クラスメイトという名の成敗者
――小寺直子の母親ってお水らしいよ。――本人がホストに通いつめてるせいで、家にお金が全然無いんでしょ? ――だからか! お母さん気の毒~。
先週聞いた噂が忘れられないのは、あんなに最低な人間は、他にはいないと思うから。お母さんに迷惑掛けるのは、1番やっちゃいけないことだから。
しかも、私たちのことも沢山悪く言っているらしい。学級委員でリーダー格の晴海ちゃんはでしゃばりの尻軽女、ひょうきんな黒澤さんはバカのロクデナシ、大人しい築地さんは根暗の電波女。もちろん他にも、私を初めクラスの女子みんなに。
そんなまさか、とは思ったけど、人は見かけじゃ分からないから。それに、これは全部小寺直子の彼氏からの情報らしいし。だからきっと、小寺直子は本当に言ったし、やったんだと思う。
人の悪口言うなんてサイテー。親に迷惑掛けるのはもっとサイテー。それなのに普通に学校来て楽しそうにしてるのはもっともっとサイテー。
だからみんな自然と、小寺直子を避けるようになった。1番の理由は、怖かったからだと思う。理解出来ないものに近付くのは誰だって嫌だよね。
「小寺直子、相変わらず浮いてるね~」
こそこそと話しかけて来たのは、親友のみっちゃん。美智子って名前なの。昔からの親友で、周りからも2人でセットみたいに扱われてる。
小寺直子にも、元々なおちゃんってあだ名があったはずなんだけど、高校1年生の時以来聞いてない。もうみんなうんざりしてるんだと思う。クラス替えもないしね。
「本当だね~。だって悪いもん」
「仕方ないよね」
くすっと肩で笑うみっちゃんは、別に楽しんでる訳じゃない。昔からそうなの。周りから見ると、ちょっと人を小馬鹿にしているような笑いかたをする。
「男好きは成敗されるってことで」
「クラスの男の子じゃ足りなかったのかな~? ホストなんて……」
「こら。ちぃがホストとか言わないの」
「こ、子ども扱いしないでよ!」
でも本当にそう。クラスの男の子みんなを独り占めして、女の子みんなの好きな人も次々に奪って……それなのに他にも男の人が欲しいなんて、……ある意味すごいかも。
「ちぃさ、好きな人いるの?」
「え? い、いないよ~!」
「いるんだ? 言えよ~」
「やだもん!」
ぷいっとそっぽを向くと、みっちゃんの顔が。……あれ? そっぽ向いたはずなのに。
「ちぃ、今がチャンスだよ? 小寺直子が静かな今のうちに奪っちゃえ!」
「えー、う……ん……でも恥ずかしいよー」
「ちぃ、美智子」
「へ?」
「え?」
晴海ちゃんだ。難しい顔して、どうしたんだろう?
「ちょっと来てくれる……かな?」
「ん……うん」
「どうしたの?」
みっちゃんと顔を見合せつつ、私たちは晴海ちゃんについていく。
「……私の好きな人が小寺直子に奪われたの、知ってるよね?」
「……うん」
神妙な顔で頷くみっちゃん。私もこくこくと頷いた。だってちょっと怖いから。いつもと雰囲気が違う。いつもの元気で可愛い晴海ちゃんじゃない。
「実は、2人にも手伝って欲しいことがあるんだ」
「え?」
「てつだい……?」
「2人にしか出来ないことなんだ。どうしてもなんだけど……ダメ、かな?」
顔の前で勢いよく手を合わせる晴海ちゃん。晴海ちゃんの頼みなら…………。
私が迷いながらみっちゃんを見ると、みっちゃんが私に向かって軽く頷いた。
「いいよ。何したら良い?」
◇◇◇
「ドキドキするね~」
隣には、本当にちょっと緊張した顔のちぃ。……ちぃにこんなことさせても良かったのだろうか? ……ううん、考えても仕方ない。ちぃも少しは世の中の汚さを学ぶことも大事だ。そう自分に言い聞かせる。
「行くよ」
「うんっ」
1リットルの牛乳パックを抱え、私たちは教室に侵入する。
放課後の教室は静かだ。
「引き出しの中、なんにも入ってないよ~?」
「本当だ」
まぁ当然だろう。この間は教室の後ろに放置されていた雑巾のバケツに教科書が突っ込まれていたし。
「みっちゃん、どうする?」
「うーん、どうしよっか……」
新聞紙を丸めて牛乳を含ませる? 雑巾の方が良いか? いや、でも雑巾は後から使う人が大変か……。
「みっちゃん、みっちゃん」
「どうした?」
「見つけちゃった」
ちぃが誇らしげに掲げていたのは、巾着だ。ピンク色の、自分に絶対的な自信を持っているような巾着。小寺直子にぴったりだ。
「わぉ、ナイス」
「でしょー」
中を開けると、ハサミやら糊やらセロハンテープやらがゴロゴロとご丁寧に入っていた。……これに牛乳か。困るだろうなぁ。私なら泣く。
「みっちゃん、早くやっちゃおうよ」
「お、おぅ」
そろそろと牛乳パックを開ける。賞味期限切れのを晴海が持って来たらしいのだ。
――先生にだけは見つからないようにね。悪くない私たちが成敗されちゃうのは、嫌でしょ?
晴海の声が頭の中で響く。そうだ。見つかっちゃダメなんだ。手早く済ませよう。
「わぁ、牛乳だ~……なんか……変な感じだね~」
「そう……だな」
木製の古い机から滴り落ちる牛乳の雫は、むしろ何だか何よりも美しいもののように思えた。
「終わったー! 行こ行こ」
牛乳パックをその場に置き、私たちは足早に教室から立ち去った。
◇◇◇
「なんか……楽しかったね」
「……そうだな」
実際そうだった。
妙な爽快感と、込み上げる高揚。
「またやる?」
「ウチのグループにいた奴だけど……良いの?」
「元々いたようないなかったような……って感じじゃん。いっつも男の子とばっかりだし」
「……そうだな」
「でしょ?」
「うん。本当にそうだ」
高校2年の秋にもなって、今までに味方を作って来なかった小寺直子が悪い。
「また、やるか」
「うんっ! 成敗! だよ!」
「あぁ」
ごめんね、小寺直子。
まぁでも、あんたの責任だよ? 今まで敵ばっかり作って来たから。
せめてこんな噂吹き飛ばすくらいの信頼があれば……いや、元々はあんなに元気な小寺だもん。否定しないってことは、やっぱり本当なんだ。
じゃあ、やられて当然だよね?
お互い様ってことで……恨みっこなしだ。