魔法使いの勘
月の光が、つまらなく組み上げられた鉄骨を照らしている。幽かに反射した光は決して地面に届くことはなく、この場所がまるで舞台裏であることを語っていた。
闇に染まった路地裏を歩き私こと柴崎慧理は眉間にしわをよせる。甘ったるく、淀んだ空気が空間を支配していることに気づいた。
「魔術の痕跡があるわね。何者かが襲われたか……。いや、すでに仕留められているといったほうが適切ね」
闇というものはよからぬ者を連れてくる。できればこんなものを発見したくなかったのだが、私も闇の吸引力に連れてこられたというなら納得がいく。私もまたよからぬ者であることは確かなのだから。
足首まであるスカートを膝までたくしあげた。二尾の黒猫が姿を現す。
「黒。調べて」
私の指示に忠実な使い魔は爆ぜるように辺りを駆け回った。
調査を終えた黒が私の前で停止した。口には鴉の死体をくわえている。鴉の鋭いくちばしは赤く濡れていた。黒は黄色い瞳を真っ直ぐに私に向け何かを訴えているようだ。
「なるほど。一般魔導師のたちの悪い趣味なら、とも思ったがそれは愚考だったわね。私がこれをここで視つけた時点で因果は成立している」
私の頭に、ある組織がよぎる。
《魔導クラスタ》――霊を排除するためだけの組織。やつらが出てきたというなら、ここで消されたのは十中八九、霊だろう。かつて私も所属していたことのある組織だ。もっとも、所属していたのは魔導学校――魔術の養成所みたいなものだ――に通っていた10年の間だけだがね。学校に通っている間は嫌でも組織に所属しなければならなかった。用があったのは学校だけなのだから、その用さえ済ませれば組織にいる必要もないのだ。
しかし、組織からしたら抜けていく者など放っておけるはずがない。数々の機密情報を持ち出しているに等しいのだから、その辺で平然と生きていてもらっては困るのだ。
組織を抜けた魔導師たちがどんな末路をたどるのかは言うまでもない。ただ1人の魔導師、いや、魔法使いを除いては――
「さて、帰るわよ。こんなものを視つけてしまってはおちおち散歩もできないわ」
黒がスカートの中に姿を消す。
「それにしても、こんな痕跡を残すなんて相変わらず無能な組織ね。此度の主催者は誰だか知らないけど、私を舞台に上げるには不十分すぎるわ。それでも、客席でカーテンコールぐらいは観てあげてもいいかもね」
膝まである紫紺の髪を揺らす。私は黒に染まった路地裏を後にした。