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点滅信号

作者: 小山田 華

H28.9.27 改稿しました。

 





 新人研修で資料を渡したことがきっかけで、私は新人の『増田ますだ 貴志たかし』という後輩を知った。明るい性格と笑顔が魅力の彼は上司にも同僚にも好感を持たれ、その名は部署の違う私の耳になにかと入るほどだった。その彼と何回か飲み会で顔を合わせ、


楠本くすもとさん、俺と付き合ってくれませんか」


 会社の忘年会の片隅で、顔を真っ赤にした彼から告白をされた。

 人気者からの言葉が信じられなくて、


「増田君と全く違う私のことを、好きになるはずがない」


 と言い返していた。彼は私のその言葉に一瞬目を見開いたけれど、すぐに笑顔に変えて。


「楠本さんが、俺と全く違うからいいんです」


 私が気にする部分が彼にとって魅力なのだと、はっきりと言い切った。


「俺ってガキ臭くて突っ走る所があるから、楠本さんみたいに落ち着きあって引き留めてくれる人だと安心できるんです」


 悩んだけれど、彼が魅力的で私も好意を持っていたこともあって、私は彼と付き合いを始めた。

 貴志は小さい頃から身体を動かすことが好きで、引き締まっている体躯はそれを証明していた。行動派の彼は、休みごとに私をどこかへ連れ出していく。主にスポーツ観戦なのだけれど、運動が苦手な私にとってスポーツの世界は新鮮で。貴志は私の知らない、いろいろなことを教えてくれた。観戦以外にも、私とは縁のなかったことを一緒にと誘ってくれて、楽しい時間を過ごしていた。


「嫌な顔しないで、俺の好きなことにこんなに付き合ってくれる人っていないと思うんだ」


 いつも連れ回してごめん、と何故か謝られた時があった。彼女とどこに行っているのかという話を友人たちとした際に、皆から呆れられたのだという。そしてたまにはロマンティックな雰囲気を作るべきだ、彼女の行きたいところに行くべきだとか、いろいろと言われたらしい。

 けれど私は、貴志との時間が楽しかったから、


「私、楽しいから一緒に行くの。貴志が連れ出してくれなかったら、知らなかったこといっぱいあったから、むしろお礼を言いたいくらいよ」


 謝る必要はないとそう伝えたら、嬉しそうな顔になった。

 そうこうして三年が過ぎて、私は二十七歳になった。





「増田さぁんっ! 頑張ってぇ!」


 フットサル場で甘さを含んだ黄色い声が飛んでいた。貴志に向けての声援だ。彼が今はまっているのはフットサル。昨年会社の仲間で作り上げたフットサルチームに入り、週末の仕事後はコートを借りて練習したり対戦ゲームしたりしている。

 彼に誘われて初めてフットサルを見に行った時、彼のしなやかな身のこなしが恰好良くて、完全に見惚れてしまった私は毎週そのコートへ足を運ぶようになった。

 六月初旬、熱くも寒くもなく湿度も程よくという運動に最適な環境の金曜日の今日も、仕事を終えて貴志と一緒にフットサルのコートに来ていた。そして練習と対戦が始まったわけなのだけれど、彼の活躍を一際応援する会社の後輩の女の子四人組。性格もあるけれど、年甲斐もないと言われるかもと声を張り上げての声援ができない私と違って、周囲も気にせず思うまま彼の応援をする彼女たち。先月からこのコートに来るようになった彼女たちは彼への声援をかかさない。しかも今日はその声援の合間に私を横目で見て


「増田さんのカノジョって年上ぇ。ほら、オバサンだよぉ。ありえなーい」


 クスクスと笑い、そう話している。彼よりも若い彼女たちからすると、二十七歳の私はオバサンの域に入ってしまうのだろう。姉の子供たちが私のことを『イズミちゃん』と呼んでくれていて、『おばちゃん』呼びしていないこともあって、彼女たちの当てつけのようなオバサン発言は私の心を鋭く抉る。


「はつらつとして格好いい増田さんに年上おばさんは似合わないよねぇ」


 声ではないけれど彼女たちの瞳がそう言っていて、心で嘲笑っているように感じてしまう。いつもならば気にならない彼女たちなのだけれど、今日は妙に胸がざわつくのだ。

 ゲーム後や休憩の際、いつも貴志はベンチに座る私の所へ駆け寄って、私が持ってきたドリンクを受け取る。そう、いつもなら。

 ただ、今日はいつもと違ったのだ。

 ピー、という笛の高音で我に返る。最後のゲームが終わった合図だ。


「ありがとう」


 今日、貴志は一度も私の所へ来ることがなかった。コートの外に出る彼の所へ誰よりも早く駆け寄る、三木さゆみという今年入った新人で貴志と同じ部署の子。その子の差し出したドリンクやタオルを貴志は受け取り、そのドリンクを飲んでいるのだ。持ってきた私の手にあるドリンクとタオルは結局行き場を無くしてしまった。コートを借りている時間はあと五分で終わるから、この後待っているのはコートの片づけと撤収だけ。

 私は小さく息を吐いてバッグを開き、タオルをしまった。続けてドリンクを入れようとすると、


「それ、貰ってもいいですか」


 不意に声を掛けられ、顔を上げる。そこにいたのは貴志や三木さんと同じ部署で貴志より一つ年下の杉浦君だった。今日は全く近寄って来ない貴志に代わって、私の話し相手になってくれている貴重な人物。杉浦君はずっとサッカーに関わってきた爽やかスポーツ青年だ。彼は貴志よりも5センチは高いのでかなり見上げる形になるけれど、それでも彼と話をしていれば、貴志と彼女たちを見て寂しい思いをすることもないので、気が紛れて助かっていた。


「……うん。どうぞ」


 貴志には不要になったドリンク。持って帰るだけなら消費してもらった方がいい。荷物も軽くなるし、今日私の話し相手になってくれた感謝の意も込めて。

 ゲーム後で汗にまみれた杉浦君は私の隣に座り、手渡したドリンクを美味しそうに、一気に半分がぶ飲みした。


「ぅわーっ生き返った! 俺、持ってきたの切らしたから助かりました。ありがとうございます。あ、楠本さんこの後の飲み会に行きますよね」

「え?」


 飲み会? と首を傾げる。


「あれ? 聞いてないですか? 俺と増田さんが幹事なんですけど、このあとここにいるメンバーで飲みに行こうって話」


 そんなこと、何も聞いてない。いつもと同じようにこの後は貴志と一緒に過ごすのだと思っていた。

 やはり、今日はいつも違う……

 表情が固まった私を見て杉浦君は焦った声を出した。


「や、やだな、増田さん言い忘れかぁ。今日の飲み会、増田さんは楠本さんも参加するって言ってましたよ」


 杉浦君は貴志の言い忘れ、って取り繕ってくれたけれど、貴志はわざと私に言わなかったのかもしれない。

 実は貴志の様子が最近気になっていたのだ。何かを言おうとして口を開き、でも結局口を閉じてしまうを繰り返していた。貴志の言いたいことは今日の様子からすると、『別れたい』なのかなぁ。三木さんとの仲を見せつけて、遠回しに別れようって伝えている、とか。

 志向がマイナスにしか向かないので、漏れ出る溜息を止めることができなかった。そんな私を気遣い、杉浦君は故意に明るい声を出した。


「コートの片づけを終えたら、店に移動することになってるんですよ。楠本さん、この後予定な……」

「泉っ!」


 杉浦君の言葉を遮るように大声で貴志に名を呼ばれた。彼の方を見れば、変わらず後輩の子たちに囲まれていた。その中で三木さんは貴志の横に立って鼻で笑っていた。まるで自分の方が貴志に似合うでしょう、と言っているかのようだった。


「この後の飲み会、一緒に行くだろ」


 飲み会のことをあたかも私が知っていて当然のように言われ、躊躇いながらも頷けば、


「片づけ済んだら移動する。待ってろ。杉浦、片づけるぞ」


 そう言って貴志は目で杉浦君に合図し、コートの片づけへと駆けて行った。





 予約したという居酒屋に向かっているフットサルのメンバーと見学者。私だけではなく三木さんたちも今日の飲み会に参加するようで、賑やかに同じ方向に歩いている。貴志はといえば、五十メートル前方で三木さんに腕を捕まれて歩いていた。それを私と杉浦君が後方から並んで眺めている。


「増田さん、今日はなんか変ですねえ」


 杉浦君の呟きは私の思いと同じ。杉浦君も今日の貴志はおかしいと思っているようだ。


「やっぱり……」


 若い子が良いのかな、と貴志と三木さんを見て思ってしまう。彼女にするのなら、あんな風に積極的に彼の腕を絡ませて甘えるような、年下で見た目も可愛い子が。


「やっぱりって?」


 杉浦君が私を不思議そうな顔で見下ろしていた。隣にいる彼は、私がつい漏らしてしまった言葉を聞き逃さなかったらしい。


「三木さんかわいいな、って」


 前方にいる二人を見据えて答える。

 周りを気にせずに貴志に甘える彼女。私には気が引けてできない事を普通にできる彼女が羨ましい。


「俺は三木のこと、苦手ですけどねぇ」


 げんなりとした顔の杉浦君。

 三木さんは女性の私から見てもかなり可愛い部類に入ると思うので、杉浦君のぼやきは意外だった。


「そう? 見た目も仕草も女の子らしくて可愛いじゃない?」

「三木って纏わりついて離れないから、面倒なんですよ。『可愛い私は人に奢られて当然』とか、『可愛い子は全てにおいて優先されるべき』とか思ってるし」

「やだ、そんなことない……」

「以前合コンの席で、三木が大人しそうな子にそう言ってるの聞いたんです」


 私の否定は杉浦君の事実に打ち消されてしまった。そして杉浦君はしきりに首を傾げた。


「それは増田さんも知っているのに、どうして三木?」

「ねえ、お店までまだ歩くの?」


 三木さんの話を逸らしたくて話題を振る。

 実際、ここまで結構歩いてきた。フットサル場から駅に向かって来たから、駅前や駅ビルのお店なのかなと思ったけれど、その駅を過ぎて十分は歩いている。


「いいえ、もうすぐです。あの信号を渡った先で」


 杉浦君の言う「信号」を見れば、ライトが点滅中。青色がチカチカと光り、赤になった。

 道向こうには貴志と彼女たち。彼は振り返る気配もなく背中を向けたままその姿は小さくなっていく。

 そして、赤信号と共に私の足は動かなくなってしまった。不意に思ったのだ。この赤信号は私と貴志とのことを意味しているのかもしれない。この交差点を渡っても無駄だ、って。


「杉浦君。私、帰る」

「え? でも」


 驚く杉浦君に無理に笑顔を作った。


「ごめんね。貴志に先に帰ったって伝えて」

「あ、家まで送りますよ」

「駄目でしょ、幹事なんだから」


 杉浦君はそうですけど、と呟いて唇を尖らせた。


「心配しなくても大丈夫。私の家は駅から近いし、人通りも多い所だから」


 私の家はさっき通り過ぎた駅から七つ先。この時間なら、言ったように人が多いので安全だ。じゃあ、と手を振って私は踵を返した。

 貴志は私が帰ったことに怒るのだろうか、安心するのだろうか、無関心なのだろうか。連絡した方が良いのだろうか、しなくていいのだろうか。

 帰路につきながら様々な考えが浮かんだけれど、どれも正しいようで間違っているようで、答えは見つからなかった。家に着き、ただいまと帰宅を告げてそのまま部屋へ一直線。そしてベッドに倒れ込み、ごろりと寝がえりをうって天井を見上げる。


「別れた方がいいのかなぁ」


 彼と付き合っていた日々は一日一日が新鮮だった。このまま貴志との関係が続けばいいと思っていたけれど、貴志が三木さんのことが好きだというのならば、その時は―――

 とりあえず貴志に連絡して会おう。そして三木さんのことが好きなのかを尋ねて、はっきりさせよう。彼が『三木さんが好き』という返事をした場合は、別れて送り出してあげよう。私の方が年上なのだから冷静に、泣かないように彼を困らせないようにして、最後に今までの時間に感謝を告げる。

 うん、そうしよう。今はフットサルの仲間たちと楽しい時間を過ごしているはずだから、明日になったらメールしよう。

 そう決めた直後に私の意識は闇に包まれた。





「泉、起きなさい。貴志君来てるわよ」


 母の声に飛び起きる。時計を見れば七時半。

 今日は私も貴志も仕事は休み。でも会う約束はしてない……貴志が幹事の飲み会が昨日あったから、約束しなかったのかもしれない。し、昨日決めた会う約束のメールもまだ送ってない。メールチェックしても新着なしの表示で……なのになんで?

 と考えてから、服も変えずメイクを落とさないで寝落ちしたことに気が付いた。肌はパリパリ、血色も悪い。服なんて皺だらけ。こんな状態で会うのはさすがに……。

 慌ててメイク落としで拭き取り、洗顔して基礎化粧を済ませる。着替えて簡単にメイクして階下へ。

 覚悟を決めてリビングの扉を開いて貴志の顔を見て、驚いた。


「それ、どうしたの?」


 貴志の左頬が腫れ上がっていたのだ。昨日別れる前は腫れてなどいなかったから、その後に何かが起きたのだろう。


「けんかでもしたの?」


 彼はむすりと口を引き締めたままで答えてくれなかった。

 三木さんが酔っ払いに絡まれて、それを助けようとしたのかな、なんて貴志がしそうなことを想像して、きっとそうなのだろうと勝手に納得する。


「あ、部屋で話しよう? ここではちょっと……」


 両親と妹が、朝も早くからそんな顔してやって来た貴志に興味津々です、って顔で見ているから。土曜日で両親は出かける用事もなく、おそらくは母の連絡で姉も好奇心丸出しでじきにやってくるだろう。私達の別れ話を家族の前で披露する必要などない。

 貴志は私の提案に反論することなく部屋についてきた。貴志が部屋に入ってドアを閉める。その音を確認して、


「どうしたの、その顔」

「どうして昨日帰った?」

「え?」


 私の質問は貴志の質問に上書きされた。


「なんで俺に言わないで、杉浦に伝言残すわけ」

「それは、だって……」


 信号が青になるのを待って貴志に駆け寄って、彼女たちに囲まれて和気あいあいとしていた空間に割って入り、「帰る」って言う勇気は私にはなかった。私の思いが一方通行で、「さっさと帰れ」「わざわざ言いに来なくても良かったのに」って言われたらどうしようって考えてしまったから。


「―――ごめん。交差点で貴志が横断歩道を渡って私が赤信号で立ち止まった時、もうあれ以上三木さんと貴志の仲良い姿を見たくないと思ったの」


 私の答えに貴志の相好が変わることは無かった。彼の欲しかった答えではなかった、ということだろうか。

 そういえば、私も彼に聞かなければならない事があった。昨日寝る直前まで考えていたことを今、行動に移そう。この場で振られても、そのままここで泣きわめけばいいわけだし。


「ねえ、私も貴志に聞きたいことがあるんだけど」


 むくれたままの彼に視線を合わせる。


「貴志はあの子、三木さゆみさんのこと、好きなの?」


 貴志は私を睨むだけで何も答えない。


「昨日は腕を掴まれながら歩いて、私を振り返りもしなかったくらいだもの。私よりも三木さんの方が好きだってことだよね」

「違……」

「いいの、はっきり言ってくれても。年上の私なんかより、若くて元気があって可愛い子の方がいいに決まっているもの」


 少しばかり狼狽した貴志を瞳で抑制して、私は言葉を続ける。

 私は年上オバサンで貴志に甘えることもできず、試合でも見つめて頑張れと祈るだけで声を張り上げて応援もしなかった。そんな私に満足しなかったのも当然だ。


「だからね、もういいの。私と別れて、三木さんの所へ」

「そうしたら、泉は杉浦のとこにいくのか?」

「え?」


 なんで杉浦君の名前が出てくるの?


「俺がバカで子供過ぎるから。年下なくせに俺よりも人間ができている杉浦の所へ」

「別にいかないけど。そもそも杉浦君が私の事なんて」

「アイツ、泉のこと狙ってるから」


 ……ハイ? あの杉浦君が私を? 


「そんなこと、ないで……」

「フットサルの時、結構杉浦と話してたろ。いつも杉浦が泉に寄って行ってたし、昨日なんかは仲良いとこ見せつけてるしで怪しいと思って、飲み会で直接聞いた」

「仲が良いって言われても、普通に話しているだけだし。それを言うなら貴志と三木さんの方が腕組んで歩いていたし、そっちの方が怪しいでしょう」


 その姿を思い出したら一気に涙が出てきてしまった。貴志が、ぎょっとした顔している。

 貴志が驚くほどひどい顔しているんだ、私。本当に私ってダメだなぁ。『年上だし冷静に』なんて考えていたのに、これだもの。

 それなら、ダメついでに。


「貴志。ムカついたから一発殴らせてくれない?」


 握り締めた拳を振り上げる。別れる前に、その位はする権利はあると思うのよ。大丈夫、一発でいいから。


「やだよ」


 貴志の返事はその一言。

 左頬を見て、そっかと思う。既に誰かに殴られた貴志がこれ以上殴られるのはごめんだと思うのは当然だ。

 仕方がない。


「わかった。じゃあきっぱりと別れて……」

「別れない」


 なんでよ。殴らないし、後腐れなく別れてあげるって言っているじゃない。


「あのね、私は三木さんと違って若くないから、次を早く探したいの」


 実際に捜そうって気になるには時間がかかるだろうけど。それでも気のない貴志にいつまでもしがみ付いているよりはいいはずだ。


「なんで次を捜すんだよ」

「だから」

「俺が結婚してくれって言っても、もう遅いのか」

「はぁ? 結婚?」


 思いがけない単語に驚いて、気の抜けた声で叫んでしまった。だって私達は結婚の話なんて全くしてこなかったのだから。

 私は年齢的にそろそろという思いは過っていたけれど、貴志はまだ仕事や遊びに集中したいように見えたから、結婚という単語で貴志に引かれないようにと敢えて話題にはしてこなかったのだ。

 貴志は私の反応に項垂れた。


「もう遅いのか」


 しんみりと言われ、貴志が本心を吐露していることがわかる。


「え、だって遅いも何も……」

「そりゃ、俺がバカだってことはわかってる。泉のこと他の奴らに散々自慢して、なのに泉の良さを皆が認めると苛々して」


 自慢?


「特に杉浦が泉に興味持ってるって感じて、観察してたら事ある毎に泉に寄ってくし、泉は笑って杉浦と話してるし。ムカムカして結婚してほしいって言い出せなくて」


 杉浦君と私を、観察? 


「そしたらこの間、三木に杉浦との仲が怪しいって言われた。俺のこと本当に好きならなりふり構わずフットサルで応援するはずだって。確かめるために仲が良いふりして泉が怒るかみてみようって。それで昨日はわざと三木達と一緒にいた」


 仲が良いふり……わざと三木さんと?

 いやいや、それよりも。


「言い出せなかった?」


 最近私にずっと何か言いたそうにしていたのは、別れの言葉じゃなくてプロポーズ?

 次々と紡がれる事実に唖然としてしまう。


「昨日、酔って杉浦に今言ったことぶちまけたら、三木みたいにキャーキャーうるさい応援を泉がするわけないだろって怒鳴られた。それを求めるならいっそ三木と付き合え、泉のことは任せろって言われて。カッとして杉浦を殴ろうとして、逆に殴られた」


 その左頬は杉浦君が? あの、爽やか青年杉浦君が貴志を殴ったの?

 ぶすりとした表情のまま、貴志は私を正面から見た。


「俺だって泉の応援は念じて願うことだってわかってた。拳の血色無くす位握り締めて、心の中で応援してくれてたの知ってた。なのに、俺は三木が言うこと鵜呑みにした。それって俺が泉のこと信用してないことだって杉浦から気付かされたんだ。大人しくて一見わからないけど、内面情熱的な泉のこと好きになったのに、ほんと、俺はバカだよな。でもさ、俺が腕組んで歩きたいのも、一緒に何かしたいのも、フットサルで応援してほしいのも泉なんだ」


 私をじっと見る貴志。

 私はこの顔を知っている。今年の四月、私とのデート中に新人歓迎会のことでしきりになる携帯の相手、というのが三木さんだったのだけど、あまりの回数にうんざりして


「彼女が納得するまで話しに行っていいよ」


 そう言った時と同じ。その時貴志は電話で三木さんに


「大事な人と会っているから、今日は一切電話もメールもするな」


 そう言ってくれたんだっけ。


「……ねえ、結婚って本当?」


 伺い見るような私に、貴志の目がきらりと輝く。


「私と、結婚してくれるの?」

「もちろん!」


 きっぱりと断言して私の手を引っ張った。


「今からご両親に報告行こう」


 試合に勝った時と同じ表情の貴志。満面の笑顔だ。私の大好きな貴志の―――


「ちょ、待って」


 喜び勇んで階下へと急ごうとする貴志を慌てて引き留める。


「私は臆病でいろいろと考えてしまってどうしていいのかわからなくて、立ち止まって逃げてしまうことがあるの」

「は?」

「その時は貴志、立ち止まってしまった私を待ってくれる?」


 昨日は振り返ることなくさっさと歩いて先に行ってしまった貴志。あそこで立ち止まってくれたらきっと私は竦んだ足を前に動かすことができたはずだ。

 だから教えて。この先同じことが起きたら、どうすればいい?

 そう思っての問いかけに貴志は一瞬キョトンとして、すぐに笑みを浮かべた。それは貴志が告白してくれた時と同じ―――


「俺は待っているだけなんてもうしないよ。泉が止まったのなら俺が泉の所まで引き返す。で、行先決めて一緒に歩く」

「……うん、ありがとう。次から私は立ち止まった足を前に動かす勇気を持つようにするから」


 昨日みたいに立ち止まって勝手に引き返したりしない。

 そう決めた私に貴志は唇を落としてくれた。

 優しいキスだった。

 唇が離れ、鼻先を突き合わせた距離で笑い合い、二人一緒に両親の元に赴いた。


「娘さんと結婚させてください」


 貴志が頭を下げると、貴志を気に入っていた両親と妹は歓喜し、駆け付けていた姉は『ようやくぅ?』と笑った。





 一週間後。


「俺、泉と婚約しました」


 フットサル場でチーム皆の前で発表し、メンバーたちから祝福の言葉を貰った。三木さんを狙っているメンバーが何人かいたようで、『三木さんの本命』の婚約発表に狂喜乱舞している姿もあった。当の三木さんは悔しそうに私を睨みつけ、そんな彼女を他の三人が慰めていた。

 そして、その日も今までと同じように三木さんは。


「増田さぁん!」


 と声援を送る。それでも甘い声援に貴志は揺らぐことなく私の所へ来てくれ、杉浦君が視界に入れば私に近寄らないように威嚇していた。貴志がコートに出ている間に三木さんは


「あたしの方が絶対可愛いのに……」

「大丈夫、さゆみなら今からでも奪い取れるよ。だって相手はあの程度だし、オバサンじゃない」


 友達と私をチラチラ見ながら話していた。確かに私は彼女たちよりも年上だ。けれど、貴志はそれでいいって言ってくれた。それが彼女たちの言葉よりも私の心に強く響いている。私の勇気の源だ。

 杉浦君は貴志のいない隙を見て私に寄って来て


「増田さんが年上の彼女のこと凄い自慢してて、それで楠本さんのこと気になってたんです。いざ話してみたら楠本さんって俺の好みで。出会うのが増田さんよりも先だったら……」


 そこまで言って、貴志が駆け寄ってきたのを認めた途端、苦笑しながら逃げて行った。





 これからも点滅信号は私達の前に現れるだろう。赤信号で道を隔ててしまった時、貴志は引き返して私は勇気を出して前に進む。そして横断歩道の真ん中で私達は手を取り、一緒の方向へ歩みを進めていく。

 それが私と貴志の選んだ横断歩道の渡り方。

 だから、もう誰かの言葉に惑わされることはない。





 翌年。

 私は『増田泉』に名前が変わった。




お読みいただき、ありがとうございました。

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