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鴉天狗Kは入山を受け入れるか  作者: 姫林もやし
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天鬼空/3

 今日も葉子は教室の前まで着いてきた。僕は昨日の一件で葉子の顔がまともに視れないでいる。落ち着け天鬼空、相手は幼女だ。

 教室に葉子を入れることは何としても阻止しなければならない。ただでさえ疑惑の2人が現れたのだ。この教室のドアという最終防衛ラインを突破されては、僕に白い目があてられるのも時間の問題となってしまう気がした。

 僕は葉子のほうに振り返った。葉子はニヤニヤしながら僕の顔を見返してくる。相変わらず巫女服の葉子。昨日のことが想起され、顔が熱くなるのを感じる。

「おはよう、空。さあ、今日も次元統合のためのインスピレーションを磨き合おうではないか」

 現れた疑惑の1人にラリアットされるような形で、僕は教室へ引きずりこまれた。むろん、ドアを閉めることなどできない。葉子が笑顔で教室に侵入するのがしっかりと確認できた。

 席につかされた僕は涙が滲んだ。

「すまん。少しきつく絞めすぎたようだ」

 自分の席でもないのに平然と僕の前に座った竜が心配そうな眼差しをむけてくる。僕の涙は決して竜のせいではないのだ。巫女服の幼女が教室内を走り回っている。

「おおっ! 空にーの教室。空にーの机。空にーの……友達かにゃ?」

 竜の顔を覗き込んで葉子は疑問を投げかけた。当然僕は答えない。そして竜は友達ではない。昨日の今日で友達になどなれるものなのだろうか? そもそも友達ってなんだ?

「ところで空。巫女服にケモ耳ってどう思う?」

 決定打をうたれた気がした。昨日、今日とここまで明確に質問してくるのだ。ただの偶然として考える余裕など僕にはない。もういいんだ。全てを打ち明けてしまおう。そして、視えてしまう気持ち悪い僕は明日から部屋にでもこもろう。竜のように周りから奇異の瞳で視られようと学校に通い続けられる勇気など僕は持っていない。学生の本分は勉強だ。勉強なら家でだってできる。何もわざわざ学校に来なくたっていいではないか。

「幼女……サラシなし、狐の尻尾、もふもふ」

 顎に手を当てぶつぶつと葉子の特徴を言っていく竜。

「いいんだ。もういい。視えてるんだろ?」

 僕の学校生活はここで終わる。なに、過去幾度も繰り返したことじゃないか。悲観することはない。

「ふっ、さすがは俺の見込んだ男だ。ああ、視えている。いや、魅せられている。金髪巫女もケモ耳巫女も、キャラの多様化をはかるには必要なのだ」

 まるで演説をするかのように立ち上がり拳を握りしめる竜。おおっ、なんて葉子が関心している。僕は安心するべきなのかよくわからないでいる。

「巫女服には黒髪一択という考えは捨てた。ふっ、また俺は境界を1つ打破してしまった。恐ろしい、自分の成長が恐ろしい!」

 髪をかきあげながらに言う竜の姿は正直気持ち悪い。自分の言葉の余韻に浸っているのか、竜はしばらくそのポーズのまま固まった。それがいっそう気持ち悪さを引き立てている気がする。

「さて、問題が1つある。人外だと人間に駆逐されてしまうパターンが考えられてしまう。昼休みはそのことについて話し合おう。なに、俺と空の力を合わせればそんな境界障子よりも破きやすい」

 竜の自信はどこからくるのか? そもそも僕は何もしていない。

 朝のホームルーム開始のチャイムが鳴る。葉子は縮こまって耳をふさいでいた。そういえば今朝は委員長の姿をみなかったな。僕は誰も座っていない委員長の席を見つめた。

「いいんちょのことが気になるのかい? 昨日の行動を考えれば今日学校にこないのは必然だ。いいんちょは徹夜でゲームをして今頃ベッドの中で……」

 ホームルーム始めるぞーという先生の声が教室内に響いた。そうだな。委員長はベッドのなかでぐっすりだ。僕は深く考えないことにした。朝のホームルームが始まる。葉子は退屈そうに外を眺めていた――


***


 竜は僕に訊いてもいないことを吹き込んでくる。授業より少しはマシな話だと思ってしまう僕は着実に階段を登り始めたのだろう。むろん、竜と同じ階段だ。かくして今日も帰りが夕方になってしまった。

 葉子は今まで僕のそばを離れなかった。なんでも、僕が学校でどんなことをしてるのか気になったらしい。美雨の昼食はどうするのだ? と訊いたところ、弁当を作ってきたから問題ないと言われた。そして、昨日は弁当が無駄になった、と皮肉も言われた。やっぱ、昨日は昨日で怒っていたのかもしれない。

 帰り道、葉子は無言で僕の後をついてくる。あれだけ退屈な時間を過ごしたのだ、疲れているのも無理はない。ましてや、竜のセクハラと言える数々の発言を聴かされたのだ。竜が葉子を視えないとはいえ、顔を赤くして縮こまる葉子にはご愁傷様ですとしか言いようがなかった。いや、その言葉すらかけられなかったのだが……。

 八衢にさしかかった僕らをオレンジの夕日が照らす。

「……空にー」

 今まで無言だった葉子が話しかけてきた。

「ボクたち霊は人間に駆逐されてしまうんですかにゃ?」

 いきなり何を言い出すのか。

「そんなわけないだろ?」

 僕は振り返って葉子を視た。葉子は地面を悲しい瞳で視ている。

「でも、あのツンツン頭が言っていたにゃ」

 ああ、なるほど。葉子は竜の言った妄想を真に受けているのだろう。

「あれはゲームの話だ。現に人間である僕は葉子を襲わないだろ?」

「襲われないのも問題だにゃ……」

 拗ねるように言う葉子。それはどういう意味なのだろうか? 電柱の上で鴉が鳴いている。

「とにかく、葉子はいつまでも僕と一緒だろ? もうお腹がすいたよ。早く帰って夕飯にしよう」

 僕は再び家にむかって歩き出した。

「そ、そうにゃね。今日の夕飯は空にーの好きなハンバーグにゃ」

 先ほどまでとは明らかに違う声色で葉子は僕の隣に走ってきた。二人並んで家にむかう。たまにはこういうのも悪くはないと思った。

 電柱の上の鴉が飛び上がり、夕日に黒い点を落とした。

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