オタクと会社
数日後、俺はレティシアの部屋で茶を飲みながら、報告を受けていた。
「ジェノバは投獄、リシャを含む囚われの人たちは休んで、現在は無事回復に向かっています。これにて一件落着……ですわね」
トントンと書類を束ねながら、レティシアが言う。
確かに、この騒動も終わりといえば終わりかもしれない。
でもまだやるべきことはある。
「レティ、囚われていた皆は今も会議室にいるのか?」
「はい。まだ完全に回復していない方もおられますので。そこで休んでもらっていますわ」
ふむ、回復しかけの今が丁度いいタイミングかもしれない。
「よし、ちょっと行ってくる」
「あっ、カイトさま?」
会議室には未だ床に沢山の毛布が敷かれている。
大半の人はまだ寝込んでいるが、何人かは起き上がり絵を描いていた。
うむぅ、絵描きの執念は恐ろしいと聞くが、倒れるまで書いてても回復したらまた描くのか。
素直に尊敬の念を抱くな。
その中にはリシャもいた。同じように、カリカリとペンを走らせている。
俺にも気づかないようだ。すごい集中力だ……本当に好きなんだろうなぁ。
(この人たちなら、きっと……)
よし、決めた。
大きく息を吸い、皆を見る。
「みんな! 聞いてくれ!」
ざわざわと互いの顔を見合わせながら、彼らは俺に注目する。
「ここにいる皆は、ジェノバに催眠魔法を受け無意識に利用されていた。それは先日言った通りだ。まだ回復してない人もいるだろう。そんな貴方たちに、こんなことを言うのは、ある意味酷な事かもしれない……だが聞いて欲しい。俺の為にみんな、絵を描いて欲しいんだ!」
しん、と辺りが静まり返る。やや困惑した面持ちだ。
しばしの沈黙を破ったのはリシャ。
控えめに手を挙げ、立ち上がる。
「あの、カイトさん。お久しぶりです。その説はどうも……」
「ん、気にするなって」
わざわざ丁寧なことだ。
リシャは頭を下げた後、質問に入る。
「絵を描いてくれ、とはどういうことですか?」
「俺が口で説明するよりも、まずこいつを見てほしい」
取り出したるはスマートフォン。
こちらの世界に飛ばされたときに、持っていたのである。
ネットは使えないが写真や録音機能など、魔法では代用できない機能を数多く持つので、冒険でも地味に役立つっていは。
ぽちぽちとお気に入りサイトを開く。
開いたのは元の世界でよく読んでいたウェブマンガ雑誌ジャマデー。
ネットは見れずとも、キャッシュはまだ残っている。
それこそ暇な時に、擦り切れるほど読んだものである。
こいつを魔法で……拡大する。
――――俺オリジナル光闇の合成魔法、巨大映写魔法。
範囲内を光魔法で強化、更に周囲を闇魔法で暗くすることで、それを屈折させ巨大化させる、いわゆる映写機のような役目を果たす魔法である。
壁一面にスマホ画面が映し出されたのを見て、皆どよめいている。
「描いてほしいのはこれ、絵とセリフでストーリーを紡いでいく……マンガってものだ」
「まんが……ですか」
すぐに皆、スクリーンに夢中になり始める。
スワイプさせ、ページをめくるたびに歓声が上がる。
「ほう、ほうほうほうほう……これはすごい!」
「絵本によく似ていますが、全然レベルが違いますね!」
「……初めて見る系統の絵だ。しかも画風も全く違う。これは興味深い……」
「これだけのものを描こうとすれば、凄まじい修練が必要でしょうな……」
ワイワイと盛り上がる彼らを、俺は満足げに見ている。
異世界の文化人たる彼らから見ても、すごいのだ。一オタクとして、何だか誇らしい気持ちである。
一通り盛り上がったところで、俺はパンと手を叩く。
「……というわけだ。こいつを作ってほしい!」
笑顔での快諾――――を、期待していた俺だったが、皆は浮かない顔だ。
先刻のやる気が嘘のようである。何故だ、どうしてだ。
「ふふ、カイトさま、言葉が少々足りませんわ」
扉を開け、入ってきたのはレティシアである。
両手いっぱいに書類を抱え、俺の前に進み出た。
「レティシア様だ……」「王女様が何故こんな所に……?」
どよめく人たち。そりゃ一国の王女さまが出てきたんだものな。
でも何をしに……?
不思議に思う俺を尻目に、レティシアはスマートフォンを取り除くと、代わりに何枚かの書類を壁に映し出した。
レティシアがタクトで指し示す先は国家重要プロジェクト、という一文。
その下に描かれている文章を、つらつらと読み上げていく。
「えーこほん、これは、我が国で先刻申した……いわゆるマンガを普及させようというプロジェクトですわ。各々が各々の作品を製作し、それを販売する。無論、給料も支払われますし、休みもあります。皆様にはこれに参加していただきたいのです。安心してください。ちゃんとしたお仕事ですのよ」
先刻とは打って変わったように、皆の表情が明るくなっていく。
十分に場が温まったのを待った後、レティシアは皆に問いかける。
「――――いかがでしょう?」
「おおおおおおおおおおおおッ! やるぞ! 俺はっ!」
「仕事だああああああああ! しかも絵画の! 条件もいいぞっ!」
超、盛り上がる皆さん方。リシャの目もキラキラ輝いている。
呆ける俺に、レティシアはウインクを投げかけてきた。
「一通り調べましたが、この方たちの大半は元は売れない画家で、生活に困窮していたところをジェノバに話を持ち掛けられ、つけこまれて催眠を受けたのですわ。ですのでちゃんと報酬と名誉を与えてあげれば、ちゃあんと働いてくれますよ。ふふっそれこそニンジンを目の前につりさげられた馬のようにね」
黒い笑みを浮かべるレティシアがちょっと怖い。
まぁでもそりゃそうか。
生きていくには金やら何やらがかかる。仕事としてやってもらうのが一番だよな。
まともに働いたこともなかったから、そんな感覚が実感としてなかったわ。
俺はガシガシと頭を掻くと、観念したようにため息を吐いた。
「流石レティだよ」
「んふふ、惚れ直しました?」
「……すげーとは思ったよ。ある意味な」
「むぅ、素直に惚れてくださいまし」
頬を膨らませ、レティシアは不満げに言う。
可愛らしい仕草を見せても、さっきの件で逆に怖く見えるんだよ。
これがギャップ萎えという奴か。
「ところで、社名は何にいたしますの?」
「社名……社名かぁ」
言われて考え込む。
それなりの組織を作るなら、当然その名は必要だ。
大体社長の名を使うのが一般的ではあるが、俺の名は勇者としてそれなりに広まってるから使いたくないんだよな。
んーでも自分の名を使いたいって気持ちはある。おっそうだ。
「じゃあアギバコーポレーションってことで」
「いい名ですわ。カイトさま。して語源の方は」
「俺がいた世界で、この手の文化が一番発展していた街だ」
「なるほど……ここも同じくらい、発展するといいですわね」
「ああ!」
かくして、アギバコーポレーションがここに発足したのである。




