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鴉天狗Kは入山を受け入れるか  作者: 姫林もやし
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天鬼空/4

 朝から雨が降っていた。葉子は正門の前まで来て帰っていったが、それは雨のせいではない。つまらない授業を一緒に聴くことに飽きてしまったのだろう。

 僕は自分の席から外を眺めた。雨は何の感情もなく地面に落ちるばかりだ。

「おはよう、空君」

 今日は委員長も健在らしい。昨日休んだ理由を先生が言っていたが、なんだっただろうか?

「おはよ」

 僕はあいさつを返し再び窓の外を視た。

「おはよう、空。そしていいんちょ」

 僕たちのところに竜が現れる。今日はいったい何の話をきかされるのだろう。時計の長針は2の手前で止まっていた。これから約20分間の竜先生による0コマ目が始まるのか。僕はため息をつかずにはいられなかった。

「さて、いいんちょ。感想を訊かせてもらおうか」

 竜が話しかけたのは委員長だった。僕もうぬぼれたものだ。たかだか二日ほど話したからといって、必ずしも僕に話しかけてくるわけがないではないか。

「何の感想かしら?」

「俺から取り上げたゲームをやった感想に決まっているだろう。学校休んでまでやっていたんだ。ほとんどのキャラは攻略できているだろう?」

 少しばかりの沈黙が流れた。委員長の顔が一昨日のように赤くなる。

「私が休んだのは法事のためです。ゲームをやるために学校休むなんて愚かな行為はしません! そもそも乙坂君は、もっと健全なゲームをやるべきです。詳しくはわからないけど、最近では皆でプレイできるアクションゲームとかあるんでしょ? そういうのをやるべきだわ」

 委員長が早口で捲くし立てた。たぶん委員長にとってあの話題はタブーなのだろう。

「ふっ。それは積む価値のあるゲームなのかい?」

 積む価値のあるゲーム? 普通は買う価値のあるゲームなのではないか。今更言うことではないが竜の考えはどこかズレている。

「だから、詳しいことはわからないんだって。あ、でもパッケージの魔法使いはかわいかったわ。乙坂君はそういうのが好きなんでしょ?」

 顔の横で人差指をたてる委員長は、自分を納得させるように頷いていた。

「そうだ、空。魔法使いで思い出した」

 おい、竜。委員長が固まっているぞ。話の途中で話題を変えるならともかく、話し相手を変えてどうする。

「どうやらこの町には魔女がいるらしい。これは第三使徒から得た情報だからまず間違いない」

「第三使徒って何よ?」

 ああ、委員長さん。こんなバカの妄想に質問なんてかぶせなくてもいいのに……。そんなことをしたら竜の口が止まらなくなるではないか。聞き流すのが一番なんだ。

「第三使徒はパソコンだ。ちなみに第二が空で、第一は俺だ」

 そうそう、第三はパソコン。第二が僕で……。

「ちょっと待て。どうして僕が組み込まれてるんだ?」

「なんだ、空。第二じゃ不満か? しかし、第一の座は譲れんぞ」

「組み込まれてるのが不満だよ!」

 僕は立ち上がって叫んだ。教室の中の何人かの視線を集めてしまったことに後悔した。

「まあ、落ち着け空」

 竜は僕の両肩に手をのせ席に座らせた。竜が周囲をキョロキョロする。

「いいか。魔女の条件は3つ――

 1つ、存在が秘匿であること。

 2つ、箒にまたがり空を飛ぶこと。

 3つ、黒猫とセットであること」

 竜がひそひそと話した。噂が流れている時点でこれは矛盾しているのではないか。秘匿であるなら、その存在はしれないのだから。ずいぶんと第三使徒はいい加減なことを言うものだ。

「探しにいくぞ」

「はっ?」

 竜のキラキラした瞳が僕にむけられる。そのどこまでも魔女的でない魔女を探してどうしようというのだ。竜が僕の考えを覚ったかのように笑い出す。

「魔女といったら薬だ。どでかい壺で怪しげな薬を調合していると相場が決まっている。その薬を飲んで俺は秘められし力を覚醒、次元は統合される。明るいな、未来は」

 ああ、竜の頭の中はどこまでもお花畑が広がっているのだろう。確かに明るい。その妄想という太陽光でお花を育ててくれ。竜のお花を刈り取れる庭師などこの教室にはいないのだから。

「で、場所なんだが――」

 竜は机の上にこの町の地図を広げていく。地図の一箇所には赤ペンでバツ印が書かれていた。

「通称迷いの森。どういうわけか地元民でも道を違えるほど魔的な森らしい。しかし、その魔的さこそ魔女がいる裏づけといえよう。そして、こっちには第三の目を開眼せし男、次元統合者、乙坂竜がいる。この勝負、勝った」

 第三の目って何だよ。よもや額にマジックで目を書くとかじゃないよな。いや、竜ならやりかねない……。

「いけません! あの森は本当に危険なんだから」

 委員長。どこまでも健気な女の子。竜の妄想トークの犠牲になるのは僕だけでもいいのに、律儀に話を聴いていたのだ。

「いいんちょも連れて行ってほしいなら、そう言えばいいではないか」

「どうしてそうなるのよ」

 ホームルーム開始のチャイムが鳴る。

「魔女探索の決行は日曜日だ。詳しい計画は昼休みにたてよう」

 竜はそういい残して自分の席にもどっていった。外では相変わらず雨が降っている。学校の前の道を見慣れた黄色い傘が歩いている。

「あいつ、何でこんなとこ歩ってるんだ?」

 灰色の世界に黄色い傘だけがういていた。


***


 以前のような帰宅時間だった。竜は例の魔女探索の準備をするとかで僕より早く帰宅した。学校終了後、即刻家へとむかう僕より早いというのは、早退したからである。

 僕は何のやる気も起きなく、制服のまま畳に転がった。雨の音が心地いい。

 しばらく雨音に耳をかたむけていると部屋に葉子が入ってきた。赤い瞳が僕の顔を見下ろす。

 んっ? 赤い瞳?

 僕は葉子になにかしてしまったのだろうか? 思考をめぐらせるが思い当たるものがない。葉子の九つになった尻尾がゆらゆら揺れている。

「空が悪いんですよ」

 葉子が僕に覆いかぶさってきた。僕は状況が飲み込めないでいる。赤い瞳が目の前にきた。自らの唇をなめる葉子は妖艶である。

「ちょっ、葉子?」

 葉子は何も答えず、くすくす笑うばかりだった。

 頬に濡れた感触が伝わる。葉子の舌が頬から首筋へとおりていく。僕はそれを気持ち悪いとは思わなかった。

「ふふふっ。可愛いわ、空」

 葉子の巫女服は乱れていて、両肩が視えてしまっていた。その成長しきっていない肩は汗でしっとり濡れている。僕は自分の体温が上がるのを感じた。

 葉子が僕の学ランに手をかける。このまま脱がされてしまうのも悪くないと、僕の中の悪魔が囁いた。葉子に次々とボタンを外されていく。

 学ランのボタンを外し終えた葉子はYシャツのボタンまで外そうとしていた。

「駄目だ!」

 僕は葉子を突き飛ばしていた。葉子の服は完全にはだけてしまっていた。僕は自分の中の天使に感謝した。そして、竜に毒されきっていない自分に一瞬安心した。しかし、葉子は魅惑の魔術をかけるかのような視線を僕に送ってくる。

「葉子。お前ちょっと変だぞ」

 言葉を発しなければ葉子からの魔術にとっくにはまってしまいそうな気がした。

「何もおかしくなんかないです」

「いや、目赤くなってるから。尻尾九本になってるから。美雨に頭冷やしてもらえよ」

「美雨は朝でたきり戻ってないです。これは美雨の粋なはからい。きっと空とわらわの愛を認めてくれたに違いないわ」

 再び葉子が襲い掛かってきた。僕は葉子をかわして部屋から逃げ出した。

「ちょっと、美雨を探してくる」

 もうじき夕飯時となるにもかかわらず不在である美雨を心配しているというのは建前だ。あのまま部屋にいたら僕はどうにかなってしまっていたに違いない。

 先ほどまで降っていた雨はあがっていた。雨上がりの涼しさが火照った身体を冷やしてく。

 僕は水溜りを避けながら山道をくだった。

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