わったなぁ。
前はもっと暗かったが、大分明るくなった気がする。
まぁやる気になってくれたのはいいことか。
俺はリシャを見送ると、読書室へ向かうのだった。
「さーてと、読むぞー!」
読書室には出来上がった原稿が随時置かれている。
おお、今日は4作品か。
さっそく読ませていただきますかね。
舌なめずりをしながら届いたマンガをめくっていく。
……
…………
そして読み終わった俺は大きく息を吐く。
ふぅ、至福の時だった。
やっぱリシャは天才だな。それに他の人も良くこんだけ話を思いつくもんだ。
こっちの世界でもマンガが読めるなんて、この会社を作って本当に良かった。
「とはいえ、会社を回すってのは案外大変なんだよなぁ」
何といっても金だ。とんでもなく金がかかるのだ。
俺が勇者してた時に稼いだ金が、まさに溶けるように消えている。
机などの機材、ペンや紙などの消耗品、人件費、エトセトラエトセトラ……
「あら社長、いらしてたんですの?」
「レティか」
扉を開けて出てきたのはスーツ姿のレティシアだ。
何故こんな姿をしているかというと、俺の秘書をすると言ってきたのである。
任せでたところ非常に優秀でかなり助かっている。
この手の仕事はお手のものらしい。流石王女様。
「紙の在庫が付きそうですわ。そろそろ仕入れをよろしくお願いしてもよろしいでしょうか?」
「もうかよ!? この間買ったばかりだろ?」
「原稿以外にも下書き、ネーム、練習用、まさに湯水のごとくです。とんでもない勢いで減っていますわ」
それだけ皆が一生懸命仕事をしているという事か。
ま、それを解決するのが社長である俺の仕事ってことだな。
「よっしゃわかった! 紙は昔の知り合いに頼むことにするよ。ドワーフ連中なら大量生産できる機械を造れそうだ」
「では紙の材料である木材は、エルフの領主に頼んでみましょう。カイトさまのパイプのおかげで、彼らとは取引していますので」
「忙しくなりそうだな」
「でもカイトさま、すごく楽しそうですね」
「おうよ!」
自分のやりたい、見たいものの為だ。
なんだってやってやろうじゃねえか。
暇だ、なんて言ってる暇はなさそうだな。
ニヤリと笑って俺は空を見上げた。
――――待ってろよ、すぐに追いついてやるからな。
元いた世界にそう誓い、俺はまた前を向くのだった。
これにて終了となります。
見てくれてありがとうございました。




