第13話「山梨」
昼休み、あんなことがあった放課後の部室に僕はいる。巫と二人っきりだけど。
春は、図書室に本を返すからと言って遅れるみたいだ。だが、なんだ。巫と二人だけだと話す話題が一切ない。これまで、こんな静かな部室があっただろうか。
「聞いておきたいんだけど、前に言っていたトラブルってなにかしら?」
「トラブル? あぁーあれは簡単な話だよ。好きな子に告白して、振られた。告白前日に親友に相談して、背中を押されたけど、好きな子と親友は実は付き合ってたっていう話。それから、僕は友達なんて、いらないって思いこんだってわけ」
そう。簡単な話。
——友達に裏切られた話。
昔を思い出すと裏切られた友達を思い出す。昔から友達というものが少なかった僕に話しかけてくれた友達。そいつが僕に嘘をつくなんて、僕だって嘘をついたことぐらいある。でも、あのとき、嘘をつける場面ではなかった。
「そう、ガキね」
「ガキってなんだよ。あの時は本当に傷ついてたんだよ」
そして、ドアが開く音が部室の中に鳴り響く。
そこにいたのは山梨南。男子がつける可愛い子ランキングで三位になった女。
目が腫れている。泣いた後のだろうか。
どうして、ここに。
「春……いる?」
「今は図書室にいるわ。なにかしら」
相変わらず素っ気ない。足を組み堂々たる彼女の姿はまるでどこかの女王のようだ。
そうだな、名付けるなら『氷の女王』だろうな。
「いや、夜来先生から聞いたんだけど、心壁部ってここ?」
「そうわよ。なにかしら、苛めさん。」
怖! 苛めてるのどっちだよ。
苛める奴を苛める奴。さすが、巫である。
立場強すぎ。
「相談がある」
と山梨は儚くとも、切なくとも、なんともない、真剣な顔で言った。
彼女が言う相談とは、春に謝りたいということ。
彼女の謝るというのは、春に対しての精神的ダメージについて謝るのかそれとも、苛めてをしていたことを自体に謝るのか——どっちだろう。いや、どちらともかもしれない。山梨が謝れば春は、いいよと答えるだろう。だが、謝っただけでいいわけがない。
「謝るぐらい一人でできないの?」
巫は山梨に強めに言葉を発する。確かにそうの通りだけれども。
「………………」
山梨は俯いたまま何も言わない。
テンション暗いオーラが身体中から放っている。
「わかったわよ、仕方ないわ。部活だもの。そうでしょ? 沢良木君」
「ぁ。あぁ」
急に名前を呼ばれてからびっくりした。必要最低限の言葉で返事をしたけれど、僕には作戦や秘策なんてものはない。あの仮説があっているのだとしたら、普通の人間ならどうするだろうか。でも、僕は普通の人間じゃない。それなら、僕は僕のやり方でやるしかない。
「同じ思いを受ければいいだろ。同じ思いで同じ苦しみを味わえばいい。そうだな、例えばお金をまず返すとか」
「え? お金? なんで?」
と俯いた彼女は首を傾げた。
「だって、ほら、お金使わせたんだろ?」
「は、違うし。お金ちゃんと後で返してたし!!」
ぇ、返したの?全然知らなかったよ。返させずに奢らせていたのかとずっと思ってたよ。なに言ってるの?みたい顔で山梨と巫は僕を見ている。あーもうなんで、ちゃんと調べておけば良かった。奢らせてるっていう話は女子同士が話しているのを小耳にはさんだだけだったから、確実性がないのはわかってたけどまさか、外すとはね。
「ぉ奢らせてるのだと思ってた。なら、別に苛めじゃないんじゃないか」
「そんなことはないわ。毎日のように自分のためではない買い物に行かされ、逃げ出したいと思いつつも仕方なくいくしかないこの辛さをあなたはわかるの?」
怖い怖い。完全なる重労働じゃねーか。どこのブラック企業だよ。
まぁ、でも山梨の態度は反省すべき点があると言える。だから、謝ることに越したことはない。
僕は、おもむろに携帯を乗り出す。そして、メールを送る。誰にかと言われれば、幼馴染みに。そう、桃瀬春に。
「じゃ、巫、ジュースにでも買いに行かねーか?」
「そのぐらい一人で行きなさい。あなたの足はなんのために付いているのかしら」
歩くためだよ。こういう時、かっこよくて性格もいい奴で、みんなの人気者だったら、ウインクでもして合図するだろう。僕はしないけど。とりあえず、目を細め、合図する。これで分かってくれると嬉しいんだが、さてどうだろう。
「はぁ、仕方ないわ。山梨さんはここで少し待ってくれる?すぐ戻ってくるわ」
「ぁ……うん」
部室を出ようとドアを開け、廊下に出る。だが、実際はジュースを買いに自動販売機に行かない。別にジュースが欲しかったわけではないから。あの時、春からメールを送った内容は簡単だ。
——春、部室に来てくれ。急用がある。
と。春に送ったのだ。
嘘をついた。
嘘と言えば嘘だが、嘘ではないと言えば嘘ではない。部室に来て欲しいのは本当の話である。急用があるのは僕ではない。山梨の方。
僕と巫は隣の部屋へと隠れる。それと同時に春が部室へと入っているのが見える。
隠れていた部室の隣の部屋から出て、廊下に立つ。廊下の壁に少しだけ体重を任せ、二人の声が耳に入る。
「春!?」「南ちゃん!?」
同時に聞こえる二人の声。ハモっている。
話が始まる。誰が誰を傷つけようとした。誰も助けない。誰も救いの手を差し出そうとしない。
毎日のように奢らせていると噂が飛び交っているのに気づいているのに関わらず、何もしない彼等を春は笑顔でいいと許してしまう。辛くて、悲しくて、切ない、そんな思いをしてていても許すだろう。そんな彼等を僕だったら許さない。かといって、問い詰めるわでもない。僕だったら何もしない。